夢と現実の狭間での交錯
誰かが泣いてる。
声変わりをしていない高い少年の声だ。
何処だろうと、私は辺りを見渡す。光と闇が溶け合ったような灰色の茫洋とした世界。空も大地もない。見渡す限り何もない灰色の世界だ。
何もない世界に泣き声だけが響く。押し殺すようにすすり泣く声は、私の心を掻き毟る。
「どうしたの?」
見えない泣き声の主に堪らず声をかけた途端、泣き声の主が現れた。
黒髪に赤い瞳。尖った耳。10歳くらいのまだあどけなさの残る少年だ。彼は涙に濡れた目を驚きに見開き、私を凝視した。可愛い。
「お姉さんは誰?」
「私?私はクロリス・カラナよ。貴方は?」
膝を抱えて座り込んでいる彼に合わせて膝を着いた。地面も何もないと思っていたけれど、あったみたい。
「僕はカイ・シュターロ。ここは何処?」
「カイくんね。お姉さんも此処が何処だか分からないからその質問には答えられないなあ」
あはは、と苦笑いする。
「ん~、でも確かベッドで目を瞑ってたら此処にいたから、夢の中かな?」
「僕もそうだよ。じゃあ、これは夢なんだね」
カイくんは、何故だかほっとしたような顔をした。
「どうして泣いてたの?」
「えと、父さんと母さんが死んじゃって、その、悲しくて泣いてしまって」
カイくんはぐいっと袖で涙を拭い、ぎゅっと膝を抱く腕に力を込めて、俯いてしまった。唇が白くなるほど噛み締めている。
「お父さんとお母さんが?ごめんね、辛いこと聞いちゃって」
カイくんの様子に、私は悪いことを聞いてしまったと謝りながら違和感を覚える。カイくんは悲しくて俯いたのではなく、悲しむことを我慢しているように見えたのだ。
何かを堪えるようにしているカイくんの表情は、とても痛々しい。
少し迷ったけど、彼の頭を撫でた。カイくんはびくりと体を震わせて、私の顔を見た。瞳に潤むが、震える唇を引き結んで堪える。
「カイくん、これは夢だよ。夢でくらい、思いっきり泣いてもいいんじゃないかな」
ね?と笑いかけてまた頭を撫でる。暫く撫で続けている内に、カイくんの目に涙が溜まって盛り上がり、やがて溢れ落ちた。
「うう、ふっ」
彼の顔がくしゃりと歪む。私は頭を撫でる手に少し力を込めて、カイくんを引き寄せて抱き締めた。
「うううぅ、うわああああっ」
「うんうん、今までよく頑張ったね」
カイくんは泣きながら、辛いことを吐き出した。
両親が死んでしまって悲しかったこと。
両親の代わりに世話をしてくれる人は、泣いていると怖い顔で怒ること。
弟の為に自分がしっかりしないといけないこと。
聞いていて、泣きそうになってしまった。
「そっか。辛かったね。よく頑張ったね。偉かったね」
ほんの少しでも、彼の気が晴れますように。明日頑張れる力になりますように。
そう願って、私は瘧のように震えて全身で泣くカイくんの頭と背中を撫でる。いつまでも、いつまでも撫で続けた。
※※※※※※※※※※※
「…… クロリス様、クロリス様」
私の名前を呼ぶ声と、肩を揺さぶられる感覚に意識が浮上する。
「ほえ?」
寝ぼけた間抜け声を出して、私はふかふかの布団から身を起こした。
ここ一週間ですっかりお馴染みになった、大きなベッドに、広すぎる部屋。大きな窓から見える外はすっかり暗くなっていた。
あの灰色の空間なんかじゃなく、カイくんもいない。いるのはメイちゃんだけ。
夢?
夢にしてははっきりしてたな。
子供特有の高めの体温と、撫でていた柔らかい髪の毛や、小さな背中、私の服を濡らす涙の温かさ。そんなことまで鮮明に思い出せた。
夢の中のカイくんは可愛くてほっとけなかった。しかし、あんな可愛い子と会ったことなんてない。会ったことがない人が夢の中に出てくるものだろうか?
うーん。
ぼけっとしている私をメイちゃんは心配そうに覗きこむ。
夢の中の出来事は気になる。気になるけど。
「メイちゃん」
心配するメイちゃんに私はにっこり笑って言った。
「お腹空いた」
そう、考えても分からないことよりも現実問題よ!
そんな私にメイちゃんは安堵した表情を見せて、それでこそクロリス様です、と微笑んだ。




