『竜騎士団』
――――――11――――――
昔々、ある所に一つの国があった。
その国は海に囲まれ、小さな大陸だった。
国には王とその民が平和に暮らしていた。
ある時、王城から七人の悪魔が現れた。
特殊な力を使い、国を苦しめたという。
王に仕える憲兵は悪魔を討伐しようとしたが、失敗してしまったという。
悪魔の支配が大陸全土を覆い尽くし、他の近くの大陸にまで侵略が及び出した。
その時、天から授かったと云われる魔法を遣う五人の魔導士が姿を現した。
明日葉、神名、立華、結目、篠崎。
五人の魔導士はそう名乗った。
――――――12――――――
幼い頃、繰り返し聞かされた昔話を一真は思い出していた。
まだ続きがあるのだが、思い出せない。そんなもどかしい気持ちだが、いつも通りと言えばいつも通りのため、あまり気にしていない。
「いっつ……」
頭を抑える。頭痛が酷い。内的な痛みじゃない、外的な痛み。鈍痛。
あれほどボロボロだった左腕に痛みはないが、包帯で巻かれていた。
「あ、気付きました?」
眼鏡をかけた少女がベッドに横たわる一真の顔を覗き込む。
うわっ、と急なことで横たわったまま一真はのけ反る。
「だ、誰だ……!?」
「驚かせてしまってごめんなさい。私は飛騨真弓。『立華』に仕えている者です」
起き上がり、真弓の自己紹介を聞く。『立華』に仕えているということは、愛衣紗の側近ということだろうか。
ここで一真はひとつ疑問を抱く。
(なんで俺……寝てるんだ?)
放課後、一真の前に唐突に姿を現した悪魔と対峙した。
愛衣紗が救援に駆け付け、激しい戦闘の末、悪魔を倒した
だが、それからのことが思い出せない。
一真がうーんうーんと唸っていると、見兼ねたのか真弓が状況を説明し始める。
「悪魔は愛衣紗お嬢様が倒しました。それでですね……えーと、あなたが気を失っていたのはですね……」
とても言い辛そうにし、一真に向けられていた視線すらきょろきょろと泳いでいる。
「僕が君の顔面を蹴ったからだよ」
ガラッと扉をスライドさせ、入ってきたのは整った黒髪と顔立ちをし、同じ学年の赤いネクタイを首筋まで丁寧に上げた少年だった。一真に危害を与えた者とは思えない口調で、冷えていて坦々としたものだった。
「敵だと思ってね。すまなかったと思っているよ」
まったく謝っているように感じない。かなり義務的で、謝れと言われたから謝っているようだった。
「幕ノ内綾鷹」
急に言い出すので一瞬混乱したが、名前だということに気付き、一真も名乗る。
「篠崎……一真」
幕ノ内が差し出した手を一真は躊躇いながら握る。
ニヤリ、と幕ノ内は不敵に笑う。
「……? んぎぃ!?」
幕ノ内の握る手の力が急速に強まった。今も尚、その力が強まっていく。
(そっちがその気なら……負けるわけにはいかない)
「らああああああ‼」
「ぬうっ!?」
反撃を予想していなかったのか、幕ノ内は目を見開き、思わず自分の左腕を掴む。
この時、二人は言葉を交わしていないが、お互いの思考がシンクロした。
(こいつにだけは……負けねえ‼)
「「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」
未だに力比べする二人に真弓はため息を吐く。
「あなた達。いい加減になさい」
「「はああああああああああ」」
「……聞いているかな? そろそろ止めなさいと言っているのだけど」
「「だあああああああああああああああああああああ」」
「いい加減にしろガキ共ぉお‼‼」
幕ノ内の脳天に拳骨。一真の頬に平手打ちが襲った。
「「んぉぉおおおお」」と二人はのたうち回る。気絶した理由が理由なので、恐らく真弓は気を遣って平手にしたのだろう。……それでも暴力によって場を収めたのだが。
それから暫くして二人の痛みは引き、幕ノ内は近くにあった椅子に座った。この真っ白い空間。ここが保健室だということに今頃気付く。
「……落ち着いた?」
「……はい」
この人だけは絶対に怒らせることはしない……。一真は誓った。
「さて、なにから話したらいいものでしょうか」
んー、と人差し指を唇に当て、考える素振りをする。
