準備開始さっ!!
「ーー……よし、大体街の被害は把握出来た。城に居るモンで、動けるヤツは何人くらいだい?」
「は、えっと……私共含めて十人程度です。殆どの者が、他国へ亡命しましたので……。」
「オーケー。十人も居れば十分さね。食料は? 全く無い状態なのかい?」
「い、いえ。この国では粟の生産が盛んで、城の地下の貯蔵庫にある程度は保管しております。他にも、根菜類もあります。」
「みれっと? る? ……まぁ、何かは分からないけど、食料は確保出来てるんだね。なら良し。」
身を翻し、スタスタと扉に向かって歩く千代子。その姿に、困惑する陛下と王妃は、慌てて千代子に駆け寄った。
「あ、あのっ、チヨコ殿……。一体何を……。」
「そんなの、決まってるだろ……。炊き出しするよっ!!」
「し、しかし、城内には料理が出来る者がおりませんっ。私も何度か炊き出しはしましたが、皆、吐き戻すばかりで……。」
「心配しなさんな。年の功を見せてやるよ。さぁ、台所へ案内しなっ。」
あまりにも頼りになる言葉と行動力に、「この人なら本当にこの国、否、この世界を救ってくれる。」そう感じさせ、二人の落ち込んでいた気持ちが少し前向きになった。自然と足取りが軽くなり、あっという間に台所へと着いた。千代子は、陛下には動ける者を総動員させて城下にいる被災者を城の方へ連れて来る様指示し、王妃にはメイドと一緒に食料を持って来る様指示した。
「……さて、スーツケースには何が入ってるのやら……。」
用意してもらってる間に、気になっていたスーツケースを開けてみる事にした。引いていた時から感じてはいたが、どうも空っぽの様な感じはしない。恐る恐るジッパーを開け、中を確認した。
「な、なんだい、こりゃ……。」
何か入っているのかと思ったら、スーツケース一杯に光の渦が詰まっていた。だが、どこか懐かしい様な、安心感を感じる。千代子は吸い込まれる様に、光の渦の中に手を伸ばした。そして、指先に何かが当たり、それを引き抜いた。
「これはっーー……。」
ーー暫くして、王妃とメイドが食材を運び終えた。結構な量にも関わらず、二人ともほんの少し息を切らせているだけで、まだまだ動けそうだった。千代子は運ばれてきた食材を一つ一つ確認し、どういった物なのかも教えてもらいながら、何を作るか思案した。
「ーーヨシ、献立は決まった。じゃあ先ずは、この……何だっけ?」
「粟でございます。チヨコ様。」
「おぉ、そうそう。ミレット、ミレット。ありがとね、リリちゃん。」
「っ……。い、いえ、滅相もございません……。」
この頭を撫でられているメイド、リリアンは顔を真っ赤にさせながら悶絶しそうになっていた。少し教えただけで頭を撫でながら感謝されるなんて、この城のメイドとして働く事になってから一度もなかったので、気恥ずかしさと、幼い頃に両親や祖父母がよく頭を撫でてくれた事を思い出し、どういう顔をすれば良いのか分からなくなっていた。兎に角、緩んだ口元や赤くなった顔を見られない様にと顔を伏せてはいるが、耐えているのが王妃には丸分かりの様で、クスクスと笑われてしまった。
「先ず、このミレットと緑豆を洗って、たっぷりの水に浸す。あ、でも今は断水してるのか……。」
「チヨコ殿、水でしたら、お任せを。蒸留水。」
王妃が唱えると、部屋の至る所から水滴が溢れ出し、王妃の手の中へと集まっていき、それを大鍋へと移していく。特に変哲もない魔法なのだが、初めて見る魔法のあまりの美しさに、千代子は驚き見惚れた。暫くすると、王妃は深く呼吸をし、千代子に「お待たせしました。」と呟いた。ニッコリと笑ってはいるが、その表情に千代子は眉間に皺を寄せ、溜息を吐いた。
「王妃さん、アンタねぇ……。」
「え……?」
ツカツカと王妃に近付き、睨み付ける様に見下ろした。先程までの屈託ない笑顔とは違い、鬼の形相をしている千代子に、王妃とリリアンは冷や汗を流した。だが、次の瞬間、なんと千代子は王妃を抱き締めたのだった。いきなりの事に思考が追いつかず、言葉を詰まらせていると、千代子が耳元で囁いた。
「……すまなかった。」
「……え?」
「アンタ、体力はあるが、魔法を使う力があまり無いんだろ。水を溜め終った後、明らかに顔色が悪くなってた。それに、汗も尋常じゃない程出ている。」
「っ……。」
「あまりに綺麗だったから見惚れちまったよ……。だから、直ぐに気づけなかった。本当に、すまない……。」
「そ、そんな……。チヨコ殿が謝られる事など……。私の魔力が皆の為に使えるなら、枯れるまで使う所存……。」
「馬鹿野郎っ!!」
王妃の言葉を遮る様に、千代子は怒鳴り声をあげた。そして、真っ直ぐに王妃を見詰めると、頬を叩いた。それも、結構な力で。この歳になるまで殆どぶたれた事がなかった王妃は、ヒリヒリと痛みだした頬を押さえながら、ポカンと口を開けた。リリアンに至っては、「王妃になんて事を……!!」と言わんばかりに、口をパクパクさせながら震えている。だが、千代子は一切詫びる事なく、王妃を見つめた。目に大粒の涙を溜めて。
「……国のトップが、そんな事言っちゃいけないよ。アンタが倒れたら、悲しむ者が居るんじゃないのかい?」
「あ……。」
千代子の言葉に、一瞬で沢山の人々の顔が映った。城の人達に内緒で遊びに行く度に、笑顔で花をくれる子供達。気さくに話しかけてくれる街の人々。自身を支えてくれている陛下や、城内で働いてくれているリリアン達……。魔物の襲撃を受けた後、支援活動をしていると、自分達も大変な目に遭っているのにも関わらず笑顔を向けてくれていた。その人達の笑顔が歪み、渦となって暗闇に吸い込まれていく。胸が張り裂けそうになり、王妃は手で顔を覆いながら椅子に座り込んだ。肩が震え、指の隙間から水滴が零れた。そんな王妃の姿に居た堪れなくなったリリアンが近付こうとしたが、千代子が止めた。声をあげて睨み付け様としたが「今は、そっとしてやりな。」と耳打ちされた。千代子の静止を振り解いてでも王妃の元へと行きたかったが、千代子が顔を横に振る。行かない方が良いのは理解はしたが、悔しくて悔しくて、こっちまで泣きそうになった。だが、ボロボロの服の裾を硬く握り、歯を食い縛って我慢した。そんなリリアンの頭を優しく撫で、千代子は作業台へと向き直った。
「……さぁ、リリちゃん。アタシ等でとびっきり美味しい炊き出し作るよっ。」
「は、はいっ!!」
END




