第十二話 I'm wondered
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現状把握。
自分は今、店内にいる。
店内には俺と女が一人ずつ……いや、訂正しよう。鷲と蛇が一匹ずつ向かい合って居座っている。
そして、なぜだか知らないが、人間の愛と慈しみが人型に具現化したような白い……クレンザーより白い翼を背負った女がそこにいるようである。
出来ることなら奈落の底に突き落とし、灼熱溶岩の中でシンクロナイズドスイミングをさせて、その眩しいくらいに輝いた羽を溶かしてただの人間にしてやりたいくらいだ。
「何よ、二人とも。『出来ることなら奈落の底に突き落とし、灼熱溶岩の中でシンクロナイズドスイミングをさせて、その眩しいくらいに輝いた羽を溶かして、ただの人間にしてやりたいくらいだ』って言いたげな顔してるわよ。」
「おっとイケない、顔に出てたか。これからはもっとうまく隠すよ」
俺はそう言うとコップの水を飲み干し、立ち上がる。
「そう、別にいいわ。私も『インコとミミズの汚れを天界の観光スポット、『聖なる滝』で骨まで見えるほど洗って、羽毛ドレスと蛇皮のブーツでキメて天界中をグルっと一周したいぐらい』なのよ。
はぁ――。上司から指令が来てなかったら今頃モールでドレスとバッグに囲まれてウハウハなひとときを過ごしていたはずなのに……」
両肩を下ろして落ち込んでいる姿の女子高生。身長はだいたい一六〇センチで、長い髪を後ろに束ねてポニーテールにしている。
これまた見かけはアイドル並み。きっとクラスに二人きりでいたら男子高校生の心臓と体が面白いくらい反応するであろう爽やかなボディを所持している。
「ミミズ――と、言ったか使いっパシリ」
蛇は既に臨戦態勢だ。空気中の水分子が減っていくのが嫌でもわかる。
呼吸が苦しくなってきた。
「気安く声をかけないで。悪魔風情が」
我慢だ。我慢しろ望月鷲。
これを乗り切ればナンパができる。好きなだけナンパができるんだ。
「なんで私がこんなことを……。他にも暇そうな在天使はいるでしょうに」
「はん、日頃の行いが悪いからじゃないのか? 天使とあろうものがただの給料泥棒とは……人間に同情を覚えるね」
「悪いのはあんたたちでしょ? 私はしっかりと自分の仕事をこなした上で正当な給金を貰って買い物してんの。あんたみたいに人間をそそのかして財産を奪うような奴らと一緒にしないで。マジ不愉快だし」
「そいつは失礼。人間はガソリンで給料元だったか」
「まぁ……そんなところ」
しれっとした声で少女……に見える何かが言う。
そいつは肩にぶら下げた少し大きめのカバンをトスン、とカウンターに置いて携帯をいじり出す。
今どきの女の子のふりをしているのか、それともこれからのことに使うのか……一体どちらだろうか。
「それで、あんたたちはここで何をしているの?」
後者の方だった。今どきの調査に必須なのは携帯か。
「見ての通り、店を営んでるに決まってんじゃねーか」
蛇の答えに少女のボタンを押す指が止まり、キョトンとこちらを見て返答する。
「ああ、違う違う、言い訳の方じゃなくて。あんたたち人間界で何の目的があってこんなことしてるの? 侵略? 殺戮? 洗脳? 全面戦争?」
「どれも不正解」
俺は即答する。
「違うの? んー、あと悪魔がやりそうなことかぁ……思いつかないなぁ」
「だから言ってんだろ、店をいとな――、」
「いや、その言い訳はもういいよ。つまんないし、ありきたりだし、これといって笑えないし。言い訳ぐらいもうちょっと捻ろうよ」
奴は「わかってないなー」とこれみよがしに肘を付いた右手をブラブラさせる。
お分かりだろうか。いくら真実を話そうともこの態度である。
天使の信条『信頼』『尊敬』をことごとく無視した、いっそ清々しい言い分だ。
「悪いが冗談じゃねーんだ、小娘。これはあたしの趣味と研究のためにやってることなんだよ。あんたが口出ししていいもんじゃねーんだ」
「おとといきやがれ!」と蛇はここぞとばかりに目の前の天使に言う。離婚寸前の夫婦の仲立ちに入った第三者を追い出す勢いだ。
そう言うならカウンターより店の奥に引っ込むのはどうかと思う。
一方の天使はというと。
「えー何それ。私、上司になんて報告すればいいわけ? ありえなくない?」
眉間にしわを寄せながらムっとした表情で蛇を睨む。ここだけの会話を聞いたらケンカし出した女友達っぽい。
「そのままでいいだろ。どこか不満があんのか?」
「ヤに決まってんじゃん! 私今月仕事サボってショッピングしてたから残高少ないの! にもかかわらずそんな報告書書いたら減給と厳罰処分じゃん!
これじゃ天界のアイドルユニット『スリーアンゲロス』の三千周年記念ライブ行けなくなるし!!」
天界というところは非常に騒がしいところである。魔界と違って発展途上じゃないし、このピチピチ弾ける少女らしきものを満足させるエンターテイメントがわんさかある。
どうりで魔界からの上納と人間から受ける信仰を大いにかっさらって、そこらでイベントをやっているわけだ。
「ホント、同情するよ……」
I'm wondered