「あ、あの……」
真弓がニコッと微笑む。なに? と言っているようだったので、一真は続けた。
「立華先輩はどこに?」
「立華副団長は今、報告書を書いている」
幕ノ内が不機嫌そうに答える。
(そういえば……副団長って……。先輩が言ってた……なんだっけ)
「そうだ。『竜騎士団』を説明しないとですね」
(なんでわかったんだ。エスパーなのか? っていうか魔導士か)
真弓からは魔力を感じない。心を読む魔法は存在するが、今は使っていないだろう。単純に一真はわかりやすいというだけなのだが。
「『竜騎士団』。簡単に言えば学園治安維持機関ですかね? 篠崎君の通っていた中学に風紀委員ってありました?」
「あ、はい」
「それと似たようなものですよ。勿論、違いはありますけどね」
とは言っても、正直中学はあまり通っていなかったので、実態がイメージし辛い。
「まぁあまり他の生徒に認識されてないけどな。正直初耳だろう?」
幕ノ内がちらりと一真を見る。今までの自分の反応で嘘を憑いてもバレバレなのでコクリと頷く。その瞬間幕ノ内は盛大にため息を吐いた。
「実際問題、お前みたいに存在を知らない生徒が多いもんでな。毎年人手不足らしいぞ。……あ、今日ひとり入団するかもだけどな」
幕ノ内の言葉に真弓も苦笑いした。真弓のリボンは青色なので二年生のはずだ。恐らく一年生の頃人手不足で大変だったのだろう。
「基本ここの先生方は生徒間のいざこざに無干渉なんですよ。校内で事件などが起こったら、『竜騎士団』の出番って訳です。流石に手が付けられない程の事件には関与しますけどね」
保健室での事件を思い出す。たった一発で終わったとは言え、あれも生徒間の事件だ。近くに憩井五鈴が居たはずなのにも拘らず、憩井は無干渉だった。半信半疑だった一真にも現実味が出る。
「……ん? でも悪魔に襲われてたけど立華先輩しか来なかったですよね?」
俺も行ったぞ、と幕ノ内は呟くが、一真は無視する。
「校外での活動は本来でなら許可を取らなければいけないのですが、悪魔の魔力を感知した愛衣紗お嬢様がいきなり行ってしまったんです」
簡単に想像できた。
(で、幕ノ内が遅れたのは許可を得てゆっくり現場に向かい、俺をノックダウンさせたわけか……)
恨めしく幕ノ内を見るが、彼は気付かない。
「っていうか、なんでここに悪魔が出てきたんですか。まさか全くわからないってわけじゃないんですよね」
命の危険があったからか、少し攻撃的な口調になってしまった。
「……篠崎君はある噂を知っていますか?」
「噂?」
「最近生徒の間に奇妙な噂があってな。今噂の出所っつーかその真偽を調べてたとこなんだ。お前知らないのか?」
「生憎とFクラスまで噂は浸透してないみたいだね」
ここでも格差がでるのか……、と思うが一真は流す。
「噂といっても突拍子ないですけどね。……この明日葉学園の地下に異世界へと繫がる扉があって、そこから怪物が転移され、校内を暴れ回っている、という感じです」
「高校生とは思えない安易な噂ですね……」
「いえ、もう噂ではないようです。まさか正体が悪魔だったとは思いもしませんでしたが……」
「でもこれで教員が動き出す。こんなの生徒だけの組織で対応できるわけがない」
幕ノ内が言うが、
「残念ですけど……そうはならないようです」
立華愛衣紗は幕ノ内の言葉を否定し、現れた。
「副団長! 報告書は終わったんですか?」
「……あれは始末書って言うんです。それにとっくに終わらせました」
早っ、と幕ノ内は零す。
「この件で教師側は動きません。我々『竜騎士団』が対処します」
愛衣紗の言葉に直接『竜騎士団』と関係ない一真も息を呑んだ。
「……本当ですか、愛衣紗お嬢様」
沈んだ表情で愛衣紗は頷いた。
「そんな無茶でしょう!」
確かに無茶だ。こんな決定あり得ない。
「顧問である憩井先生の協力を得ることは出来ましたが……団長が不在の今、残っているメンバーで調査を始めるしかありませんね」
「いや……でもこんな危険なことを俺達生徒だけでやれっていうんですか!?」
「ええ……。わたしもそう無茶苦茶と思います。けれど依頼された以上、やるしかない状況なのです」
