表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/36

第二十八話 8月13日のこと

9/20 更新


「動物の転落死、とでも言うのかな」


 せっかくの夏休み、バイトもなくあたしの家で二人きりだと思えばこんな話を鷲は切り出した。


 仕方なしにあたしは答える。


「どうだろ。人間じゃないんだから、そういう名称は付かないんじゃない? 野良猫や野良犬、まぁ、中には飼い猫や飼い犬もいたみたいだけど」


「そうそう人間と同じ目線で見られることはないと思う」なんて笑いながら言っておく。動物が人間と同じというのなら神様だっていてもおかしくないだろう。


 鷲はまた小難しい表情を浮かべて思案にふける。


 そういうとこ、ばっかみたい。


「で、ここにきて人間の飛び降りが起き、増加中ってところか」


「そうそう。八月に入ってすぐにこれだから、そりゃ夏休みだって早まるよ」


 ケタケタ笑ってあたしはうちわを扇ぐ。勉強は嫌いなのでぐうたらな生活はとても楽しい。女としてどうなのかは置いていおく。


「手掛かりもなし。犯人は一体誰なのか……」


「犯人? おかしなこと言わないの。自殺なんだから犯人なんかいるわけないでしょ。突き落とされた訳じゃないし。だいたい、突き落としなら警察だって馬鹿じゃないんだからそれくらい伝えるはず。それを鷲は……」


 まして、どの鷲だかがこの自殺に関わっているならともかく、変な話を膨らましていくのは鷲の悪い癖だ。


 というか、本物の鷲なのか疑わしくなってきた。


「あれ? 自殺の時間帯は?」


「そんなの知らないよ。まちまちな時間だったってニュースでは言ってたけど」


 くう。


 二人きりになれると思って昼ご飯をつくりすぎたか。


 いっぱい食べたせいで眠たくなってきた。


 喋りきる前に欠伸で語尾が消える。


「ねえ、あたしは寝るけど……鷲はどうする? 一緒に寝る?」


 ベッドに寝、オチャラケたことを言ってみる。


 昼をたくさん食べたのは鷲だって同じだ。眠くないはずはないだろう。


 まぁ、断られるのがオチだと思うけど。


「寝るのか。うん、じゃあ帰るよ」


 ほらやっぱり。


「そっか。じゃ、おやすみ」


 勝負下着で、尚且つ寒いのを我慢して下着姿のままで鷲の前にいたというのに結構あんまりな結果に終わってしまった。


 こうなったらふて寝だ。


「うお?」


 瞼を閉じると同時に声が聞こえる。驚くような声だ。


「どうしたの?」


「…………ああ、陽海。オレ、今まで何してた?」


 ? どうしたのだろうか。


「何してたって……一緒に昼ご飯食べて、自殺がどうたらこうたら言って、もう帰るとかしてたじゃない。大丈夫?」


 鷲はグ、と体を伸ばして答えた。


「ここ最近、望月鷲がオレの代わりをやってたんだ」


「それって――」


 悪魔ヤローのことかな?


