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瞳刻のスティグマ  作者: 疎井晴加
2/8

魔法学試験

 ――――――2――――――


 深海荘から本校舎までの道のりは長い。隣にいる久美が出てくるのが遅いだとかごちゃごちゃと文句を言っているのを一真はうわの空で、ほぼ全てを受け流している。

 まるでVIPのような部屋の大空荘はほとんど目の前に校舎があると言うのに。こんなところにも格差が存在していて、久美はうんざりした。そんなこと、特に一真は何も感じていないが。

「今日は待ちに待った試験の日よ! 今までの成果を発揮できるように頑張りましょ!」

 久美のその言葉は聞き取れた。あぁそっか、と思う。誰も待ってなんかない。

 三か月に一回、魔法試験というものがある。それは体力テストに近いかもしれない。各属性の魔法を発動し、その『威力』『質量(体積)』『詠唱から発動までの速さ』『コントロール』などを計測する。最後には全体の魔力量を計る。血統魔法など、特殊な魔法の場合は例外として別の試験を受けているらしい。特殊な魔法どころか、基本となる五大魔法しか満足に扱えない一真には関係ないことだ。しかも興味すら湧かない。

 億劫だ……、と一真は呟く。それに反応した久美は鞄からハリセンを取り出し、スパーン‼ と叩く。

「なにすんのさ」

「試験の日くらいシャキッとしなさい!」

 (試験の日だからこそだよ)

一真は咽まで出かかった言葉を飲み込む。また叩かれるだけだ。

「ぼちぼち頑張るよ」

 代わりにそう言った。納得はしていなさそうだった。



 ――――――3――――――



 校舎に群がる生徒は今日に限り、大雑把に二種類に分類できた。

 鷲見寺久美のようにモチベーションを鼓舞し、いい結果を残そうとやる気に満ち溢れている生徒。

 篠崎一真のように試験そのものを億劫に感じ、やる気の”や”の字も感じさせない生徒。

 見事に半々だ。

「よーッス一真!」

 後ろから夏服がよく似合い、左肩に竹刀袋を担ぎながら一真と久美の側まで風馬響介(かざま きょうすけ)は駆足で近づいてきた。短く爽やかにカットされた黒髪には寝癖が所々にはねていた。

「よーッス久美! ホント二人で登校とか、仲良いよなー。はははは」

 こんな能天気な発言をしている響介だが、前述の生徒の分別をすると。

「響介。今日は魔法試験日だよ?」

「…………やっべ」

 響介は確実に後者の方だ。

「まさか響介君も試験勉強してないの?」

「すっかり忘れてたぜ!」

 二カッと笑う。もういっそ清々しい。

 久美はため息を吐きながら額を抑える。そう、一真と響介は、アホなのだ。

 久美はアホ二人に説教を始めたいところだが、完全登校時間まであまり時間は残されていない。不完全燃焼ではあるが、こんなことで遅刻してしまってはあまりにも情けなさすぎる。雑談をしながら昇降口へと入っていく二人を小走りで追いかけた。

 上履に履き替え、教室に向かう。

「じゃ、また午後にね」

 久美と廊下で別れる。一般学科と魔法学ではクラスが違う。午前中に一般学科の授業だが、この時は成績に関係なく振り分けられる。

 午後に魔法学を学ぶ。この時クラスをAクラスからFクラスまで成績順に振り分けられる。言うまでもないと思うが、Aクラスが最高で、Fクラスが底辺である。ちなみに一真、久美、響介の三人はFクラスである。

「試験は午後からか……。じゃ、頑張ろうぜ、一真」

 拳を向けてきた響介に一真は微笑み、

「ぼちぼち、ね」

 同じように拳を突き出し、こつんとぶつけ合った。



 ――――――4――――――



 そしてあっという間に昼休みの時間に突入した。この時間はお昼ご飯を食べることと午後からの魔法学科授業のクラス移動の時間に当たる。一真と響介はいち早く昼ご飯を食し、Fクラスに移動し、各々が自分の机に座っていた。だが――――。

