第十四話 What happened to her?
8/11 更新
空を見上げる。
人間界のこの季節の空はとても美しいと思う。窓から見える真っ青なキャンバスに白い絵の具がクリームのように盛られている様は食欲をそそられる。
ああ、あの雲はホイップクリームのようだ。卵は何を使っているのだろうか。あの量なら卵何個分だろう。いや、あれはホイップクリームではなくて雲だったか。
いや、失敗失敗。
ボケたつもりが本気になっていた。
今の時間は、日付が変わって朝食とも昼食ともつかない曖昧な点。だから厳密に言うと授業中。だからと言って集中して聞く価値はないし、意味がない。
というより、たかだか五十年足らずしか生きていないような男の話を聞いたところで何も得するようなトピックはないのだ。
だいの大人が小学生に説法を説かれたところでやる気など微塵も起きないと――、
いや、人間には年下に怒られて嬉しがる人種もいたか。人間というのはやはり難しいものだ。
それた話を戻そう。そう、あのあとの話だ。
俺の交渉は天使を悩ませるぐらいにまでクオリティが高かったらしく、『少し待て』ということで、天使が報告書を終了させるまで、業務は特別運転で閉店が早まり、終了と同時に通常運転へとシフトすることになった。
講義が終わり、俺はウエイターをするために学校を出る。
で、ここで都合がいいことから浅倉を呼び出すことにした。
彼女にはむやみに近づきたくはないが、店で働く主旨を伝えないことには相手の動きが掴みきれない。
昨日の命令は解除されたが、彼女は未だ謎である。
「おはよう、望月君。昨日は店長さんと仲良く出来た?」
「――ああ、おはよう、浅倉さん。そこそこ仲良く出来たよ」
嘘は言ってない。
一時的とはいえ、しばらくは協力関係になったのだからそこは問題ない――と、思う。多分。恐らく。きっと。
「そうなんだ。それはなにより」
ニコっと自然に笑いかける浅倉。授業が終わったと同時に気配なく俺の後ろに立つとはどういうことなのか……説明を頼みたいくらいである。
「ちょうど良かった。今浅倉さんを呼びに行くつもりだったんだ」
「ん? そうなの? 何か面白い話?
キングコブラとオウギワシのどっちが強いか……とか? あたし的にはキン――」
「――そういえば、今日は嫌がらせの電話ないの?」
「え、何で? 全然。全然ないけど? むしろ快調? うん、バリバリ快調かな」
それは本当だろうか。本当には思えない言い草だ。
それとキングコブラとオウギワシの件だが……オウギワシの方が強いに決まってるじゃないか。キングコブラなんて空から見たらデッカイ木の枝にしか見えないし、とろいし、気持ち悪いし、ザラザラしてるからね。
「……わかったよ。『触れられたくない』ということがわかったよ」
俺は苦笑いをしながら言い返す。
そんなに目を逸らしながら言われたら、結構気になるんだけどね。
「あ、そうだ浅倉さん」
「? どしたの?」
「俺、アリクアムでバイトすることになったんだ。だからこれからアリクアムでウエイターやることになってさ」
「あ、そうなんだ。望月君、バイトするんだ。あたしも何かバイトしよっかなぁ――あれ? 今『アリクアム』って言った? おかしいなぁ? 聞き間違えたかな? 今『アリクアム』でって聞こえたんだけど……?」
首を傾げながら額に川を作って言う浅倉。
一体どうしたというのだろうか。
「いや、それであってるよ、『アリクアム』。俺、『アリクアム』でバイトすることになったんだ」
「うん、二回も同じこと言わないでいいよ。ちゃんと聞こえてるから。てか……え? 『アリクアム』? 『アリクアム』でバイトするの!?」
「う、うん。まぁ」
どうでもいいけど、そんなに『アリクアム』を連呼しないでいいと思う。
そんなに衝撃的なことなのだろうか。
「じゃあ、望月君はアリクアムで働くんだ?」
「そう……なるね。どうしたの?」
浅倉は難しい顔をしている。
例えるならテストだ。
テストを返却された後にジっと自分の答案を見つめて、どこか――何かが納得がいかないような……そんな顔。
俺は、彼女のそんな顔を初めて見た。
「もしもし、浅倉さん?」
「あ、呼んだ? 何? てか、なんの話してたっけ?」
ベテラン女優もビックリなほど自然と笑顔に切り替えた浅倉。
その表情に、俺の後ろにいる『浅倉見たさで内容のない内容を談笑している数人の男衆』の気配が、俺への『嫉妬』から浅倉への『癒し』に変化する。
その様子が、ひしひしと俺の背中に伝わっていくのがじんわりわかった。
What happened to her?
週別ユニークユーザが200人、ということで嬉しく思います。
読んでくださる皆さん、ありがとうございます。
これからも続いてゆくので、評価だったり批評だったり感想だったり言葉責めだったりがあると、とっても喜びます。