第二十話 8月13日
8/30 更新
しばらくすると、飛び降り事件は頻繁にテレビで報道されるようになった。
俺が初めてニュースを見たのが一週間前。それから今までで、飛び降りの人数は二十人を超えているのだから、驚きを隠しきれない。
気になって調べてみると、人間でなくても動物の飛び降りは、ひと月も前から多発していたらしい。
しかし、この街の小さな事件。そう大きなメディアではとりだたされなかった。
「動物の転落死、とでも言うのかな」
「どうだか。人間じゃないんだから、そういう名称は付かないんじゃないの? 野良猫や野良犬、まぁ、中には飼い猫や飼い犬もいたみたいだが、そうそう人間と同じ目線で見られることはないと思うぜ」
坂城はボケっと自室の薄型テレビを頬杖をついて見ながら言う。
「で、ここにきて人間の飛び降りが起き、増加中ってところか」
「そうそう。八月に入ってすぐにこれだから、そりゃ学校だって休みになるか」
ケタケタ笑って坂城はうちわを扇ぐ。
休みなのは夏休みだから、その推理は間違ってると思う。
「手掛かりもなし。犯人は一体誰なのか……」
「犯人? おかしな奴だな。自殺なんだから犯人なんかいるわけないだろ。突き落とされた訳じゃないし。だいたい、突き落とされたのなら警察だって馬鹿じゃないんだからそれくらい伝えるはずだ。それをお前は……」
本当ならそう考えるが、どう考えても人数が多過ぎる。
呼び出して、後ろから突き落とし、証拠をすぐに消しされば……難しいかもしれないができないことでもないと思う。
それに、気になるのは動物だ。なんで動物をビルから落とす必要がある。いたずらにしては少し度が過ぎているだろう。
人についてもそうだ。
これだけ飛び降りがあれば警戒もするし高いところは避けて通ると思うけどな。
「あれ? 自殺の時間帯は?」
「時間帯? さぁ、深夜とか、昼過ぎとか、朝方とかいろいろみたいだな。場所も高いところから低いところまで沢山。ああ、眠い。昼を食べると昼寝がしたい。俺、寝るけどお前どうする?」
坂城は大きなあくびをしてベッドに倒れ込む。
大きな図体なので座っている俺が反動で少し浮く。
「寝るのか。うん、じゃあ俺は帰るよ」
「そうか、じゃ、おやすみ」
ラフな格好で、坂城はノースリーブにパンツだ。
扇風機とクーラーを付けているというのにそんなで大丈夫なのだろうか。
「うっ……お?」
坂城の家を出てすぐ、不意にチリチリとした痛みが頭にくる。浅倉の命令に似たこの感じ……最近、この頭痛が悩みの種だ。
これが来るたび俺の意識が遠くなり、頭も視界もぼんやりとする。
「またこれか。たちくらみ……じゃないよな?」
痛みの波長は段々と間延びし、後になると、もう意識は消え、次に目覚めると別の場所だ。これが悪魔とは――情けない。
「望月……君?」
「え?」
ふと聞き覚えのある声がしたので、目線を地面から持ち上げてみる。
「ああ、やっぱり望月君だ。どうしたの、こんなところで。てか、体調悪いの? 顔、青いよ?」
「あ、いや、なんでもない、から。うん、大丈夫だって」
「そう? 今日も暑いっていうから体調管理はしっかりしないと。ね、聞いた? 今年の平均気温って去年よりまだ低いんだって。びっくりだよね」
にこやかに注意を促してくれたのは浅倉だった。
いつものようにボーイッシュな雰囲気を纏った彼女は、優しく俺に手をかけてくれる。
「ありがとう。君は優しいんだな」
そう俺が言うと、浅倉はじと、とした目でこちらを見る。
「うん? 今聞捨てならないことを聞いたぞ。いつものあたしは優しくないのか? そうなのか?」
「いや、そうじゃないけど、こういう浅倉さんは初めて見たから」
「そうだっけ? うーん、誰の前でどんなことしてたか、あたし自身あんまり覚えてないんだよね。だからどんなことを誰に話したかも覚えてなくてさ。ごめん、ごめん」
水の入ったペットボトルを両手に挟み、可愛く謝る姿を見ると、なんだか夢を見ているような錯覚に陥る。悪魔は夢なんか見ないのに、不思議だ。
「で、望月君はこんなところで何をしているのかな?」
腰に手を当て、子供に尋ねるみたいに浅倉は言う。
「ああ、友達の家に行ってたんだ。そいつが昼寝するからって帰ることにしたわけ。浅倉さんは?」
「あたし? あたしは……えーと、何だっけかな。うーんと……あれ? 何してたんだっけ?」
「いや、俺は知らないよ。帰る途中だった――とか?」
「ああ、それナイス! きっとそうだ。じゃあ、望月君、またね」
彼女はそれだけ告げて俺の視界から消えた。
いや、俺の意識が消えたのかもしれない。
8月13日




