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世界観制約で罵倒しかできない悪役令嬢なのに、なぜか婚約者が溺愛してくる  作者: 杓子ねこ


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1.ヒロイン(聖女)と婚約者(騎士)とわたくし(悪役令嬢)

『公爵令嬢ヴェスカ・フランゼスカは、我儘で傲慢だ』

 

 わたくしのことを知る者は皆そう言うでしょう。

 

 ――ただ一人を除いては。

 

 

***

 

 

「ヴェスカ様あ、今日もいっしょにお昼を食べてくださらないのですかあ?」

 

 ルミナリア王国王都にある、王立学園の、裏庭へと続く廊下で。

 

 きゅるん、と効果音がしそうな上目遣いでわたくしを見上げてくるのは、セノリィ・ホープ。

 やさしげなベージュの髪を肩にたらし、同じ色の目でわたくしを覗き込む。

 

「……」

「セノリィは悲しいですう……」

 

 何も答えず通り抜けようとしたわたくしの前にささっとまわり込み、セノリィはさらにしょんぼりとうなだれてみせた。

 

 セノリィの背後から、取り巻きの令嬢たちがわたくしを睨みつけている。

「慈愛あふれる聖女様のお誘いに返事すらしないなんて」――そう言いたげな表情で。

 

 けれど、わたくしは誘ってほしいなんて思っていない。むしろその逆。

 なんのために公爵令嬢のわたくしがわざわざお弁当を用意させ、ぼっち飯のために裏庭に向かうと思っているのか。

 

「あの、じゃあせめて、これを……セノリィが作った薬草ティーですう。疲れがとれますう」

 

 薬草ティーですう、きゅるん。疲れがとれますう、きゅるるん。

 そんな効果音が聞こえそうな可憐な仕草で、右に左に小首をかしげながらセノリィが言う。

 

 さしだされた小さなティーカップに、わたくしはぐっと唇を引き結んだ。逃げられない。

 

「ありがとう。やさしいのね」とかなんとか適当言って、ティーカップを受けとる――それができればどんなにいいか。

 

 そう願うわたくしの心とは裏腹に、口からは冷たい言葉が飛び出る。

 

「はあ? わたくしがあなたのような平民の作ったものを口にすると思って? 汚らわしい」

 

 そのうえ手が勝手に動き、セノリィの手からティーカップを奪いとった。

 

 と思うなり、わたくしはティーカップを振りあげる。

 

 いえいえいえそれはまずいでしょわたくし!

 

 ティーカップの中はできたてと思われる薬草ティーで、熱々の湯気が立ちのぼる温度だ。

 こんなものを頭からぶっかけたら、やけどをしてしまう――。

 

「きゃああああっ!!」

「セノリィ様……っ!」

 

 セノリィと令嬢たちの悲鳴が廊下に響く。

 

 が、わたくしの手はティーカップを握ったままだった。

 薬草ティーは均衡をたもち、おとなしくカップの中におさまっている。

 

 なぜなら、わたくしの背後に現れた人物が、ティーカップごとわたくしの手を握って止めているから。

 

「ロアン様……」

 

 口をつぐんでいたわたくしより先に、セノリィが呟いた。

 わたくしも、振り向かなくともわかる。背中からかかる影の大きさや、わたくしの手を握る武骨で大きな手で。

 

「セノリィ嬢、ヴェスカ嬢は俺と昼食をとる」

 

 低く落ち着いた、けれど決して冷たくはない声が頭上から落ちてくる。

 ロアン様はわたくしの手からティーカップをとりあげると、セノリィに渡した。まだ湯気を立てる薬草ティーは、一滴もこぼれずにセノリィのもとへ戻った。

 

 と、視界が反転する。

 ロアン様がわたくしを抱きあげたのだ。

 

「な……っ!」

 

 声をあげるわたくしと同じくらい、セノリィも驚きを表情に張りつけている。セノリィの背後の取り巻きたちも。

 けれどロアン様は気にした様子もなく、抱きあげたわたくしを――いえ待って、これ抱きあげてない。担ぎあげてるわね。

 

 ひょいと肩にのせられて、それでも何も言えずにわたくしは無言で連れ去られた。

 

 口を開ければ、先ほどのように罵倒の言葉が出てしまうからだ。

 

「すまない、少々強引だったか」

 

 少々かと言われれば、少々どころではないような。

 

 わたくしは肩に担がれたままロアン様を見た。

 

 まっすぐに前を向く横顔は、凛々しい眉や、すっきりと高い鼻、厚めの唇を際立たせる。

 短く切りそろえられた黒髪に、青空に似た澄んだ瞳、鍛えあげられた体。

 

 わたくしの視線に気づいたロアン様の口元に、ふっとほほえみがよぎる。細められた目がこちらを見て、わたくしは慌てて顔を伏せた。

 

 ロアン・ガーネル。

 ガーネル侯爵家の長男で、次期侯爵。現在は王立学園に通いながら、騎士としても働き、王家の皆様とも親しいらしい。

 

 そして、わたくしの婚約者。

 

 罵倒しかできないわたくしを助けてくれる、この学園で唯一の人。

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