第九話 What did you eat?
8/4 更新
「おい、出かけるぞ」
「……どこにだ」
俺が言い返すやいなや、蛇女は呆れたように言った。
「――グラスを買いに行くに決まってんじゃねーか……。 言っておくが、破損したグラスは十個。ここでは一つ四百円のグラスを使ってたんだ」
「だからなん――」
「あたしも悪いとは言え、テメーにも代金を払ってもらうぞ」
何故だ。
「人間に認識阻害の術をかけて、金をぼったくってるお前がそれを言うのか?」
「ああ、安心しろ。面白いことに陽子には一ミクロンもかかっていないからな。ほかの客に限っては面白いように金を巻き上げることができるんだがな。まぁ、それはいい。それを考慮したうえで、未だにこの店は赤字なんだ」
これまた何故だ。
「おい、この店いつからやってんだ?」
「一年前からだ」
「そんだけありゃ、ぼったくった金でなんとかなんだろ?」
「いや、とって変わったのは三日前だ」
なぜだろう。
今、五以下の数字と月よりも小さい日という単位が聞こえたような気がする。
「……なんだって?」
「なに、研究に行き詰って気まぐれに人間界を歩いてたら旨そうな人間がいてな。で、隙を見て食べようと潜んでいたが――」
そこまで言って奴は水を一口飲み、述べた。
「『料理』というものに興味が出てな。少し遊ぶことにしたわけだ」
俺は驚き、そして呆れた。
「……な、何千年も生きてきて、なんで今更料理なんかを?」
「知れたこと。誕生してから料理というものを深く研究したことはないからだ。あたしら種族はテメーらのように人間のには興味がねーからな。これは人間の生活様式を詳しく見るチャンスであり、経験は研究の材料だ」
蛇女はフン、と鼻を鳴らし、我が物顔で言い切った。
なんという理由であろうか。
確かに蛇はどちらかというと勉強バカだ。研究を楽しみとして人間を材料とする奴もいるし、自らの研究のため、人間に知識を分けることも少なくはない。
一方、俺の種族である鳥は人間をそそのかすことがメインだ。
人間をたぶらかすことは魔界で随一。鳥悪魔の口八丁に騙され命を取られる人間は大勢いる。
嘘を塗りたくって言葉巧みに誘い出し、人間を喰べる。
逆に、それを利用して、恋愛を成就させたり、王族や貴族になろうとする輩もいるが、それはまた別の話である。
つまり、蛇が勉強バカなら鳥は外面バカだ。
外面を良くするための努力は俺たちにとって当然の行いであり、常識なのである。
そういったわけで、鳥の悪魔は言語や対人関係、適応能力などに関する部分を管轄している。
「だからって、何故わざわざ買いに行く。んなもん、錬金術でも魔法でもなんでも使って直しゃいいじゃんか。そしたら買い物の必要もないだろ。」
「アホ」
俺の素晴らしい提案は暴言という即答の却下で終わった。
正直ムカついてしょうがない。
「あたし達にかけられている枷を忘れたのか?」
そう言って蛇は自分の手首についている腕輪を指差した。
「これがある限り能力の十分の一も出せねーだろーが」
確かに、それはそうだ。俺の腕にもついている金色の腕輪が俺達悪魔にとって恐ろしく邪魔な手錠である。正直邪魔だ。
「今は昔と違って人間を脅迫して奪うことはそうそうできやしないんだ。素直に金を払うしかねーだろーが。」
「じゃあ、この認識阻害は魔法じゃないのか?」
「これは結界だ。結界は呪いのカテゴリーなんだからそこまで魔力は消費しないし、効果も十分。とはいえこの店には認識阻害以外のいくつもの結界もかかっているからあたしの魔法はそうそう行使できない。『現界した悪魔はその場に適した行動をしなくてはならない』という制約もあるしな」
面倒な制約だ、と蛇は毒づいてため息を漏らした。
俺も準じて息を吐く。
「どうしてこんなことに……」
「? 何がだ?」
抱える案件が多すぎて、もはや何が悪いのかがわからなくなっている。
「制約のことだ。何もここまでする必要はなかったんじゃねーのか?」
「そういう話はするな。頭が痛くなる」
言いつつ蛇女は私服姿になる。どうやら出かける準備が整ったようだ。二人してカバンを持ち、外に出る。
奴は淡い紫の髪。黒い薄手のハイネックのノースリーブにカーゴパンツを履き、ブーツである。
その上スタイルが特上とくれば外に出れば大勢の男からナンパされるのは必然であり、そのたびに男共から生気が抜かれていく様を見るのは少し見に耐えない。
それよりも……。
「お前背、デカイな」
What did you eat?
感想とか、評価とか、悪口とかあったらください。
美味しくいただきます。