「あ、暑くて溶ける……」

 一真は自分の机にたどり着く前にばたりと暑さで倒れてしまった。

 魔法学科の最下層であるFクラスには冷房はない。昼を迎えてから、気温は上昇し、Fクラスの内部温度は三十五度を超える。

「ははっ、確かにこれは……って一真!? ホントに溶けてんのかその汗の量は!」

 倒れている一真を見て近づくが、何をすることもなく、ただあわあわとしている。そんな響介の顔にも汗が目立つ。

「ああ大丈夫……。体の表面の氷が溶けてきてるだけだから……」

 基本魔力で生成された氷は天然の気温では溶けてしまうことはない。今一真の体を濡らしているものは水のシャワーで増強した氷の表面のみだ。だが、流石にここまで溶けてしまうことは一真にしても想定外のことで、本命の氷魔法が溶けてしまうことはないが、強い衝撃には脆い。一真は内心こっそりと焦る。

「でも一番の誤算は……やっぱり全身に氷魔法を掛けてても、そんな涼しくないってことだよなぁ」

「大変だな、お前も」

 とりあえず無事だったことに安心し、響介は自分の席に戻る。

 暫くFクラスの床でぐったりとしていると、久美が教室に入ってくる。

「あ、溶けてる」

 それが第一声か、と一真は心の中で突っ込む。

「そろそろ試験の時間ね。二人とも自信は?」

「ははっ」

「えへっ」

「あなたたち……」

 もうどうしようもない諦めよう、というのが一真と響介の結論だった。

 頭を抱え、盛大にため息を吐く久美に、響介はだいじょぶだいじょぶと笑いかける。

「全力は尽くすさ」

「ぼちぼちね」

 久美には二人がとても頼りなく見えて仕方がなかった。

 昼休みが終わり、三人は体操着に着替え、第三校庭に移動した。そこにはもう大体のFクラスの生徒が集まっていた。

 一真は辺りを見回し、Fクラスの面々の顔を見る。顔が見えないほど深々とフードを被り、顔を隠している者。オドオドと周囲を窺う者。時代錯誤甚だしい不良と呼ばれる者。特になんの変哲のない普通の生徒も何人かいる。

 正直、一真はこのクラスを好きになれない。

 特に不良の生徒は質が悪い。多少肩が触れただけで因縁をつけられ、暴力を振われ、怪我をする者は少なくない。怖いとかそういう訳ではないが、出来るだけ接触は避けたい。只々面倒なだけだ。

「それでは試験を始めようか」

 そこにジャージ姿に左右の頭に団子を作った一真達Fクラスの担任、憩井五鈴(いこい いすず)が手を上げ、言った。身長は大人の女性にしては高く、百七十五センチある響介よりも頭一つ分飛び出ている。普段は柔らかい口調なのだが、怒らせると後悔してしまう程の恐ろしさを隠している。ちなみに一真はその経験がある。

 Fクラスの生徒は校庭に引いてある白い粉末のラインの上に横一列に番号順で並ぶ。試験を受けなければ当然単位を落として学校に居られなくなるので、不良の生徒も素直に従う。一真達が立っている五十メートル先にはそれぞれにパラボラアンテナのような装置が設置されている。それは魔力測定器で、命中させることで魔力の『正確さ』『威力』『体積』を計ることができる。

「それでは始めてください。まずは炎魔法から」

 ピ――――‼ と教師が鳴らしたホイッスルの合図で一斉に詠唱を唱え始めた。

「スペルコード――――――『火炎(フラム)』」

 スペルコード―――。本来魔法を発動するのには長い詠唱が必要になる。しかし研究に研究を重ね、詠唱を大幅に減らし、威力を落とすことなく発動させることに成功した。それがスペルコードだ。

 一真の手の平から幾何学的な円形が浮かび上がり、その中央には紋章が刻まれている。その紋章から魔力で生成された炎、『火炎(フラム)』が放たれる。『体積』『威力』こそ平均以下であるが、『正確さ』は他の生徒の比ではない。命中と共に魔力測定器のランプが赤く点灯した。ど真ん中に命中した時の色だ。

 (……ぼちぼちかな)

 いつも通りの結果だ。今までの試験と何も変わらない。

「手、抜いてない?」

「うわっ!? 抜いてなんかないよ」

 一真の二つ隣で試験を受けていた久美が結果を見て近寄ってきた。

「コントロールだけはいいね」

「まあね。それでもなかなか昔みたいにはいかないよ。あ、あと魔力を練るのも速いよ」

 ふうん、と久美はジト目で一真を見る。それを一真は苦笑で応えた。

 これも試験のため、やはり追試は存在する。一真の場合、『威力』『体積』は弱小としか言いようがないが、『正確さ』『詠唱速度』だけで言えばAクラス並で、うまく追試から免れている。毎朝自分自身に魔法を掛けているのは、やはり伊達ではなかった。



