彼の通学路 B面
僕の朝は彼女を見ることで始まっていた。
高校への登校途中、いつも見かける地元の中学生たち。一年ほど前からよく見かけるようになった少女たちがいた。
三人組の彼女たちは、すばしっこそうな子と温厚そうな子、それに優等生のような子。どこにでもいそうなちぐはぐな組み合わせの彼女たちは、いつも僕と逆に道を行く。ほぼ毎朝、彼女たちは笑っていた。愚かな僕なんかとは違い、とても幸せそうでうらやましかった。
僕が一番嫉妬の感情を抱いたのは、優等生風の彼女だった。彼女がこちらを向いていないときに、僕は彼女をジッと見つめていた。彼女は全くぼくに気付いてくれなかった。気付かれたら大変なことかもしれない。知らない人に罪の意識もなしに睨まれるなんて。でも僕は、心の奥底でずっと願っていた、彼女が振り向いてくれることを。
ある日、僕は急に考えてしまった。いつも僕はどうして彼女を睨んでしまうのか、と。
答えは簡単だった。いつの間にか、幸せそうな彼女が僕の心に住み着いていた、ただそれだけのことだった。そして、恥ずかしくなった。僕の行動がどれほど彼女に迷惑だったことか。その日から僕は彼女を見つめることがなくなった。
それから一ヶ月がたった頃、彼女が三人組から忽然と消えていた。
僕は、朝一緒に登校するたった一人の友人にそれを話した。
友人は驚いた。
「お前に、好きな子ねぇ……。もしかすると家の事情で引越しとか、もっと早くに別の用事で登校してるとか。俺はただのすれ違いだと思うけどなあ」
それ以来、友人は僕の恋愛相談に親身になって答えてくれた。時に僕は、
「お前は暗すぎる。友達作って明るくなりやがれ」
と言われ、友人の紹介で新しい友達をつくった。確実に僕の心は同年代の少年になっていた。
それから後のある日、僕は同級生に告白された。心は変わっても、根は一緒で僕は控えめだった。
「僕なんかでいいの? 君がいいなら別にかまわないよ」
それにその子は頷いた。とうとう僕にカノジョが出来てしまった。でも、あの中学生への気持ちが揺らいだわけではなかった。僕の心の炎は着実に大きく燃え上がり始めていた。
バスに乗っていた。彼女がいつものすばしっこそうな子を歩道と言う歩道のない坂道の電柱の傍でしゃがんでいたところに遭遇した。
「なあ、あれってお前の言ってた子じゃねえの?」
朝の登校時の相棒が突然言った。僕はハッとして顔を上げて相棒が指す場所を見た。
でも、メガネがなくて良く見えなかった。
仲間たちが、公共の場というのに騒ぎ立てた。
「おー、アレ? かっわいいのに目を付けたな」
「おおっ! 顔上げた」
僕は彼女の姿をしっかり見たくてポケットに手を突っ込んだ――
「ほら、アピール!」
友人たちがぼくの顔を最後部の窓に貼り付けた。そのときの僕はさぞかし不細工だったろう。
でも、僕はそんなことは考えていなかった。僕はただ彼女に僕の存在を知ってもらいたかった。ただその感情で彼女を見つめ、そして、窓に必死で貼り付いた。
なあ、僕を見てくれ。
叫ぼうかと思ったとき、彼女と目が合った気がした。
そして僕は窓から離れて、心で伝える。
あなたが好きです。僕を覚えていて欲しい。
募り積もった思いは見つめあっただけで伝わったのだろうか。伝わらなくても良い。そう思った。彼女との出逢いはコレで終わりかもしれないから。
すると複雑な気持ちになった。それから、もう一つ伝えたい言葉があったのを思い出した。けれど、もう僕に彼女の姿は見えなかった。
そして、僕は笑った。僕を少しだけ変えてくれた彼女へ、その言葉を送りながら。
ありがとう。