鬼仏庵妄想老人雑録帖より
父よ
母よ
気がつけば私もこんなに老人になり果てました。
眼がかすみ、、耳も聞こえにくく、、
もう、フラフラ、よれよれですよ。
さて?ところで、、、
私の一生はこんなもんで良かったんでしょうか?
まあ
天国の父母から「そんな一生じゃあダメでしょ」といわれてても
今更もう取り返しも、、やり直しもできかねますけどね、、、。
こんな私の実にチッポケな一生も
実は?
神の
(神という言葉に違和感がある方ならば、宇宙法則、自然の律法と言い換えて結構ですよ)
壮大な差配の内にあるということですよね?
宇宙の創世から
地球の誕生
恐竜時代から
人類誕生へと続く壮大な宇宙ドラマ?
そいうん大節理の中にあって
この虫けらのような私も
生まれ 生かされ(生かされているのです。)
そして死なされるという大循環、、、。
矮小なこの虫けらのような私になんかどうしようもない循環法則、
この私の一生も
あくまでも
他律的であり、
いわばあなた任せです。
あなたとは、、神(自然の律法)です。
考えてもみてくださいよ。
私は生まれたいとか生んでくれって母に頼みましたか?
気がつけば生まされていた、、そこにいた、、ということでしょ?
自分の意志?で生まれたんじゃないですよね?
その後の人生だってそうでしょ。
私がこうしたといってその通りになんかなったことってないじゃないですか?
世間に流されて
時代のうねりに翻弄されて
ことごとく夢も希望も打ち砕かれて?
喘ぎ悪戦苦闘して波頭を掻い潜って、、、、
そうして、、、
ある日気がつけば、、白髪のおじいさんってことでしょ。
実際今私がなんでここにこの住所に住んでいるんだか、分からないんですよ。
私は別にこんなところに住みたいとただの一回も思ったことなんてないんですよ。
成り行きで?
仕方なく?
たどり着いたのがこの住所、、この住まいだった、、それだけですね。
ま
人生なんてそんなもんでしょ?
父よ
母よ、
私の人生ももうほどなくおしまいですよ。
もうほどなく
あなたたちの眠るあの、山あいの、、
先祖代々の
ふるさとのお墓に私も一塊れの遺骨となって
行きますからね。
待っててくださいね。
それで
私の人生も完結?ですね?
庶民の
無名の
虫けらのような一生も終わりです。
それが
今生の
私の因果?だったのでしょうね?
もう何も不平も不満もありませんよ、
そうでしょ?
今更不平不満言ったってどうもなりやあしませんよ。
もうほとんど終わった人間なんですから、この私は、、。
誰もがそうであるように、、
老化して、、
病気がちになり
入退院を繰り返して、、、
毎日山のように薬を飲んで、、、
そうして
ある日
神の決めた日?に死なされていくんですよね。
それでいいんです。
それしかないんです。
神のパペット、、神のでく人形たる肉の子、、人間のそれが宿運なんですからね。
生まれたいと思って生まれたのでもないし、、、
生きたいと思って生きたのでもない
生かされた?というのが真実ですよね。
だって二歳で死んだ私の兄はどうでしょうか?
彼だってもっと生きたいと思ったでしょうが
神は二歳で天国に兄を召されたのですよ。
寿命は神の差配です。
人間のどうこうできるものでないですよ、。
そういう意味でこの私がこの年まで生きたというのは
まさに生かされたから、、、としか言えませんよね。
私の友人たちも16歳で、、23歳で、、45歳、、、で
亡くなっている方が3人おりますね。
16歳でまさか急性心不全で急死するとは?本人も思ってもいなかったでしょうにね。
まさに、、
神によって死なされた?としか言えないでしょ?
生かすも殺すも神のはさみ加減ひとつですよね。
生まれさせられ
生かされ
殺される。
私の意志なんて全く無関係です。
そういうパペット人生がまさに人生そのものなんですよ。
神の操り人形、、それが肉の子、、、人間の真実です。
さてこれ以上、いくら詮議しても仕方ないので?
最期に
古人の歌でも聴いて
溜飲?をおさげくださいね?
「ちちははに、、呼ばれて 仮に 客に来て
こころ 残さず 帰る ふるさと」 道歌
「ほろほろと 鳴く 山鳥の 声聞けば
父かとぞおもふ 母かとぞおもふ」 行基菩薩
「ちちも ははも そこで待ってる 秋の墓」 鬼仏庵妄想老人 自詠




