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蝉が泣く日  作者: 子々
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第4話:引き裂かれたもの

 それから毎日わたしたちは歩き回った。


 山村は涼しげな顔でわたしの手前を歩いている。本当に死んだ人間なのかと思う。山村には幽霊らしさがなかった。呪ってやる、という怖い顔を一瞬も見せない。どうして俺が、という哀しい顔さえ見せない。むしろ死んだことを楽しんでいるように見えた。


 ふと思った。もしかして山村は犯人を見たのではないかと。山村の余裕はそこからきているのではないだろうか。

 わたしの手に力がこもった。知らぬ間に山村を睨みつけていた。下唇にビリッと電気が走ったような痛みがし、人差し指の腹を唇に押し当てた。指の先に鮮やかな赤い液体がぬるっと付着していた。唇を舐めると、鉄の味が口の中に広がった。汗も混じっていたのか塩の味もした。





「何してんだよ。行こうぜ」

 立ち止まっていたわたしに山村は言った。行こうと言っても行くあてなんてなかった。事故現場に行ったところでさして変化はないだろう。


「行くってどこに?」

 わたしは歩道の真ん中に立ちすくみながら尋ねた。虫捕りあみを手に持ち、首に虫かごをぶら下げた少年がわたしにぶつかってきた。よろめくわたしを訝しげに見上げ、また走っていった。

 山村はそんなわたしを無表情で見ていた。そして、口端をスローモーションのようにゆっくりと吊り上げた。



「どこって、俺が死んだ場所に決まってんじゃん」

「何回行ったって同じだよ」

 目線を山村から地面へと無意識に反らした。同じなんかじゃない、山村の低音が蝉の音に邪魔をされながらわたしに伝わってきた。

「犯人は、きっと現われる」

 脇の下に、気持ち悪いぬるさを感じた。








 自分って孤独だな、と思った。世界でたった独りなんだ、と思った。だからってどうすることもできなくて、今日もわたしはぼんやりと天井を見つめていた。


 薄暗い部屋には月明かりだけが頼りだった。山村は部屋に入らず、扉の向こうにいるのがわたしと山村の暗黙のルールだった。わたしはタオルケットの中へもぐり込み、体を小さく丸めた。

 山村が羨ましいと思った。

 そう思った瞬間、わたしはタオルケットを強引に退かし、上半身を起こしていた。自分の思考に驚いた。背中には汗の感触がし、手が小刻みに震えていた。

 わたしは慌しくベッドから降りて、机の引き出しを開けた。ティッシュをグシャグシャに握りしめて外し、赤みのかかった骨を掴み取り、壁にむかって投げつけた。ほとんど無意識だった。パキンと乾いた音がして、壁に当たった骨が二つに折れた。少し動いただけでひどく息切れしていた。体がヘナッと床へ崩れ、ひやりと体が冷たくなった。




「山村……、冷たい」

「窓が開いてるんじゃねえの」

 窓は開いていなかった。窓を見て、それを確認したと同時に、溜まっていた涙がボタボタと溢れ出した。家に誰もいないことをいいことに、わたしは喉が痛むまで、声を上げて泣き続けた。その間中、ずっと体は冷たくて、涙が伝う頬だけが熱を帯びていた。

 床には、割れた骨が、虚しく転がっていた。





 いつかわたしは人を殺すか、誰かに殺されるだろうと思っていた。後者でも別にいいと思っていたが、それが覆されることが起きた。

 わたしの教科書がズタズタに切り裂かれていたのだ。初め、それに気づいたときは訳が分からなかった。しばらくその教科書を見つめていると、段々恥ずかしさが込み上げてきた。自分でも驚くほど、悲しさなんて起きなかった。ただ恥ずかしかった。すぐに教科書を机の中に戻し、顔を伏せていた。





 それから毎日教科書やノートが無造作に切り裂かれた。時が経てば経つほど、恥ずかしさよりも虚しさを感じた。周りの人が全て疑わしかった。わたしに向けられた笑みも、作り物だったらと思うと、怖くなった。教科書やノートを持って帰れば、机や椅子が犠牲になった。



「ひどいことする人もいるんだね。気にしないほうがいいよ」

 友だちが心配そうにそう言ってきたが、それすら嘘に思えた。


 いつしかわたしは笑ったり泣いたりすることを忘れた。それにつれ、友だちもわたしと距離を置くようになっていった。それでも、わたしは気にはしなかった。悲しくなんてなかった。近くに人がいて、いつか自分があの教科書のようにズタズタに切り裂かれて殺されてしまうんじゃないかと、日々怖くて周りの人を全て疑って生活するのに比べたら、その方がよっぽど良かった。


 綱を渡るような緊張した毎日の中で、わたしにも微かな光りがあった。クラスメートの山村太一が、たった一つの支えだった。山村は男子にも女子にも人気があって、明るくて、わたしとは正反対の光りだった。わたしも山村みたいになりたいと思っていた。少しだけ話をしたいと思っても、近づいたら自分が惨めに見えるだけだと思い、いつも山村から遠いところにいた。

 でも、その光りの奥の奥は闇だった。黒くて濁っていて、わたしと同じ闇だった。それを知ったとき、わたしの中で何かが変わったようだった。






お読みくださり有難う御座います!

あと1話で完結です。連載といってもかなり短い小説ですが、最後までお付き合いお願いします。



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