14.ロアンの三年間 後編
学園で出会った、美しい銀髪の少女。
あとから特徴に合致する令嬢を調べ、ロアンは彼女がフランゼスカ公爵家のヴェスカという令嬢だと知った。
ヴェスカの言うとおり、ロアンは変わった。
まずは弱腰な自分を鍛え直し、立ち向かう力をつけねばならぬと思い定めたロアンは、騎士を目指すことにした。
騎士団は入団試験も厳しく、一員となってからも騎士見習いとして修行に励む日々と聞く。
反対するかと思えた父親は、意外にもすんなりと剣の教師を手配してくれた。
家のことには無関心だとばかり思っていたのだが、父も父で、ぎくしゃくし続ける家庭内の空気にどうしていいのかわからなくなっていたらしい。
運動量が増えれば食事量も増える。ちょうど成長期に入ったこともありロアンの身長はひと月ごとにのび、一時期は体重のほうが追いつかなくなっていたくらいだった。
最大の収穫は、己の剣の腕に気づいたことだ。
剣の軌道を読み、相手の攻撃を見切ること、隙をついて懐に入り込むことなど、素手ではできなかったことが剣を持てばできるようになった。
教師いわく、そうした感性を発揮する者が稀にいるらしい。
不思議なもので、剣の腕が磨かれると、とっくみあいの喧嘩でも負けることはなくなり、グライツに対しても兄らしく堂々と相対することができるようになった。
「俺はお前が怖かった。いつかお前が父上に気に入られて、俺をガーネン家から追いだすんじゃないかと思っていたんだ。自分に自信がなかったんだな……だが今はもう怖くない」
殴りかかってきたグライツのこぶしを受けとめ、真正面からまなざしを向ける。
「グライツ。お前が当主の座を望むなら、どちらがふさわしいかを父に尋ねてみてもいいと思っている」
ただしそれは、正々堂々と貴族らしく勝負をするなら、の話だ。
そうロアンが告げると、グライツは虚を衝かれた表情になった。それからくしゃりと顔をゆがめ、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
思いがけない反応にロアンも驚く。
「俺も……俺も、怖くて。ガーネン家は文官の家系です。腕っぷしが強くても意味がない。兄上が当主になれば、きっと母上と俺を追いだすのだろうと思っておりました」
それだけ言って、グライツはわんわんと泣きだした。
こまっしゃくれた性格だと思っていた異母弟の、初めて見る歳相応の感情だった。
「……そうか」
言葉にされればロアンにも理解できた。
無関心に見えた父親の態度は、グライツにも脅威だったのだ。次男で、しかも庶子であるグライツには貴族としての地位の保証がない。だから義母は躍起になってグライツの権利を主張し、グライツもそれにのってロアンに冷たくあたった。
しかしどうあがいても、現侯爵である父親が頷かないかぎり、次期当主はロアンだ。
まだ涙を流すグライツに向き合い、ロアンはほほえんだ。
「俺は騎士をめざす。当主としてもふさわしい人間になる。目標ができたからだ。お前も、当主にふさわしいやり方で俺と戦え」
「……はい!」
涙を拭い、グライツも笑顔を見せた――それが、先月の出来事。
すっかりロアンになついたグライツは、いっしょに騎士を目指すと言って稽古を望むようになった。
ふたりで並んで歩きながら、グライツはふと思いだした顔になる。
「そういえば、兄上は目標ができたとおっしゃっていましたね。目標とはなんですか」
「ああ……想う人がいるんだ。入団試験に受かったら、彼女に結婚を申し込みたいと思っている。応えてくれるかはわからないが」
「兄上ならどんな令嬢でも頷いてくれるはずです」
「さあ、どうかな」
照れくさそうに笑うロアンの表情は朗らかで、グライツの目には眩しく映った。
あれほど嫌っていた義兄が、いつのまにか背中を追いかけたい存在になっている――グライツもまた、自分の心境の変化に驚いていた。
その理由が、ようやくわかった。
「だから、兄上は変わったのですね。いいな……きっととても素敵な方なのでしょう。ぼくもその方にお会いしたいです」
「うん、それはもちろんだが……美しくて、可憐で、やさしくて、すばらしい令嬢なんだ。お前まで惚れたら困るぞ」
本当に困った顔をしているロアンに、グライツは思わず笑ってしまった。
*
その後、ロアンは入団試験に合格し、目標を達成するのだが。
初対面で名を告げなかったせいで、ヴェスカは当時の少年を入学前の年下だと勘違いしたまま、自分に求婚してきた成長期真っ盛りの令息とは結びつけなかった。
騎士としてたくましく成長するロアンが泣き虫だったことなど、想像できるはずもない。
ロアンもロアンで、照れくさい初対面の思い出を語りたくはなかったから、聞かれることのない限り黙っていようと思った。
ヴェスカが闇魔法をかけられ、尋ねたくとも尋ねられないとは知らずに。
久しぶりに再会したヴェスカは口が悪くなっているような気がしたが、すでに騎士団でしごかれていたロアンは気にならなかった。
美しさを隠すように控えめに裏庭でお弁当を食べ、ロアンの同席を許し、あまりうまくも話せていないだろう話題を聞いてくれる。
それだけでロアンは幸せだった。




