何がどうしてこうなった?
嘘だ。これは夢。夢よ。
ナイナイナイ。これは無い。
私の頭の中にはそんな言葉ばっかりがぐるぐる回り、ちっとも現実がついてこない。
私は、クロリス・カラナ、十六歳。花屋の娘だ。
プラチナブロンドに翡翠の瞳。優しいお父さんと肝っ玉母さん。甘え上手な三つ下の可愛い妹がいる。
最近ちょっと物騒で、魔王なんてものが魔族を束ね人間を滅ぼしに攻めてくるらしい、とか噂になっているけど、そんなの私たち一般人には関係ない。
きっと王様とか、強い騎士様とか、賢い賢者様とか、偉い魔法使い様とかが、なんとかしてくれるだろう。それくらいしか思っていなかった。
当たり前でしょ。だって花屋の娘だよ? 花屋の娘!
そりゃ花の鉢は重いし、あちこち配達に行っているから体力はあるし、花屋の仕事って意外に重労働で、年頃の娘にしちゃ力持ちだけども。
だけども。だけども!
これはないでしょう?
私はくらくらしながら周りを見渡した。馬鹿みたいに広い王宮の大広間。ずらりと並んだ騎士や国の重鎮たちの目線が私に突き刺さる。
その中央で、私はただ、ただ、現実逃避をしていた。
時はほんのちょっと遡り。
神殿の中央。荘厳な白亜の建物の中、赤い絨毯の敷かれた中央の壇上に、背景のステンドグラスからの美しい光に照らされて、一本の剣が祀られていた。伝説の勇者の剣というものが。
何でも魔王を倒すのに、この剣が抜ける勇者が必要らしくて、色んな英雄や王国の騎士様が試したけれど、誰も抜けなかったらしい。これは野に埋もれた猛者や、これからの将来有望な若者が勇者かもしれないと、今日から一般公開される。大々的に式典をやって、とにかく片っ端から挑戦して貰うのだ。
その式典の準備のために、神殿を綺麗にしましょうってんで、お父さん、お母さんと一緒に花を飾り付けにやってきた訳なんだけど。
ステンドグラスを磨き終わった清掃の人たちや、私たち花屋、受付の神官さんや、司会進行する神官長さんたちと、肝心の伝説の剣の見栄えをチェックしていた。
うんうん、いい感じに立派に見えるよ。あれだろ? 名だたる英雄が皆駄目だったんだろ。意外に普通のやつが勇者なんじゃないか? なんて、皆でワイワイやって。
まだ公開まで時間あるな、ちょっとフライングで試しちゃう? って、神官長さんがノリで言って。
おうおう、こんな有難い剣、触ったらご利益有りそうだし折角だからって、皆で順番に柄を握ってみたりしていって。
最後に女性陣も、なんか触ったら幸せになるとか健康になるとかのノリで触っていって。私も、よーし、素敵な人と結婚出来ますようにって感じで柄に触ったら。
抜けちゃったのよ。あっさりするっと。っていうか、握ってもないのに手の中へ飛び込んできた。
なにこれ、気持ち悪い。
「ぎゃああああああっ!」
私はあんまり年頃の娘らしくない悲鳴を上げ、慌てて台座に戻そうとした。でも、剣は直ぐに抜けて戻ってくる。
嫌ああああ。本当は伝説の勇者の剣なんて嘘で、呪われているだけなんじゃないの?
捨てても、捨てても戻ってくる的な!
「なにいいいいぃ!」
「抜けたあああぁ!」
「嘘だろ! あんなに練習したのに儂の晴れ舞台がぁ!」
大パニック。神官長さんは頭を抱えて崩れ落ち、神官さんたちは意味なく右往左往、父さんと母さんは叫び、清掃の人はぽかんと口を開けている。私は半泣きで何度も剣を戻そうとする。
私たちのパニックは、式典に呼ばれた来賓の偉い人たちが来るまで続いた。