第二十一話 8月15日
8/31 更新
この間、浅倉と会ってから二日。なんだか記憶に誤差がある。
多分、魂を食べていないせいだと思う。でも、この前食べたのは少し前だ。そんなに急ぐほどでもないはずだけど。
では、何だ?
身体が限界なのだろうか。
もうこの身体を作ってから五百年は経っているから――かもしれない。
「身体の修復を――」
しようとして無理だと思い出した。
「ああ、クソ、制御装置があったな。これじゃ魔法も何も使えないじゃないか」
腕についている輪っかを見て、悪態を付く。
悪魔が人間に化けるには、人間を取り殺し、制御する方法が一番だ。
悪魔は完全なオリジナルの人間に化けることはできないから、そうして人間に近づいたりする。模倣も良いが、そうやって化けるには魔力の消費が激しい。
もとからある器に入るならそこまで苦ではないのだ。
「記憶がないまま……か」
意識が一時間飛んでたり、五時間飛んだり。
もしくは夜だったはずなのに、次に見ると昼になっていたり……その逆もある。微妙に時間が飛んでいるのだ。
「やれやれ、今日はそろそろバイトに行くか」
今の時間は午後四時。この時刻は客入りが多い時間帯だ。
学校から歩いて行くと、途中には大きな公園があり、そこには小さい子供やそのお母さんたちでいつも賑わっている。
ああ、今日もいるな、なんて思いながら横切る。
が、足が無意識に止まった。
「むぅ」
と、唸りながら天使が子供たちをじっと見つめている。
年甲斐もなくブランコに乗りながら。俺は歩み寄って声をかける。
「どうした、天使。子育てについて何か行き詰まっているのか?」
「どーして私が子育てに対して悩む必要があンのよ。違う違う。あの子供、そろそろ死ぬから見てたの」
衝撃発言である。
天使が指さす子供……まぁ、十才くらいの子供。栗毛の髪に右頬に絆創膏を貼った少年である。その子がもうじき死ぬようだ。
だとしても、短いスカート姿でブランコ乗って、棒付きキャンディを舐めながら真顔で言うのはやめて欲しい。なんだか電波的だ。
「……へぇ。近頃流行ってる飛び降りか?」
こんな子供が自殺ってことはないだろう。
あの子が死ぬとしたら、それはやっぱり他殺だと思う。
「飛び降り? 何それ?」
「は? いや、最近ニュースでもやってる飛び降りだよ。お前、テレビ見てないのか?」
目線を空へ移し、また少し唸ってから天使は答える。
「んー、知らないなぁ。それって悪魔がやってること?」
「知らないね。少なくとも俺はやってないから」
ニュースになるほど大事にする悪魔は居ないと思うが、悪魔にそそのかされた人間ではないか……とは考えられる。
そうか、飛び降りではないのか。
「でも、どっちでもいいや。あの子、もうすぐ死んじゃうし」
そう面倒そうに言ってブランコから立ち上がり、伸びをする。
「さて、そろそろお仕事しようかな。んじゃ、また喫茶店で」
「あ、ああ。またな」
天使は死ぬ人間を天界に届ける仕事がある。奴も天使の端くれ。それぐらいのことをするだけの情熱は持っているようである。俺は振り向き、また歩き出す。
茜に染まった空は綺麗で、こうして歩いてるとなんだか、
「――なんだか昔のことを思い出すなぁ」
「昔のこと? なんだそれは?」
「うお! びっくりした!!」
「なんだとはなんだ、クソワシ。一人でポツンと立ってるから声をかけてやったってーのにその言い草はないだろー。友達がいねーからそんなにひねくれたのか?」
そっちこそ、その言い方はないと思う。
「お前に言われたら俺はもう立ち直れないよ」
「はいはい」と蛇は頷いて腕を組む。
「で、何を思い出すって?」
「うん?」
「いや、うん? じゃねーよ。さっきテメーが言ってただろ、思い出すって」
「ああ、それは――」
あれ、何を思い出してたんだっけ? 俺は一体何を……。
「痛っ!!」
瞬間、また痛みが襲う。クソ、こんな時にまた意識が切れそうだ。
本当に情けない「 」だな。
あれ?
「 」?
「 」ってなんだ?
『まだ、思い出せないの?』
蛇の姿がブレて「 」の姿が見えた気がした。
8月15日
電波かもしれませんね。




