中
チラシの存在には気づいていましたが、誰も手に取らないし、置かれたほうの店員や他の客がさっと捨ててしまうところを見てしまったこともありました。しかも、そのチラシは、嘘ではないようですが、やたら『紫苑』を持ち上げて、よその店の気に入らないところを列挙してあるのです。
これで、よく置いてもらえると思うもんだな、と『とねりこ』の常連客の一人は評しました。そして、チラシを見ている成実に、
「その店のことは知らないけどね、そいつを作った奴はむかつくよ」
とこぼし、濃い目のコーヒーをぐぐっとあおりました。
『西船』では、常連チラシを置きに来た「そいつ」と口論になって、自主的に店から出て行った人がいるという事件があり、「そいつ」が来店しているときには接触しないという暗黙の了解があることを知りました。
『とねりこ』から分かれた別の店で、店のオリジナルコーヒーやブレンドティを邪道だの劣化品だのと言われてるのを知った成実とほにゅは、しょんぼりしました。特に、大好きなおやつのセットについてくるブレンドティに関して、そいつによって
『メインのスイーツによってはそのお茶はあわない。合うスイーツを出すか、ブレンドの配合を出すスイーツにあわせて変えればいいのに、それをしないのは怠慢である』
『常連の客も、合わないと思っても文句どころか感想のひとつも伝えないから店がああなるのだ。』
などと飲食店SNSに書かれているのを見てしまってから、まるで自分がたたかれたようにショックを受けてしまいました。
しかし、喫茶店の趣味の近い、『とねりこ』の常連の一人が、『紫苑』の前を通ったことがあると聞いた成実は、店自体は好みのようだし一度行ってみようかと考えたのです。
『紫苑』は雰囲気はとても凝っていて、それでいて思っていたよりずっと、奇抜なものではない、どこか優しい感じの店でした。
雑誌に載っているパリのアパルトマン風のようなかわいらしい塗りの壁を、やわらかい電球色で照らしています。壁の一角に飾り棚があって、雑貨がディスプレイされているコーナーと、売り物として雑貨が整列しているコーナーに分かれています。
ヨーロッパのものだという手乗りの鳥の置物がいくつか見本に出してあり、素材や大きさによる手触りや重さの違いを感じることができます。他には不思議な香りのアロマや、ロゴと同じ女の子をかたどった園芸用のピックなど、脈絡がないというか、節操のないというか、妙な品揃えです。
喫茶スペースにあるカウンター席の端っこで、変わったフレーバーの紅茶を頼んでみた成実は、クセの強い味と香りに驚きながらも、こんな素敵な紅茶があるなんて、と喜びを覚えました。ほにゅも、オリジナルブレンドのコーヒーに特別にミルクましまししたものをこくこくと飲み干して、ぽわーっと幸せになりました。
でも、他の店の常連たちと出会うと、思い出してしまうのです。温厚なおじ様がキレた声であるとか、チラシに落書きされた罵詈雑言だとか、そういうものが頭の中をぐるぐると行ったり来たり。
苛立ちで遊んでくれない成実を、ほにゅは部屋の端のおふとんからそっと見守るのでした。




