表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蝉が泣く日  作者: 子々
5/5

第5話:蝉


 太陽の光りも、蝉の羽ばたく音も、夏が進むにつれ、騒がしくなった。山村の姿を目の前に置きながら、橋を渡り、店の前を通り、狭い歩道を歩いた。

 口には出さないけれど、山村は消えかけている気がする。いや、確かに消えかけている。手を延ばしてみたが、宙をかすめてしまい、ひやりと冷気だけがした。


「もう、何度目かな。ここに来たの」

 花が活けられている電柱の前で止まり、山村は呟いた。供えられた花は腐りかけていた。わたしが置いた一輪の花は茶色く変色している。



「俺も段々忘れられていくのかな」

「……分からない」

「どうせお前も忘れるんだろ」

「うん、わたしは忘れる」


 わたしがそう言うと、山村は声を上げて短く笑った。そして、口角を上げたまま、俯いた。わたしは腐った花を見つめた。



「俺がはねられたとき、どう思った?」

「ああ、死んだ。……って思っただけ」

 山村は顔を上げて、わたしを見た。そして、ニンマリと笑みを浮かべて、わたしへと手を延ばした。手首を掴もうとしたのか、手首付近に冷気が走っただけで、感触はしなかった。



「恨んでる? 謝ってほしい?」

「恨んでない。謝ってほしくない」

「ごめんね」

「なんだ、結局謝るのかよ」


 苦笑を漏らし、山村は空を見上げた。眩しさで目を細めることはなかった。

「生きていたら、お前とこんな風に話したりできなかった。だから俺、別にお前のこと恨んでない、死んだことを悔やんでない、自分がしたことを悪いなんて思ってない」

 山村は悲しそうに眉を寄せた。わたしが返事の言葉を探しているときに、ただ、と山村は呟いた。


「こんなに近くにいるのに、触れないのが嫌だ。そのうち、俺の姿が見えなくなって、声が聴こえなくなって、忘れさられてしまうのが、嫌だ」


 わたしへと顔を向けた山村の表情はクシャクシャになっていて、泣いているように見えた。なんだ、悔やんでいるじゃない。そう思ったけれど、声には出さなかった。頬を一粒の涙が静かに伝った。




「バイバイ」




 蝉時雨が降り続ける中で、山村の声と同時に一匹の蝉がわたしの目の前を飛んでいった。一瞬視界がその蝉に遮られた。蝉が通り過ぎ、視界が晴れたとき、山村はいなかった。



 また一粒、涙が落ちた。


 わたしはその場から走り出した。うるさく泣く、蝉たちを鬱陶しく思いながら。





ここまでお読みくださり有難う御座いました。

連載にしては短かったですが完結です。

今度はもっと長い連載をしてみたいです。

評価などありましたら是非お願いします。



2006.12.19.藤原千世



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