13.ロアンの三年間 前編
ロアン・ガーネルがヴェスカ・フランゼスカに出会ったのは、彼が二回生の年の冬、ある寒い日の朝だった。
凍てつく空気をそのまま凍らせたかのような銀の髪が冬の風になびき、一転して陽光の煌めきを思わせるあたたかな金の瞳が、ほほえみとともに彼を見つめていた。
「どうしたの?」
木陰に隠れていたにもかかわらず、突然声をかけられて、ロアンは目を瞬かせた。その拍子に、ぽろりと涙が落ちる。
「泣いているわ」
すぐにハンカチがさしだされ、黙ったままのロアンの目にやさしく押しあてられた。
「迷子かしら。お名前は?」
そこまで問われて、ロアンはようやく、目の前の少女が自分を年下と勘違いしていることに気づいた。
ロアンはすでに二回生なのだが、今日は私服で登校した。おまけに背はクラスのなかでも低いほうで、二歳年下の弟と同じくらいしかない。
庭の片隅でうずくまって泣いていた小柄な少年を学園に見学にでもきて親とはぐれた子どもとみなすのは当然だ。
少女は美しくてやさしかった。それに対して自分はなんてみっともないのだろうかと顔が赤くなる。
「ま、迷子じゃない」
せめてみっともなさを減らそうと反論したロアンに、少女は目を細めた。
「なら、悲しいことがあったのかしら」
ロアンはふたたび言葉に詰まった。
少女は話を聞こうというのか、スカートが地面につくのもかまわずロアンの目線にしゃがんだ。
――実はこのとき、ヴェスカは悪役令嬢の役目をおりるべく印象改善計画を実行していたのだが、ロアンはそんなことは知らない。
出会ったばかりの自分の身の上を聞こうという人間がいることに驚き、考える余裕もないままに話し始めた。
「うちには、新しいお母様と弟がいて……お母様は、血のつながった弟ばっかりかわいがる」
口にしてしまえばよくある貴族の家庭事情だ。
義母は異母弟を当主に据えられないかと画策し、父は家庭に無関心。私服で学園にいるのも制服を隠されたから。
一番情けないのは、喧嘩になれば負ける己の腕力だ。
こんなことで本当に侯爵位を継げるのだろうかと考えていたら、泣けてきてしまった。それがまた自分の弱さを表していて、涙は止まらない。
「誰もおれの味方なんていないんだ」
「じゃあわたくしが味方になってあげるわ」
うつむいた頭にぽんと手が置かれた。
弱音にすぐさま答えを返してくれた少女を、ロアンはぽかんと見つめた。
「だからこんなところで泣かないで。あなたが動けば変わることもあるはずよ。それに、わたくしは思うのだけれど……」
形のよい眉をひそめて、真剣な声色で。親身に考えているとわかる表情で、少女は言う。
「もしかしたら、弟さんにだって言えない気持ちがあるかもしれないわ」
「――……」
考えてもみなかった指摘にロアンは息をのんだ。
「わたくしも、他者の視点で見るまでは自分の性格や環境に気づかなかったし……一度先入観を捨てるのは大事かも」
最後の部分は、ロアンに言い聞かせているというよりは独り言なのだろう。
けれど、ロアンにはどちらでもよかった。
ロアンが立ちあがると、彼女もあわせて立ちあがった。
「……がんばる」
「ええ、応援しているわ」
ふたたび彼女の手がのびる。
背はさすがにロアンのほうが高いから、ほんの少し背伸びをするようにつま先で立って、髪を撫でてくれる。
彼女の言うとおり他者の視点は大事だ。自分ではできなかったことが、味方になると言ってもらえただけでできるような気がしてくる。
胸のうちにあたたかな泉が湧きだしたように、ぽかぽかとした気持ちだった。
くよくよと泣いてばかりいるくらいなら、何か行動に移してみよう、とロアンは決意した。
そして、ロアンの決意は見事に実ることになる。
***
数ヶ月後、ガーネル侯爵家はすっかり空気を変えていた。
「兄上! 剣の稽古をお願いします!」
部屋に飛び込んでくるのは異母弟のグライツだ。
「部屋に入るときはノックをしろと言っただろう」
苦笑しながらもロアンは立ちあがった。「申し訳ありません!」と元気よく答えるグライツに反省の色はないが、ロアンにももう嫌悪感はない。
「たくさん稽古をして、早く騎士団の入団試験を受けたいんです!」
「それは俺も同じだ」
廊下を並んで歩きながら、ロアンは学園で出会った銀髪の令嬢を思いだした。




