2.たぶん乙女ゲームの悪役令嬢だと思う
わたくしが前世の記憶を取り戻したのは、十二歳のとき。王立ルミナリア学園の入学式でのこと。
現代風に整備された校舎にやたらと凝った制服を見て、思ったのだ。
――ゲームみたいなデザインね。
と。
次の瞬間には、わたくしは膝から崩れ落ちて付き添っていた侍女に抱きかかえられる羽目になった。
ゲームみたいな、ではない。たぶんここはゲームの世界だ。しかも前世でよく見た、乙女ゲーム転生というものではないだろうか。
ああ、そう思うとうっすらと生まれる前の記憶がよみがえってきた気がする。
女神がにっこりほほえんで、がんばってねとかなんとか。
けれどもどうがんばればいいというのか。
推測するところ、わたくしは悪役令嬢だ。
なぜなら、わたくしヴェスカ・フランゼスカには、公爵令嬢という地位と、冬空に冴える月のごとき銀髪、高貴さを表す金色の瞳に、まだ少女とは思えぬ美貌――そしてそれらを鼻にかけてワガママ放題に育った性格が備わっていたからだ。
かつ、わたくしの目の前には、輝く金髪を肩に流し、切れ長の目に笑みをたたえて新入生を迎える超美形が立っていた。
一人だけ制服の違う彼は、ヒューバート・グラスト王太子殿下。
式典などでもご挨拶はしていたが、間近で見ると絵に描いたような完璧な王子様だ。
これまでのわたくしなら、真っ先に突撃していただろう。そして愛想を振りまき、ヒューバート殿下を困らせていることにも気づかず、家に帰ってから上機嫌でこう言うのだ。
『お父様、わたくし、ヒューバート殿下と結婚したいわ!』
……うん、自分のことだから手に取るようにわかるわね。
筆頭公爵家の当主でありながら娘に激甘で公私混同の激しいお父様はさっそくわたくしをヒューバート殿下の婚約者にすべく働きかける。
知性はないのに運と財力だけはあるフランゼスカ公爵家を無下にはできず、王家は婚約を了承する――。
ゲームタイトルはわからないけれど、前日譚としてはこんなところでしょう。
わたくしはそうっと方向を変え、ヒューバート殿下から離れた。
自分が悪役令嬢だと気づいた今、王太子妃の座もお顔キラキラの王子様もほしくはない。
わたくしの望みは平穏な人生。
フラグは回避するに限る。
屋敷に戻ったわたくしは、これから始まるルミナリア学園での六年間を真面目に誠実にすごすことを決意し、お父様にも釘を差した。
「いいですか、お父様。もう賄賂は贈るのも受けとるのもやめてください。政治は専門家に任せて、気まぐれで口を出してはいけません。王家の皆様には敬意を」
「わかったよ、ヴェスカ」
知性はないが運と財力だけはあり娘に激甘なお父様は二つ返事で頷いてくれた。
これまでのワガママな印象を払拭するため、わたくしは目立ちすぎないようにしながらも、人にやさしく、明るく前向きにふるまった。
授業は真面目に取り組む。泣いている令息や困った顔の令嬢がいれば話を聞いてあげる。勉強会を主催し、教師を手伝い、学年行事にも積極的に参加……。
印象改善計画は大成功。わたくしは公爵令嬢として恥ずかしくない成績と、笑いあえる友人を得、楽しい学園生活を送っていた。
一年後、セノリィが聖女として入学してくるまでは。
*
セノリィは、平民として王都郊外の村でつつましく暮らしていたそうだ。
しかしある日、狼に襲われた村人を助けようとして聖なる力を発現。病気や怪我を癒やしたり、その効果を付与した『聖水』を作ることができるようになったという。
こうなれば王家も貴族も放っておくわけにはいかない。
セノリィはとある伯爵家の養女に迎えられ、王家の承認をもって、貴族しか通えない王立学園に通うことを許された。
その話を聞いたとき、わたくしは自室でこっそりガッツポーズをしたものだった。
きっとセノリィはヒューバート殿下と恋仲になるのでしょう。もし婚約をしていたら、公爵家の財力で押しつけられたワガママ公爵令嬢は邪魔になる。
そうでなくとも以前のわたくしは平民出身のセノリィがちやほやされることを疎ましく思い、なにが聖女よ目にもの見せてやるわと嫌がらせにのりだしていたはず。
婚約破棄のうえ断罪まっしぐらコースだ。
早々に自分が悪役令嬢だと気づいたおかげで破滅を回避できた。
ここから先は、望んだとおりの平穏な人生。
やった~~~~!!
……それがぬか喜びだと知ったのは、初めてセノリィに対面したとき。
昼休み、皆の集まっていた食堂がざわめいた。
注目の先にはセノリィが。
悪役令嬢ではなくただの公爵令嬢になれたと信じ込んでいたわたくしは、油断していた。
友人と「あれが聖女様ね」「平民だと聞いていたけれど気品があるわ」なんて他人事のように話していたら、突然、体が勝手に動きだした。
――……え?
驚く内心とは裏腹に、眉根は寄り、唇は歪んで、見下すような表情を作る。
セノリィの前につかつかと歩みよったわたくしは、近くに置かれていたグラスを手にとると、中の水をセノリィめがけてぶちまけた。
ええええええええ!!!!
周囲の令息令嬢たちが悲鳴をあげるけれど、大声を出したいのはわたくしのほう。
けれども口は、どうしてという驚きもごめんなさいという謝罪も言えず、勝手に動く。
「あらあ、なんだか空気が濁ったと思ったら平民がまざっていたのね。ああ、一応聖女様だったわね。どうぞ奇跡の力で、その水を聖水に変えてくださいな」
ずぶ濡れになったセノリィの隣に空になったグラスを投げ捨て、青ざめる周囲の人間を睥睨して、わたくしはくすくすと笑った。
……その日から、わたくしの口はわたくしの言うことを聞かなくなった。
友人たちにもセノリィの悪口を言い、心配の声に耳を貸すどころか嘲笑う。
まるでワガママな昔のわたくしが戻ってきたみたい。
そのうえ、セノリィの前では口どころか体まで言うことを聞かなくなり、髪をつかんだり、ドレスを破ろうとしたりする始末。
これは、世界観制約というものだ。
破滅を回避したと思ったけれど、わたくしはどこまでも悪役令嬢としての役割を果たさなければならないらしい。
学園を休んで引きこもろうかと思ったものの、お父様の顔を見た途端に「金の力でセノリィをなんとかして!」と言いかけたので慌てて逃げた。
運だけはいいフランゼスカ公爵家の事業は波にのり、賄賂を控えたお父様は下位の貴族たちから信頼を得つつある。わたくしに巻き込んで家を破滅させるわけにはいかない。
仕方なく学園へ通い、かつての友人たちやセノリィの取り巻きたちから白い目で見られながら、ひとりぼっちですごす。わたくしにできることはそれしかない。
そんな、絶望に打ちひしがれていたわたくしの前に、ロアン様は現れたのだった。




