第1話:山村とわたし
元は原稿用紙に書いてあるものなので、読みにくい箇所があると思います……。予めご了承を、すみません。
身体から生気を吸いとるかのように照りつける太陽と、うるさく鳴く蝉の音をいまいましく感じながら、頬にへばり付く髪を人差し指と親指で摘み、払い除けた。外に出るのを拒み、夏休みの間じゅう家の中にひきこもっていたわたしに、夏の暑さはクセモノだった。
わたしは橋の欄干に両肘をつき、下に流れる川を見下ろした。そこだけが別世界のように太陽に反射されてキラキラと光りを放っている。赤く装飾された欄干はサビ落ち、赤い皮膚の剥がれた部分からはこげ茶色の鉄が顔を覗かせていた。肘についたサビを払いながら、わたしは欄干から数歩後退した。
そんなわたしのすぐ後ろを小学生ぐらいの男の子たちが楽しげに駆けていった。通り過ぎるときに涼しい風が吹き抜けた。わたしは彼らの背中を、目で追いかけた。明るい笑い声と共に姿も消えたが、それでもまだ、その一点をぼんやりと眺めていた。
わたしは太陽を嫌っていた。
身を太陽の下に投げ出すのは、わたしにとっては高いビルの屋上から身を投げだすようなものだった。
死ぬほど嫌いなことをするのは、それを上回る程のことが起こってしまったからだ。いまだに信じられずにいるわたしに追い討ちをかけるかのように、それは今、目の前で確かに起こっている。
「目障りなんだけど」
目の前にいる人物にそう言い放った。周りの人には、わたしの目線の先にあるものは真っ青な空といくつも連なるマンションだけだろう。
しかし、わたしにはシャボン玉のように人がプカプカと浮かんでいる異様な光景が見えていた。
そいつ、山村はつい一週間程前にトラックにひかれて死んだわたしのクラスメートだ。
彼の死はとてもアッサリしたものだった。即死だったため、苦しまずに死んだようだが、肉体は見るも無惨な姿になっていたらしい。
そして山村は今、わたしの目の前に飛んでいる。視力は悪くないのに山村が前に立ちはだかると景色がぼやけた。それがすごく目触りだった。前に並ぶマンションが波打っているように見え、クラリと目が焦点から外れそうになった。
「あれ、俺のマンション」
山村は欄干に立ち、目の前を指さした。しかし前にはたくさんのマンションが並んでいるため、どれが山村のマンションなのか分からなかった。太陽のせいで目が半開きになる。わたしは山村の指さす方を見るフリをして、テキトウな場所を見ていた。
「母さんたち元気かなー」
「一週間会ってないだけで何言ってんのよ」
「まだ一週間しか経ってねえのか」
山村はしみじみと言った。蝉の耳障りな音がうるさく、山村の声は聞き取りにくかった。わたしは山村の横顔を横目で見やった。死体とは違って、隣にいる山村はとても綺麗だ。
わたしは山村にとり憑かれている。それは山村の意志でもわたしの意志でもない。いつの間にか離れることができなくなってしまったのだ。
わたしは幽霊なんて一度も見たことがなかった。それなのに山村の姿だけは見えた。山村と仲がよかったわけではない。共通点といえば山村が死んだ日に一緒に日直をしていた、というぐらいだった。
その日直の日に山村と初会話をしたほどで、その記念すべき初会話は、わたし日誌持って行くね、じゃあ俺は戸締まりしとくな、とこれだけだった。山村が死んだと聞いたときは嘘だと思い、不謹慎にもわたしは笑ってしまった。
でも、山村は本当に息も心臓も止まっていて、悪質な冗談だとは思いたくても思えなかった。
葬式のとき、棺には山村の死体が入っていたが、あまりにも無残な姿のため最後に一目、というのはなかった。すぐに火葬され、灰になった。残った骨を割り箸で拾いあげる親族や先生、友達。わたしはそれをただ突っ立って見ていた。
山村の灰がパラパラと地面に少し落ちた。灰に気づかずに泣きながらその上を通りすぎる親族たち。
わたしはその奇妙な光景をジッと黙って見ていた。灰はきっと、今でも靴裏にへばりついているだろう。そう思うとゾッとした。
ここまでお読みくださり有難う御座いました!
このお話は、高校生の某文芸賞に出そうと思っていたものです。色々あり出せずに終わったのですが、このまま封印するのはもったいない気がしたので、連載という形で載せようと思います(^^)
「蝉が泣く日」は全5話で完結予定です。毎日投稿するつもりなので、宜しくお願いします。
感想、アドバイスなど、お時間のあるときにでも是非お願いします!どんな些細なことでもいいので、思ったことを言っていただければと思います。
恋愛のジャンルに入るのか危ういですが。
2006/12/15 藤原千世