苦々しい思いを纏った言葉を口にした。
「……ち、ちなみに『竜騎士団』には今動ける人数って?」
気になった一真が尋ねる。そして一気にその空間が静まり返る。あれ、聞いちゃアカンかった!? と一真は後悔する。
「……今現在は……九人です」
具体的な人数を聞いたからか、更に空気が重くなる。
「……九人?」
絶句し、聞き返す一真。それに愛衣紗が静かに頷いた。
絶望的な人数だった。
「仕方がありません。元々我々『竜騎士団』は少数精鋭。数の問題は今までもありました。それを乗り越えてこその『竜騎士団』です」
愛衣紗は真弓と幕ノ内を順に一瞥した。
「これから作戦会議を始めます。真弓ちゃん。今集められる『竜騎士団』のメンバーを本部に集めなさい」
「今から……ですか?」
「ええ。学園の生徒が襲われるという事件が既に起こってしまった以上、事は一刻を争います。それと幕ノ内君。確か入団志願者がいたはずです。その者も呼びなさい。ひとりでも多い方がいい」
真弓と幕ノ内はその場に立ち上がり、同時に「はい!」と敬礼した。
「それから一真君」
「ひゃい!」
急に名を呼ばれ、間抜けな返事をしてしまったが、愛衣紗はそれを気に留める
ことなく話を進める。
「あなたはもう帰りなさい。今話していたことは全て忘れなさい。寮までは真弓ちゃんを護衛に付けるから安心しなさい」
でも、と一真が言葉を紡ごうとしたが、愛衣紗は自分の唇に人差し指を当て、それを止める。
「大丈夫」
静かに、一真にしか聞こえないような小声で、儚げに微笑んだ。
「わたしは大丈夫だから。もう帰りなさい」
静かに呟き、愛衣紗は保健室を出、それに続いて幕ノ内も出ていった。
今の愛衣紗の表情は、悪魔を撃退した直後の表情に似ていた。
「それじゃあ、帰りましょうか」
明るい口調で真弓は言い、それに頷いた。
――――――13――――――
「あなたのこと、どこかで見たことがあります」
深海荘までの帰路の途中、沈黙だった空間を真弓が破った。
「……俺は別に見たことはないです」
嘘だった。実は最初から見覚えはあった。一真と愛衣紗が初めて出逢った時、ずっと愛衣紗の後ろに隠れていた引っ込み思案の女の子だろう。性格に面影は一切ないが……。
そうかな、と真弓は呟き、二人の間にまた沈黙の空間が訪れる。一度言葉を交わしたからか、その沈黙が妙に居心地が悪い。自分から話そうにも、話題が特に思い浮かばない。
深海荘が見えた頃、そういえばと一真が今日悪魔の一件以外で気になったことを思い出した。
「……俺は今日、なんで立華先輩に呼ばれたんですかね」
それがいくら考えてもわからない。まさか昔話させるため呼び出したわけではないだろう。真弓に聞いても答えは返ってこないだろうと期待していなかったが、以外にも真弓は答えた。
「それは恐らく……あなたの顔を見たかったからですよ」
だが、真弓の答えに一真はクエスチョンマークを浮かばせた。
「愛衣紗お嬢様は明日葉学園に入学早々『竜騎士団』に入団しました。中学生の頃も似たような学生組織に所属していました」
真弓はいきなり立ち止まり、少し進んだ所で一真は振り返る。
「今までお嬢様はずっと戦ってきました。でもそれは『立華』の名の元に強いられてきた事。お嬢様に付き添って十年以上経ちますが、そんな私でも、戦っている時のお嬢様は見ていられませんでした……」
眉間に皺が寄り、辛そうに瞳が揺れる。
一真も見た。悪魔との一件。隠し切れていない苦痛。今にも崩れ落ちてしまいそうで、不安定で、儚い。一真にでも気付く事が出来たことに、側近の真弓が気付かないわけがない。
「本当に久しぶりだったんです。愛衣紗お嬢様が偽りの笑顔じゃなく、本物の笑顔を見せてくれたのは」
頬に涙が流れ、にこりと笑い、
「ありがとう」
と言い、また笑う。
「……俺は何もしていない。感謝されても、困ります」
「それでも言わせて下さい。あれが深海荘ですよね?」
真弓が指を差す。一真はこくりと頷き、二人は歩みを再開させる。
それからは一言も会話することはなかった。
一真の胸の中にある蟠りは解消するどころか、より一層に強まってしまった。