◇2◇
あの日から、あの速報が頭を離れない。
だけど、忘れたふりをしていた。
ともすれば耳を塞いでどこかへ隠れてしまいたくなる気持ちに蓋をして、何もなかったのだと言い聞かせた。
ただ、時間が全てを解決してくれるのを待っていた。
あの人が、私の前に現れるまでは――……。
夜になっても本当の意味で暗いとは言えない夜道を、3人で歩く。
今日は、藍たちのバンドのコンサートの日だった。
大きなステージの上で歌う藍はドームにいる誰よりも楽しそうで、来ているお客さんも、やっぱり楽しそうだった。
自分の好きなことでたくさんの人を幸せにできるのは、凄いことだ。
だからこそ、私は楽しそうに前を歩くふたりと友達でいられることを、誇りに思っている。
それぞれジャンルは違うけれど、誰かを幸せにしている、という点は同じだ。
…そういう点では、あの人も同じだな。
……どうして、こんなことになっちゃったんだろう……。
思考が傾いていく。
時々私を捕える感情に引きずられそうになった時。
「琴?どうしたの、ぼーっとして」
突然聞こえた藍の声にハッと我に返った。
「あ、…うん。ごめん、ちょっと考え事」
不思議そうに覗きこんでくる藍に微笑んでみせると、ぱぁっと花の咲くような笑顔を見せて手をつないでくる。
可愛いなぁ…。
藍のこんな姿を見るたびに和んでしまう。
私も藍みたいになりたかったな。
「考え事って、また悩みとかじゃないよね?あんまり溜め込んだらダメだよ。琴子はもっと人を頼ることを覚えなきゃ」
梨香がそう言って、私のもう片方の手を握る。
なんていうか…過保護だ。
藍も梨香も、時々すごく過保護になる。
そんなに心配しなくても大丈夫なのに。
「へへ、ふたりともと手をつなげて、私得してるね」
ほんの少し誤魔化すようにそう言って笑うと、両手がギュッと握られた。
「…ったく。なんで琴子はいつもそう可愛いかな」
「もう、ほんとに可愛すぎでしょ!やっぱりマイ☆エンジェルは誰にも渡せないっ!」
「あの、可愛くないんですけど、私」
「「可愛いよ!!」」
私の主張はいとも簡単にバッサリ切り捨てられる。
いつものことだけど。
でも、やっぱり可愛いとは思えないんだけどなぁ…。
「私の琴をどこぞの馬の骨ともわからない男になんて、絶対にわたしませんっ!!」
「なにそれぇ」
藍のまるでお父さんみたいな口調に笑っていると、背後から声が聞こえた。
それも、今ここに居ることが信じられない声が。
「じゃあ、俺は琴子をかっさらって駆け落ちするしかないのか?」
ついで、ドン、と衝撃が走って、私の身体が前のめりになる。
「……う、わ……っ!」
気が付くと私の身体にはたくましい腕がまわっていて。
抱き締められている、と思い当たった時にはもう、首筋に顔を埋めるようにして耳元に口づけられた後だった。
ビクッと身体を震わせると、そのまま耳にクスリ、と吐息を混ぜた笑いが落ちてくる。
私がそれに弱い、って知ってるくせに!
ゾクリと背中を駆けのぼった電流に思わず目を強く瞑ると、低くていい声で呟かれた。
「相変わらず、色気のねぇ女」
どうしてここに、とか、そんなこと言われる筋合いない、とか考えるよりも先に。
呟きと同時に香った、出会った頃と変わらない香りに、私はめまいを覚えた――……。