 ――――――5――――――



 魔力測定を終え、一真達Fクラスは保健室に向かっていた。試験で怪我をした訳ではない。魔法試験とは関係なく、身体測定をするためだ。

 (……なぜ試験日に身体測定)

 疑問を抱く者も少なくない。ただ単に魔法学試験で校内を歩き回るので、『一緒に身体測定とかもやっちゃえば楽だし、一石二鳥じゃね?』という教師陣の安直な思惑であることに気付く者は多くない。

「身体検査とかいいから体動かしてえな」

 響介が誰に聞かせるわけでなく、呟いた。それに一真は共感はしなかった。試験に対してのモチベーションは低いが、身体測定は別だ。

 (体重やBMI、%FATに興味はない。ただひとつ、身長だ。目的はそれだけだ。去年も……結局今年も響介の身長を超えることはできなかったが、まだ希望は残されている。今回の結果によれば希望は確信に変わるはずだ。去年と比べて、久美にもうちびと呼ばれない程度には伸びたんだ。来年こそは必ず響介を超える。……確かに平均よりは……た、多少低めではあるが――――――)

 ぶつぶつと呟きながら歩く一真も今どきの高校男児である。そんなことをしていると、とん、と前にいた人と軽くぶつかってしまう。

「わっ」

「あっ、ごめん」

 ぶつかってしまったのは、先程ひとりきりでおどおどとしていたFクラスの生徒、佐久間のえる(さくま のえる)だった。顔立ちは本来の性別の男よりも女に近かった。

「こ、こちらこそ……ご、ごめんね」

 びくびくとしながらぺこりと頭を下げ、青みのかかった長い髪が首筋から垂れる。ああ、と返事する前に小走りで保健室に入っていった。

 (友達……いるのかな)

 なにしてんのよ、と久美の声を聞き、はっとなる。のえるの背中を最後まで見ながら余計なお世話甚だしいことを一真は考えてしまっていた。

「おい、さっさと進めよ」

 背後からどすの利いた声を浴びせられる。反射的に道を開けると、響介と久美も同じように道を開けた。

 不良グループ――――――と言ってもFクラスには三人しかいないが――――――は開いた道を進んだ。恐らくどすの利いた声の持ち主は先頭にいる者だろう。髪は鳥のように逆立っており、耳はもちろん、口や鼻にもピアスを付けている。体操着は軽くダメージ加工しており、ちゃらちゃらと金属が見え隠れしている。確か名前は加苅(かがり)と言ったか。

 一番後ろにいる者も多少加苅と髪型が異なるだけで、恰好は同じと言っていい。名前は忘れてしまっているが。

 そしてその間にいる者は一真にも聞いたことがあるような人物であった。不良グループのリーダー格、獅堂翔悟(しどう しょうご)だ。赤茶に染めた髪は逆立たせ、右耳にだけ輪っかのピアスをひとつ付けてあった。目付きは悪く、睨み付けられただけで心臓を射抜かれてしまいそうだ。その獅堂が通り過ぎる数秒間、一真達に妙な緊張が走る。

 だがまあ、何も恐ろしいことはなかった。

 確かに物騒な(なり)をしているし、少しでもこちらが気に障るようなことをすれば(たち)が悪くなるが、逆に言えばこちらから何もしなければ向こうは特に何もしないということだ。……という一真の希望的観測。

 三人が保健室に入っていくことを眺めてから、一真はほっと安堵した。ここで問題が発生したら試験よりも面倒だからだ。

 ――――――と安心した矢先、保健室から怒号が響いた。

「てめえなにしてくれてんだよ、おい‼」

 一真、久美、響介は顔を見合わせ、直後に保健室へと急いだ。

 保健室にはFクラスの生徒達が中心を囲むような円に並んでおり、決して関わらないように壁際に寄り添い、誰一人動こうとはしない。

 そして中央には、先程の不良三人――――――伸びた加苅の腕にぶら下がっているのは、佐久間のえるだった。

「な……っ」

 もはや呆れの声を一真は漏らした。この状況、加苅のものであったろう声。すぐに察した。大方のえるがドジって加苅達に特攻をかましてしまったのだろう。周囲を見回すが教師はいないようで、ちっと舌を打つ。

