未完
――――――21――――――
「またパトロールだけかよっ‼」
放課後、一学年Aクラス前、風馬響介が幕ノ内綾鷹に齧り付いた。もちろん、比喩だが。
「ああ。お前たちはまだ下っ端だからな」
篠崎一真達、風馬響介、鷲見寺久美の三人が『竜騎士団』に入団してから一週間が経過したが、幕ノ内から命令される任務は学園内のパトロールのみだ。
もちろんそれも大事な任務だ。怠るつもりはない。だが、響介の鬱憤は一週間で爆発した。
「まだ実力的にも未熟であろうお前達を最前線に向かわせるわけにはいかないし、他に頑張っている団員達に示しが付かない」
だが、幕ノ内が言っていることもわからなくもない。特に一真には不満はない。
「実力に関して言えば、お前を負かしただろう」
「あれは真剣勝負とは言え模擬戦だ。実戦とは訳が違う」
それで言えば実戦なら何度か経験はある。それは一真だけではなく、響介と久美にも言えることだ。
「協力が必要になったらこちらから伝達する。これも立派な任務だ。数を熟して信頼を得るんだな」
一真達は明らかに正式な入団方法とは異なる。団員の多くが一真達を良く思っていないだろう。団員達の信頼ばかりはすぐには得ることは出来ない。幕ノ内の言う通り小さなことでもコツコツと信頼を積み上げていくしかない。
「響介。仕方ないだろ。連絡をくれるって言うんだ。待ってようよ」
響介を宥める。ジト、とした目で一真を見下ろす。
「やけに聞き分けがいいじゃない」
「そう?」
「うん。なんだか昔みたいな……雰囲気が柔らかくなったっていう感じ?」
「それじゃわからないって」
『魔章痕』の第一段階の封印を解除したことにより、一真には良い変化が訪れた。そのひとつが感情面だ。
「前まではクールぶってたりしてたけど、今の方が私はいいかな」
「べ、別にクールぶってなんか……!」
思い当たる節があるのか、慌て出す一真。
「でもよぉ。パトロールだけってのはよぉ」
不満気にぽつりと響介は呟いた。
「そ、そう言ったって幕ノ内が認めてくれるわけじゃない。引くことも大事だよ、響介」
ますます不満気に表情を歪ませ、口を尖らせる。
「篠崎はわかっているようだな」
軽くため息を吐き、脇から抜け、幕ノ内は去る。
「本当にいいのかよ、一真」
「佐久間君だって本部に呼ばれてるのにね」
佐久間のえるはその魔法の性質上、のえるは裏方に徹している。
「佐久間は俺達に出来ないことをやってるんだ。いいんだよ、これで」
そう言いながら一真は先頭を歩く。
「へいへい、了解しましたよ」
響介はぼやき、久美は微笑んだ。
「じゃ、パトロール開始だ!」
――――――22――――――
「……と、言ったが……」
一真、響介、久美の三人は学園内をまるまる一周し、第一校舎の昇降口に集まった。
ぶっちゃけ、見回れる所はすぐに見回れる。一週間もあれば学園内の効率の良い回り方も固まる。短時間でパトロールは終わってしまう。
「二週目行こっか?」
毎回このパターンだ。
「ほかに回れるとこってあるかな?」
と、久美。
「学外は?」
と、響介。
「確か他のところの班が担当のはずだよ」
と、一真。
「マジかー……」
流石に一週間も経てばパトロールは退屈なものだ。
「なんっも起きねえしな」
「平和ってことでいいんじゃないかな」
「平和なぁ」
実際この一週間は平和そのものだった。幕ノ内が情報を一真達に回していないことを踏まえても、特に変わったことなど無い。
こうも何もないと、悪魔に襲われたことがまるで嘘のようだ。
だが、一真の左腕の傷は確かにある。現実なのだ。
平和に見えて、平和ではない。
「とりあえずもう一週すっか」
三人で頷く。
『篠崎君‼ 風馬君‼ 鷲見寺さん‼ 聞こえますか!?』
「「「ッ‼」」」
三人の頭の中に直接佐久間のえるの焦燥の混じった高い声が広がった。
恐らく『伝達』魔法で、感知した対象に目に見えない糸状の魔力を直接接着し、魔力の糸の振動で音を伝えている。
いつの間に着けられたか全く気付かなかったが、今はそのことを置いておく。
「佐久間!? 一体どうしたんだ!?」
会話もできる。
『第二校舎裏に荒々しい魔力の揺らぎを感知しました! 篠崎君達は至急向かって下さい‼』
慣れていないたどたどしいのえるの指令に、三人の掛け声は合致する。
「「「了解‼」」」
掛け声の後、肩に背負った竹刀袋を背負い直した響介が一番早く動き出した。そのすぐ後ろを一真と久美がついていく。
校舎の角を曲がる際、響介の横顔が一瞬見えた。
