W3団の保障2
さて、ルイジアナ広場の市場には幾つもの商店が並んでおり食物は然り、大概なものは全て揃うほど充実している。北部の田舎からやってきた僕にとって全てのものが多く大きく新鮮であったことはいうまでもない。
この都市リンドバークに来てから、ほどなくしてシムカと出会いそれはもう奇怪な事件に幾多も遭遇してきたが、まだまだ未知なる謎がこの市場の品数の如く膨大に眠っているであろうと思わせる人だかりである。
シムズ・シムカートン曰く、『謎というものは人だかりのようなものであり、一度に見ようとしても一つの景色にしか見えない。感を便りに人ごみを掻き分けたところで大衆の真ん中に光る真実には辿り着けまいて。真実に近づくには一人一人の特徴である靴、衣服、顔、髪の色、性別、身長、国籍、名前などの情報を把握し、ぼんやりとした謎という輪郭を明確にする。真実に近づけば近づくほど謎は逆にヒントになるものさ。
あとはその輪郭をなぞってゆけば自然と嘘みたいに、大衆の隙間から光る真実を見いだすことができるわけだ』
僕は目を凝らし大衆の隙間からみえる青白く光った青魚を発見した。ポケットには2ギルと5セント、あの魚の尻尾も買えない金額である。
さて、どうしたものか。この金額で買えるものといったら店内に吊るされている小魚の干物くらいである。ええい、仕方が無い。この際、魚であればなんでもよかろう。確かに僕らネコ科の亜人族は盗みに長けている。夜分の暗闇も感じさせない眼光と、大きく張った耳は一枚葉の擦り音さえも聞き分け、薄紅の小さい鼻は獲物を決して逃さず、すらりと跳ねたヒゲはあらゆる危険を察知し、人間には到底反応できない反射神経と瞬発力をもった種族。それがネコ科の亜人種。と、いうのは酷く宣伝じみており、実際はそんなことはなく、人並みの格好をしてしまえば卓越した能力も発揮できず、そんな暮らしに慣れてしまえば自然と能力も衰えてゆうものであり、実際この目の前の魚を奪っすることさえ、怖じ気づいている始末だ。シムカには悪いが干し魚で我慢してもらうことにしよう。よくよく考えてみると僕の種族が当たり前のように盗みを働いているような言い草である。まったくこれ不愉快極まりないものだ。
僕は一人分の干し魚を買おうと店の前に近づき、店主に注文をした時だ。
いつの間にか僕の横にぴたりとついて、黒い眼帯をつけた汚らしい老人が目の前の大きな青魚を両手で掴み、あっというまに人ごみの中へと消えていった。
ことの速やかさに唖然とした店主がやっと泥棒ぉ! と、大きく叫ぶがなにせこの人ごみにこの賑わいだ。悲しくも店主の声は思うように届かないときた。しかし不幸中の幸いであろう、店から見える距離に警察官が歩いているではないか。
店主は反射的にその警察官を呼ぼうと大きく口を開けたが一つ間をいれ、くやしそうに唸るともう一度あたりに目をやり、そしてなんとも僕をみるなり大声で頼みかけて来た。
「あんたそれW3団のバッチだろ! 俺の店もつい最近から、あんたのところの保険に加入してるんだ。ほら証明書だってある」
店主は僕の胸ポケットについている三角印のバッチをみて、店の壁に貼ってある『保障団体加入店』と記された紙に指をさし、盗人を捕まえたら盗まれた青魚をただでやるといい、僕も話がよくみえないがあの大層な魚をただでもらえるとなればネコ科の本能が目覚め、ご自慢の嗅覚と瞬発力で人ごみのなかへ一気に突っ込んでいった。
さすがはネコ科の亜人種といってもらいたい。生き物は食が関わると凄まじい能力を発揮するものであり、僕はあっという間に先ほどの盗人を発見した。
しかし驚くことなかれ、この盗人。とてもじゃないが老人の脚力とは思えない速さであり、あんなに丸々と太った大魚をあのように軽々と持ち上げ走っているではないか。くやしいことに姿はみえるも一向に差は縮まらないときた。
僕は夢中になり、辺り構わず四本足で追いかけていた。するとどうだろう。盗人が急に立ち止まりくるりと振り返るとこちらに向かって一つ会釈をし、目の前の見覚えのある店に入っていったのである。
これはいかに! 驚いた事に店の名前は『ブルータス』である。さっきまで僕とシムカが昼食をとっていた馴染みの店ではないか。
おそるおそる僕は店内に入ると、僕が店を出る前とかわらずシムカがテーブルに足をのせ、ティーカップを持ちながら目を瞑り鼻歌を歌っている。そして店の中では何とも香ばしい焼き魚の匂いが立ちこめている。
「やぁ、おかえり。遅かったね」
きょろきょろと店内を見回している僕を小馬鹿にするように彼は目を瞑りながらニヤリと笑みを浮かべた。
「あいにくだが私は安っぽい干し魚なんて口にする気はなくてね。それにむかし干し魚を喉に詰まらせて死にそうになったことがあるんだ。あれは辛かった」
そういって僕に向かって黒い布きれを投げつけた。それは薄汚れた眼帯であった。
「こんな変装をするくらいなら、はじめから貴方ひとりで十分だっただろうに。わざわざ僕に無用な使いをさせて、それがただの悪戯というならば人が悪すぎます! 」
僕は騙された怒りより、彼の変装を見抜けなかった己の恥ずかしさで顔を赤くしテーブルをドンと叩いた。
「まぁまぁ、そんなにカッカするはでない。ほら、おいしい焼き魚が出来上がったようだ。それに君があの場にいなければこうも上手くはいかなかったのだから、あからさまに無用ではないのだよ」
シムカは笑顔で僕を椅子に誘導し、テーブルの上の焼き魚を僕の皿に寄そった。
とにかく汗水ながし多少コートも汚れ、腑に落ちない心境ではあるが、こうも美味そうな焼き魚をみると、単純ながら一気に思考が食に変わってしまうのが猫である性なのかもしれない。




