第3話:引き出しの骨
クラスメートが死んでもわたしは泣かなかった。それはきっと死んだ生徒がそれほど親しい奴じゃなかったからだ。喪服を引っ張り出すのが大変だった。暑いのに長袖を着るのが嫌だった。死んだ生徒の話は自然とわたしのところへ伝わってきた。興味なんて微塵もなかった。葬式に出たのは、三度目だった。身近な人が死ぬのに、わたしは慣れていた。不謹慎にも、またか、と思った。だから今のこの状況は、そんなわたしに神様が罰を与えたんだろうと考えた。
わたしの部屋にある茶色い引き出しには、ティッシュに包まった山村の骨が一欠けら、仕舞ってある。ティッシュにはジワリと赤いものが滲み浮き出ていた。どうしてそれがここに入っているのか、分からずに、ティッシュをまた上から被せ、赤いものを隠した。それがもう、一週間も続いている。
次の日もわたしたちは事故現場へ向かった。その日は雨が降っていて、昼なのに辺りは薄暗かった。誰ともすれ違うことはなく、隔離された町のようで淋しげな雰囲気が漂っていた。
蝉の音も、車の音も、子どもの声も、何もなく、雨が至るところに叩きつけられる音だけが耳に入ってきた。こんな日に山村は死んだのだと思うと、言いようのない虚しさと、早く誰の目にも見えないようにしてあげたいという気持ちで胸がいっぱいになった。
わたしは、傘の柄を両方の掌で粘土をこねるように回しながら、事故現場の歩道で仁王立ちしていた。ジッと道路を睨みつけ、時間が経つのをひたすら待った。
山村は道路に大の字になって寝転がっている。三台の車が山村をひいていった。山村は楽しいと言って声を上げて笑った。わたしは気にせず、傘の柄を回し続けた。
時計を持っていなかったため、どれだけ時間が過ぎたのか分からなかった。その間、誰もこの道を通らなかった。車も数台通り過ぎただけだった。山村はそれでも寝転がったままで、時々蝉の真似をした。でも、蝉時雨は降らなかった。
「もう帰らねえ? 暇なんだけど」
山村がポツリと呟いた。わたしは聞こえないフリをした。雨は怒鳴るように降り続け、百円のビニール傘はそろそろ限界のように思えた。足先、肩、腕に雨が当たる。遠くで空が光った。数秒遅れて、雷鳴。
そう、ちょうど、こんな感じだ。
山村の呟きを背に、わたしは走った。数十メートル戻り、上を見上げた。青い看板を確認する。看板にはいくつもの水滴が滴っていた。走った拍子に飛び跳ねた雨水が皮膚に跳ね上がっていて、そこが妙に冷たかった。
息を整え、わたしはゆっくり、ゆっくりと走ってきた道を歩きだした。山村が死んだ場所へ、あの日を再現するために。雨なのか汗なのかが頬を伝い落ちた。傘がガガガと鈍い苦しげな音を発しながら窮屈そうに横の塀に擦れた。手に振動が伝わる。遠くで雷が鳴った。
しばらく歩くと、山村の姿が見えた。まだ寝転がっている。それを見えないことにして、歩いた。山村は横目でわたしを一瞬だけ見て、興味がないのかまた空を見上げた。雨水が足にぶつかってくる。そのとき、雷が閃光した。少し遅れて……。風が激しく吹き抜け、手から傘が放れた。それが道路の真ん中に落ちる。トラックが山村の上を堂々と踏みつけて走り去っていった。
わたしは、トラックがいつもここを同じ時間に通ることを知っている。雨はわたしを容赦なく叩きつける。濡れた髪が頬や額にこびり付き、鬱陶しい。山村のミーンミーンという声が、雨音に混ざり、わたしの耳へと流れてきた。
お読みくださり有難う御座います! あと2話で終わります。よければお付き合いください(^^)
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