5.聖女の目的?
昼食を食べ終えると、ロアン様はテキパキとお弁当箱を片付け、シートをたたんだ。
当然のようにしているけれど、これはなかなかできないことだと思う。
わたくしは前世の記憶があるから気にならない。でも、ロアン様は貴族の、それも侯爵家のご令息だ。
家では上げ膳据え膳だろうし、この王立学園でも食堂に行けば給仕係が頼んだ料理を配膳してくれる。
なのにわたくしのところへきて、こうしてお弁当を食べてくれる。
やさしくされている、と思う。
小瓶を片付けたロアン様は、白薔薇を手にとった。
わたくしに向かい、目を細めてやわらかくほほえむと、編んだ髪に花をさし込んでくださる。
「君の美しさには敵わないが」
……だからなんなんですか、それは。
本気で言っているのかわからない気障な台詞は、ロアン様が花をくださるときのルールのようなものらしい。
「では、また。時間ができたらくる」
ロアン様は手を振り、校舎へと歩いていった。
最上級生は忙しい。ロアン様の場合、そこに騎士団の訓練も加わるので余計だ。
――セノリィ嬢とはいつもあんなふうなのか。
ロアン様の背中を見送りながら、投げかけられた問いを思いだして、わたくしはふと唇を引き結んだ。
問わず語りに身のまわりのことを教えてくださるロアン様が、今日はあんなことをおっしゃった。
セノリィに相対しているところを見られたのは初めて。
いつもは裏庭へ直接いらしていたのに、今日はセノリィがいて遅れてしまったから、迎えにきてくださったのだろう。
嫌われたわけではないと信じたいが、驚かせてしまったのは間違いない。
そりゃそうよね、わたくしは明らかにセノリィを傷つけようとしていた。ロアン様が止めてくださって本当によかった。
ため息をついて、わたくしはそっと髪に飾られた白薔薇に触れた。
初めて会ったときも、ロアン様は求婚の言葉とともに、白百合をくれた。
茂みから飛びだしてきたのは、学園近くの森で百合を摘んでいたかららしく……髪にも服にも木の葉や小枝をつけ、制服を土で汚したロアン様に、わたくしは冷たい視線を浴びせながら言ったのだ。
「呆れ果てた御仁ですわね。結婚を申し込むのに、花を買うお金もないほど貧乏ですの?」
「ああ、そうか。買えばよかった。ありがとう」
重ねての罵倒にもロアン様は動じず、それどころか朗らかな笑顔を見せた。
「君には白い花を贈りたくて……森に百合があったと思いだしたら、それしか考えられなかった」
わたくしはドン引きの顔をしていたと思う。
世界観制約のためではなく、まあわりと本心で引いた。
今では、その愚直かつ猪突猛進な性格のおかげでわたくしといてくださると理解している。
……嫌われたくない。
その願いが、味方を失うことへの恐れなのか、それ以外の感情なのか。
わたくしにはわからない。
せめて、セノリィがわたくしを放っておいてくれたらいいのだけれど。
セノリィはどうしてわたくしに絡んでくるのか。こちらからは何もしていないのに。
セノリィも転生者で、悪役令嬢としてのわたくしが必要なのかもしれないし、そうではなく彼女の言うとおり、純粋にわたくしを心配しているのかもしれない。
わたくしがどうやら世界観制約でこうなっているということは、セノリィもゲームのキャラとして『めちゃくちゃに面倒くさいお節介』な性格設定の可能性があるのよね……。
だいたいゲームの主人公って、せんでもいい世話を焼いて事件に首を突っ込む。そうでないと話が進まないからだ。
***
***
校舎へ向かう小径を歩きながら、ロアンは考え込んでいた。
ヴェスカが聖女セノリィを目の敵にしているという噂は聞いていた。
ただ、ロアンの知るヴェスカはいつも目立たぬようにすごしていて、ロアンが見つけるまではたった一人で昼食をとっているような令嬢だった。
ヴェスカは誰かを傷つけるような人間ではない。
ロアンはそのことを確信している。
一方で、初めて見た、セノリィに対するヴェスカは、明らかにセノリィを傷つけようとしていた。
(……セノリィ嬢に、何かあるのか?)
ロアンが現れ、驚いていたセノリィの顔を思いだした、そのときだった。
「ロアン様あ」
校舎の陰から現れたのは、今まさに思い浮かべていたセノリィ本人。
ベージュの髪を揺らして小首をかしげ、甘えた声でロアンを呼ぶ。と思えば、すぐに眉をさげ、健気そうにうなだれて見せた。
「あの、先ほどはありがとうございました……ヴェスカ様を、止めてくださって」
「礼には及ばない。早く昼食にしたかっただけだ」
本心から言うと、セノリィの表情に一瞬、なんともいえないものがよぎっていった。
が、すぐにそれは消える。
「ヴェスカ様は、いつもわたしに酷いことをおっしゃるんですう……馬鹿にされて、笑われて……突き飛ばされたり、制服をやぶかれそうになったこともあります」
目に涙をため、うるうるとロアンを見上げて、セノリィは言い募った。
思わずロアンの眉間にも皺が寄る。
「そうか……君だけに、そんなことを」
「はい。わたし、怖くて……」
「やはり、何かあるのだな」
「え?」
「ヴェスカ嬢はほかの者にはそんな態度はとらない。俺にもだ。きっとヴェスカ嬢と君の関係には何かある」
「え、だからそれは、わたしが聖女だから、それを妬んで……」
「妬んで? なぜ?」
「わたしばっかり注目されるから……」
「……ヴェスカ嬢は目立ちたくなくて、一人で昼食をとっているのに?」
「……!!」
セノリィの表情がはっきりとこわばった。
その理由はロアンにはわからないが、とにかく、貴重な証言を得たことに間違いはない。
「教えてくれてありがとう」
礼を言い、セノリィを残してロアンは去った。
その背中を呆然と見送り、セノリィは呟く。
「どうして……ロアン様には効かないの……?」