不謹慎極まりないが、響介は笑っていた。
響介は決して好戦的な性格ではない。だが、武道に生きる者としての血が騒いでいるというか、自分の腕を試したくてしかたがないのかもしれない。それがたとえ実戦であってもだ。
それから迷うことなく一真達は第二校舎にたどり着いた。
「……ッ‼」
そこに立っていたのは、たった二人の男子生徒だった。しかも相手は一真にとって見覚えのありすぎる人物だった。
「……獅堂……翔悟」
一真の声に反応し、二人はこちらを向いた。
今でも忘れられない。保健室での騒動の時に向けられた、獲物を捉えた肉食獣のような目つきは。
興が冷めたような目は一真を見た途端、その目つきに変貌した。
ぞくっと身震いをした。
正直、獅堂の興味をそそるようなことは全くと言っていい程身に覚えがない。
なのにこいつは――――――。
「……誰だ」
獅堂ともうひとりは加苅拓夢とは違う取巻き、宇城秋宏だ。獅堂とつるんでいるという理由で調べた。相手は一真達のことはわからないらしいが。
「これは……あなた達がやったことなのですか」
久美が前に出て話しかける。
獅堂のことに目が行って気が付かなかったが、二人の足元には五人の生徒が倒れていた。
喧嘩、そう聞いて駆け付けたが、そうではない。かなり一方的だっただろう。
「……そうだとしたらどうするつもりだ」
宇城は静かに答える。質問に対する答えとは程遠いのだが。
久美は胸ポケットから手帳を取り出す。
それはただの生徒手帳ではない。『竜騎士団』に入団した際に配布されるものだ。一般の生徒手帳とは違い、利点はいくつかあるが、それはまた別の機会に話そう。
赤と白の基調をした手帳を胸の前に出した。
「『竜騎士団』です。生徒への暴行行為現行犯で拘束、及び連行します」
顔写真付きのその手帳を獅堂の目に触れた瞬間、
「ドラ……グナー……だと?」
目の色を、変えた。
「……なん、――――――ッ!?」
ふ、と獅堂の姿が視界から消えた。
そして、一瞬姿を確認したその時、一真は最悪の予想をする。
それが間違いなどではないと気付く前、勝手に体は動いていた。
(――――――届けっ‼)
ばしん、と久美の手から『竜騎士団』の手帳が弾け飛んだ。
拳。
久美の顔、わずか数センチメートル先に獅堂のそれがある。
(こいつ本気なのか……!? 俺が止めなかったら鼻の骨が折れるどころのレベルじゃなかったぞ!?)
ギリギリだった。
獅堂の拳が久美の顔に当たる直前に、獅堂の腕を掴み、ギリギリ止めることができた。
大きく開いた目と口。え……はわ、と意味のない呻きを上げ、へなっと久美の腰が折れ、その場にへたり込んだ。
「どういうつもりだ……お前‼」
「貴様もその『竜騎士団』か?」
「……それの一体何が」
ボウッ、と一真が掴んでいる獅堂の右腕から真っ赤な炎が灯った。反射的に腕を離す。
両手をズボンのポケットに入れた。右腕だけではなかった。全身から炎のオーラを放っていた。魔法ではなく、獅堂の怒りが形となって、目に見えているようだ。
なんの怒りか、獅堂の口にした『竜騎士団』にヒントがあるはずなのだが、まだ入団したての一真には、知る由もない。
「スペルコード……『造形』」
そっと呟き、両腕にガントレット、両足にソールレットを装備。臨戦態勢へと移る。
「響介! 久美を!」
「おうよ!」
未だに放心状態の久美を抱えようと近寄る響介だが、
「うおっ!?」
その前に宇城が立ちふさがり、迫る拳を身を伏せてギリギリ躱した。
次いで逆側の拳の追撃が追ってくるが、竹刀袋から取り出した日本刀で、刃が鞘に納めたまま受け止めた。
ガキィ……ン、と金属音が響いた。
宇城の拳には金属製である武器を装備していた。
「メリケンかよ……。だったら抜いとくんだったな」
「……獅堂の邪魔はさせない」
ギギギギギギッ‼ 響介の刀と宇城のメリケンサックと呼ばれる武器とが火花を散らす。
二人は互いに距離を空ける。そして、響介はゆっくりと刀を抜く。
「ひっさしぶりの実戦だからな。腕が鳴るぜ」
「……邪魔する者は何人たりとも」
ゴキリ、と首を鳴らす宇城。目が据わる。
「叩きのめす」
一瞬、響介の視界から宇城が消えた。
低姿勢のステップ。両足に何らかの魔法で脚力を強化しているようで、たった一歩で響介の懐まで近づいた。
力強く握った拳が響介に迫る。
「ぐっ」
ギリギリ反応できた響介は刀で防ぐ。だが、更に追撃。
宇城の左拳は響介の横腹を抉る。校舎の壁に叩きつけられる。
「ごがあっ」
ボトボトと響介は血反吐を吐く。