「でもそんな感じは……あ、でも」


「そう、違和感はあったはず。一番近くにいる陽海がそれはわかっただろ」


 あたしは頷く。


「悪魔じゃない望月鷲を記憶の捏造で作ったんだ。言ってしまえば望月鷲のリメイクってところか」


 「ちょっと違うけど」と鷲は苦笑いをする。


「じゃ、じゃあ、本物の鷲は消え……ちゃうの?」


 体が震える。


 寒いことも手伝ってあたしの体はガクガクと音でも聞こえそうなほど。


「ああ、そうだ。なんていうか……うん。限界っぽい」


「何それ……何なのよそれは!!」


 あたしは声を張り上げてしまう。


 こういう時は冷静にしなさいって言われていたのに、それを今は忘れる。


「陽海……こういう時は――」


「『冷静にしなさい』でしょ! わかってる。わかってるよ!! わかってる、けど……」


 自然と涙は止まらない。


 演劇部だからとか、お芝居で慣れてるから、なんてこと……この場じゃ役に立たないと胸の奥底でわかりきっていた。


 あたしはしばらくベッドに座りながらしゃくりをあげて涙をこぼす。


 すると暖かな感触に包まれた。


「しゅ……う?」


 鷲の顔をみると、彼自身、今にも泣きそうな顔をしてることに気づく。


 自分が消えそうだっていうのに、あたしがわめいてるから泣きたくても泣けないのだろう。


「鷲、ごめ――」


「いい。そのまま泣いてろ。泣き止んだら、詳しく話すから」


 抱きしめる力がさっきよりも強くなる。


 あたしは頷いて、もう数分鷲のぬくもりを肌に感じていた。




















「酷い顔だな」


 あたしが泣き止んだのを確認して、鷲は離れる。


「む。女の子にそういうのはないんじゃない?」


「あはは、嘘嘘。本当に可愛い顔だった」


「……棒読みで言っても嬉しくないもんね」


 あたしはツン、と鷲から視線を逸らす……が、本当は舞い上がりたいくらいに嬉しい。


 でもそれをしてしまうとただの空気読めない『ばか女』だ。それは避けたい。


「えっと、それで……何だっけ?」


 とにかく話を進める。


「うん、詳しい話をするつもり。本当はもっと遅くするつもりだったけど、もうそろそろ限界みたいだからここで伝えておこうと思って」


 鷲は頬をポリポリかいて言う。


「限界ってどういう意味?」


「限界ってのは人格が複雑化し過ぎてバランスが保てなくなったってこと」


 よく意味が分からない。


「つまり、望月鷲を基本ベースに他の人格がいるわけだけど……その人格独自の感情や思考能力なんかが出てきてしまって望月鷲オリジナルが消されそうってこと」


「…………」


「簡単に言うと、バージョンアップ」


「バージョン……アップ?」


 一つ頷く。


「古いバージョンを新しいバージョンが書き換えると思ってくれていい。他の二つの人格がオレよりも精巧になっていくたび、オレが消されていく。ハードディスクの容量は決まっていて、使わないものを消去デリートしていくのと同じなんだ」


「消されていくって、何を?」


 あたしの言葉に少しためらって、鷲は続ける。


「記憶だよ。記憶を消していくんだ」


「き……おく?」


 それじゃあ、変わる前後の記憶がないのはそういうコト?


「前後の記憶がないことも、不定期なフリーズもそう。一つ一つ本物の記憶と都合のいい記憶とに差し替えていくんだ。当然、オレ(オリジナル)の記憶は消える」


「消えちゃうんだ……あたしとの出会いも」


 あたしの言葉に鷲は頷く。


「オレだって忘れたくないから必死に抵抗してる。でも――」


「でも?」


「でももう追いついてないんだ」


 そう、あたしに告げる。


 なんて――、


 なんて爽やかな笑顔なんだろう。


 自分が消えると知りながら、あたしを残していくと知りながら……どうしてそんな表情をしていけるのだろうか。


「それが――限界?」


 また一つ頭が揺れる。


「それが――詳細?」


 また一つ。


「それが――真実?」


 また。


「嘘だ」


「……嘘じゃない」


「夢だ」


「……夢じゃない」


「どうして」


「……どうしても」





















 沈黙。





















 なんて、話せばいいのかわからない。


 言葉が、頭に思い浮かばない。


 単語を、理解できない。


 目の前が真っ白で前後不覚に陥る。


「×△□○?」


 鷲が何かを言っている。


「何を?」


「○□×△?」


「言っているの?」


「△×□◇?」


 ………………帰って。


 …………帰って。


 ……帰って。


「帰ってよ! もう来ないで!!」



8月13日のこと


感想をいただきました。

感謝いたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