東の探偵と西の怪盗
シムズ・シムカートンは驚くほどにギャンブルに弱かった。その上、無類のギャンブル好きという始末である。
あれほど沢山あった金品は全て賭け事に湯水の如く使いきってしまった。しかも本人は全く懲りる事もなく、いつも「あらゆる選択の先には損や得いう結果があるかもしれない。しかし例え結果が得になったとしてもその一歩先を進んで振り返れば、すべてが後悔に映る。大事なことは過去を振り返らない事と、立ち止まらない事だ。立ち止まると人は自ずと振り返りたくなるからな」そんなことを笑いながらいうからたまったものじゃない。
金貸しに追われる僕の身にもなってほしい。
とにかくだ。ようするに僕たちは今、全速力で逃げているというわけだ。
「オラー! てめぇ、待てねえかぁー! 」
金貸しのミシマー家のチンピラどもが怒声を上げた。僕たちは広場を逃げ込み、広場のテントの中に潜り込んだ。
「エルム君、どうだい。ここで一つ賭けをしよう。このコインの表がでたら私が囮になってテントから出る。裏が出たら君が囮になってテントからでる。どうだい。おもしろいだろう? 」
「この期におよんで! ・・・・わかりました。いいでしょう。さ、はやく」
チンと音を立て、テントの低い天井にコインが擦り、シムカの左手の甲に着地し、素早く右手でそれを押さえた。
そして一拍の間が生まれ、お互い目を合わせ頷いては右手を思い切り離した。
ようやく広場が静かになった。遠くでミシマ一家の声がする。どうやらシムカが上手く役目を果たしているらしい。
僕は市場で深い羽根つきのハット帽と琥珀色の色眼鏡を買い、馬車の荷台に敷いてある麻の布切れを羽織り、道端に落ちていた魚の骨を銜えながら、広場から少し先にある酒場に向かった。酒場の名前は「ヤゴロウ」である。
らっしゃい、と小柄で白髪の店主が出迎えてくれた。僕はとりあえず席につき、静かにあぐらをかいた。
メニューを見ると見慣れない文字がとびこんできた。
「すみません。これはなんと読むのですか」
店主は仕込み作業を止め、布で手を拭きながらこちらに近づき、僕の爪で指したメニュー欄を細い目で見た。
「マグロのサシミ、ですかね。ようは生魚の赤みの切り落としですわ」
「あぁ、じゃあそれお願いします。それと、ここのをやつを」
「サ・・・・バのミソニですね。豆のタレを使った煮込み魚ですわ」
先ほどのシムカが投げた銀貨で思わぬ飯にありつけそうで、自然に顔がニヤけてしまう。
僕は垂れるヨダレを拭いながら、色眼鏡のレンズを磨いていた。ずっと暗色とした視野だったもので周りの景色が新鮮に感じ、改めて店の周りを見たときだ。ガシャンと、勢い良く店のドアが開いた。
「くそおやじー! このへんで羽根つき帽を被って琥珀色の色眼鏡をした猫野郎をみなかったか! 」
ミシマ一家の連中である。これは不味い。まるきり僕の格好ではないか。
店主は包丁で魚を捌きながらその手を置き、包丁の刃を僕に向けた。
「ん! こんなところにいやがったとわなぁ! 」
いかにも下品で汚く体毛の濃いチンピラが目をギラつかせながら近づいて来た。
くそ、しかたがない。僕は腰に差した二本のナイフを握ったその瞬間。
「エルム君。実に美味しそうな魚だね。私にも味見をさせてくれないかな。それとこの国ではナイフでなく箸という二本の細い棒を使って食べるようだよ」
チンピラは当たり前のように僕の向かいにドスンと座り、懐から小汚いティーカップを出した。
「さらにこの国では紅茶ではなく、この緑色の緑茶というものを飲むらしい」
落ち着いて顔をみればすぐに解ったはず。僕は力が抜けたようにくたりと座る。
この後、テーブルの上の乗った煮魚から上がる白い湯気の先に、シムカの満足そうにニヤける顔が浮かんでいるのはいうまでもないことである。




