3.突然の求婚者
セノリィが入学し、わたくしが世界観制約に囚われてから数か月。
もうすぐ十四歳の誕生日となった頃にも、わたくしの心は晴れなかった。
ワガママ令嬢に戻ったわたくしの話はお父様の耳にも届いている。でもわたくしがお父様を避けているのだから何も言えない。使用人たちも口をつぐみ、学園にはもう友人もいない。
「はあ……」
食堂にもよりつけなくなったわたくしは、裏庭で一人、お弁当を食べている。
お弁当を作ってもらうのもかなりの努力を要した。なにせすべてが罵倒に変換されてしまうので、侍女もわたくしを嫌っている。
可哀想で申し訳なかったけれどキッチンメイドたちを呼んで、
「このわたくしが下等な者たちと食事をともにできると思って!?」
「あ……ええと……学園の食堂がお気に召さないのでしょうか……?」
「そうよ! あそこは空気が濁っているわ」
「申し訳ございません、私どもでは食堂の改修を命じることはできず……」
「違うでしょう! ただのキッチンメイドに学園へ指示する権限がないことなどわたくしにもわかります。そんなにわたくしが愚かに見えて?」
「ひいっ、申し訳ございません!!」
などというやりとりの末に、ようやく「お弁当を作ってほしい」ということが伝わった。
キッチンメイドたちは主人の話を遮ることも、勝手に部屋をさがることも許されていないから、必死にわたくしの言いたいことを解読しようとしてくれた。
ただお弁当を作らせるだけでこんなにまわりくどく罵倒を長引かせるわたくしは、さぞや嫌味ったらしい令嬢だと思われたことでしょう。
一応メイドたちの部屋にお駄賃の金貨を置いておいたけど、凹む……。
もう一つため息をついて、わたくしはお弁当に向きあった。
食堂の料理が貧相なことに怒っていると思われたのか、お弁当箱は三段重ねで、内容も豪華。
わたくしは裏庭の芝生にシートを敷き、おせちのようなお弁当を広げている。
毎朝焼いているパンに、彩り野菜のサラダや、冷たくなってもおいしいハムやパテ。キチンソテーにローストビーフ、冷製のポタージュまでついている。
勘違いからとはいえ、豪華な食事は沈んだ心を癒やしてくれる。
今のところ、誰とも関わらなければ大きなトラブルにはならない。ギリギリ平穏と言えるかもしれない。
もくもくと料理を味わい、わたくしがほっとひと息ついたそのときだった。
ガサガサガサッ!! と茂みが音を立てたのは。
「ひっ!? ぶ、無礼者!!」
わたくしは顔をひきつらせながら叫んだ。
怖がる拍子にも罵倒が飛びだすなんて、世界観制約は侮れない。
わたくしの叫びに応えるように、茂みはひときわ大きく揺れ、葉を舞い散らせて影が立ちあがる。
獣か、暴漢か――と身構えるものの、正体はそのどちらでもなかった。
「驚かせて申し訳ない。俺はロアン・ガーネルという。三回生だ」
落ち着いた声で告げたのは、わたくしと同じ年頃の少年だった。三回生なら一つ上、十四歳だ。
体つきは少年らしさを残し、身長に比較してややほっそりとしているけれども、深い夜の色をした髪に、青い瞳は意志の強そうな光を宿す。
その双眸からまなざしを放ちつつ、ロアン様はずいっと右手をさしだした。
握られているのは百合の花。
「俺と結婚してほしい」
「あなた頭沸いてますの?」
思いがけず、言葉がすっと出た。
初めて世界観制約と自分の意見が一致した瞬間だった。