「ちょっとあれ!」

 端から見れば完全に虐め現場で、そういうのを嫌う久美が即座に動いた。ここで目立つことを一真は良く思わない。それを止めるために一真は久美の腕を掴み、ぐいっと引っ張った。

 ――――――そして、その力は強すぎて。

 ――――――そして、久美は思っていた以上に踏みとどまらなくて。

「――――――えっ」

 久美は体は後方へ。一真の体はのえるや加苅のいる前方へ。

 わっとっ、と呻きながら一真はバランスを取ろうとするがうまくいかない。周りの生徒達が「あっ」と口を開けた頃には、一真はのえると加苅を巻き込みながら転倒した。

 保健室の空気が凍り付いた瞬間だった。

 (これは……やばいっ)

 がばっ、と素早く上体を持ち上げる。

 改めて周囲を見回すと、久美は尻餅を付きながら絶句していた。

 響介は笑いを堪えていた。

 獅堂は興味なさそうに冷たい目で一真を見ていた。

「し、篠崎くん!?」

 のえるが驚愕の表情で一真の名を呼ぶ。だがこれからどうするかを脳をフル回転させている一真にその声は届かなかった。

「邪魔してんじゃねえぞ、おい」

 未だ地を這う一真の胸倉を強引に掴み、立っている加苅と同じ目線の高さまで上げた。

 加苅の見事な握力から脱する(すべ)はない。観念し、謝ろうと「ごめ――――――」まで口にした瞬間、一真に強い衝撃が襲った。

 加苅は拳を一真の顔面になんの躊躇いなく叩き込んだからだ。

 一真の体はよじれ、いくつかの机や椅子を巻き込みながら沈んだ。



「ぎぃ、ああああぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼‼」



 激痛に()るものであろう絶叫が保健室に響き渡った。

 ただしそれは、一真によるものではない。

 ボロボロに(ひしゃ)げ、血で真っ赤に染まった右手の持ち主、加苅によるものだった。

「か、一真!? 大丈夫!?」

 久美が駆け寄ってくるが、一真は何もなかったようにがばっ、と起き上がった。その顔には一切の傷、打撲のような跡すら見当たらない。

「なっ、なんなんだてめえ……‼ どうなってんだよぉおおおおおお‼‼」

 錯乱している加苅が叫ぶ。加苅の絶叫を聞いたのか、白衣を着た女教師が慌てて保健室に入ってきた。

「一体どういうことなの!?」

 加苅の右手直視し、両手で口を塞いだが、それは一瞬のことだった。どうやら養護教諭らしく、「早く治療を……!」と自分に言い聞かせるように呟き、加苅の左腕を引っ張り奥へと入っていった。

「うっ、くっ」

 ビキキッ‼ と音を立て、一真の頬に亀裂のような青い筋が浮かび上がった。

 一真の身を守ったものの正体は、全身に掛けた氷魔法の『凍結(グラス)』だ。今日の高い気温のせいで大半は溶けてしまい、生身の一撃で亀裂が走るほど薄くなってしまったが、拳の衝撃を防ぎ切るには充分だ。

 頬に浮かぶ青い亀裂は赤く染まっていく。それが合図だったかのように(ひび)割れは広がっていき、やがて粉々に砕け散った。

 全身からきらきらと光る『凍結(グラス)』の欠片が散った時、一真の全身に熱が戻ってくる。その反動でふらつき、かろうじて右手で全体重を支えた。

 虚ろな意識の中、右手の甲に魔法を使った時とは全く異なる紋章が浮かび上がった。これは様々な効果を持つ対策封印術式魔法で、その内の効果の一つに、高すぎる体温でも人体の内臓や器官に影響がでないようになっている。大雑把に言えば、根性さえ見せれば『凍結(グラス)』を全身に掛けなくても日常生活に支障はない。

 そこへいつの間にか一真の真横にいた憩井が一真の肩に手を置いた。

「君も見てもらった方がいい。『凍結(グラス)』が掛かっていたとは言え、派手にやられてしまったんだからね」

 一真としては殴られたことよりも、体温の急上昇の方がよっぽど(つら)かったが、素直に頷いた。右手に浮かぶ禍々しい紋章を見ながら一真は軽く舌を打ち、よろめきながら立ち上がり、加苅とは別に奥へと進む。

 その際に異質な視線を感じ、横目で見てみると、ギラリと獲物を捉えた肉食動物の如く獅堂が一真を見つめていた。

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