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越冬

作者: 犬咲夫藍
掲載日:2025/12/28

──冬の朝。


澄んだ冷気が辺りに漂い、息を吸うとスッと鼻腔が刺激される。そして、それと同時に朝露の湿った香りが仄かに香る。

薄雲で白んだ青空の下、遠くに見える山には霧がかかっていて、木は色を失ったような灰色の身をむき出しにしている。また、その木にまばらに付く葉は茶色く枯れ、枝に付く力も無くした枯れ葉が至る所に落ちていた。


そんな色褪せた冬の朝は、世界が死んでいるように感じさせる。


はぁ、と漏らす白い息は煙のようだ。


冷気がコートの隙間から入り込み、肌を直接冷やしてくる。顔と手の甲は、冷気が張り付いたように冷たい。特に手は、赤紫がかっている。また、指先と耳は、寒さで血管が張り詰めているような感覚がしてじんじんと痛かった。


全てが嫌になる。

何にもしたくない。

そんな思考を巡らせる憂鬱な朝。


寒さは心まで冷やしてしまう。


「はぁ……」


なんとなく、冷え切った両手の中に煙を閉じ込めると、

その熱が手の平に籠り広がり、肌に染み込んでいく。


手の平がぬくもりと共に少し湿ったのを、確かに感じた。


明日からは、手袋をつけよう。


ここ数日は、毎日そう思っていた。



──冬の昼。


青空が澄んでいて綺麗だ。

外でベンチに寝そべって、その青と、雲を見つめた。


そしてただ、受容している。


視界一杯に広がり、どこまでも奥行きがある果てのない青空と、大きな雲を。それを見つめて生じた心の揺らぎを。ただ、あるがままに。言葉になんて当てはめずに。


そうしているとふと日差しが雲に隠れ、世界は少し暗く、より寒くなった。しかし、暫くするとまた日差しが差す。少し世界が明るくなり、この身を包む陽光の仄かな暖かさを感じる。

寒いので、少しのぬくもりさえ鋭敏に感じ取れるのだ。

太陽の光が眩しくて、目を薄める。空が見れない。


この僅かな寒暖差を、風流と呼ぶのだろうか。


正直、暖房の方が暖かくてありがたい。外に暖房がないものか。



──冬の夜。


一度床に就いたものの、ふと目が覚めた。小腹を満たすため、寝室からリビングに出る。


しかし、リビングの扉の向こうには、幽霊がいるかもしれない。そんな想像が頭から離れなかった。なのでいつも廊下や洗面所、寝室と、至る所の電気を点けて、万全の態勢で臨んでいた。


勇気を振り絞り開いた扉。直ぐに照明を灯す。


リビングのカーテンは全て閉じられていて、外の景色は見えない。幽霊もいない。しかし、台所のすりガラス越しに見えるのは黒一色で、白い照明を灯したリビンクとは対照的だった。


節約のため暖房を切っているので、家中にひんやりと冷気が漂っていて、布団で暖めた身体が段々と冷気に侵されていく。家の中だというのに、寒さで手足がかじかみ、少し身体が震えていた。


そんな時に食べた、電子レンジで雑に温めたウィンナー。


レンジの蓋を開くと、中から湯気がボワッと。そうして湯気が晴れて露わになるのは、割れ目が入り、そこから肉汁を溢れさせていて、それ故少し皮が萎びているウィンナー。それを、震える手でレンジから取り出す。ウィンナーの熱が、皿を通してかじかんだ手をじんわりと暖めてくれる。


ウィンナーを食べると、この熱が失われてしまうので、しばらくそのまま、ウィンナーを皿越しに持ち続けていた。


しばらくして。


ようやくウィンナーを食べ始める。フォークを刺すと、皮は萎びていても身にはハリがあった。口に含み噛み切ると、プリッとした食感と共に肉汁が溢れ出し、口内にウィンナーの味が広がる。


正直、ちゃんとフライパンで焼いたウィンナーの方が美味しい。


けれど、これで良いのだ。

この味は、象徴である。


洗い物を減らす為の電子レンジ調理。一押しで始まる自動温めスタート。こんな夜中に少し脂っこいものを食べること。


この食事のどこまでもが、惰性と欲にまみれていて、その代償が味なのだ。


深夜、すりガラスには黒一色のみが映る。節約の為暖房を切った寒いリビングは白く照らされ、外とは対照的だ。そんな空間の中で、賑やかしに一度見たバラエティ番組の録画を再生し、雑に温めたウィンナーをぱくつき、喉を通っていく熱を感じる。


こんなひとときには、この味がいい。




食べ終わった後に歯を磨くと、水道の水が冷たく、手の表面は冷え切ってしまった。しかし、食事で身体の内部は暖まっていて、その冷と暖の境界の感覚を感じながら布団に横になった。



──冬の早朝


台所のすりガラス越しに見えるのは、夜と見間違える程に黒一色だ。台所の、シンクの上に白く灯る蛍光灯は、外とは対照的だが、その光は少し弱く、周りは薄暗かった。まるで夜中に灯る街灯の下に立っているかのような寂寥感を覚える。


暖房をつけ始めたものの、依然として家の中に漂う冷気。それは寝間着の隙間から入り込んできて、肌にピタリと張り付いた。布団で暖めた身体が段々冷えていき、手と足の甲は、冷気が張り付いたように冷たくなっていた。


赤みがかった手足。時々歯がガチガチと鳴り、身体が震えた。


そんな中、朝ごはんを作る。


震える手で取り出した小径のフライパンの持ち手はひんやりと冷たく、その上に投入したオリーブオイルの香りは余りいい匂いではなかった。


ついでに言うと、オリーブオイルは投入に失敗している。本当は、大さじ一杯のつもりだったのだ。ああしかし、未だかつて、小径とはいえフライパンの上を、大さじ一杯の液体がこれほどまでに支配した事があっただろうか。


どう見ても、大さじ二杯以上ある。


フライパンを温め始めた時、指先に触れたIHコンロのパネルさえも、ひんやりと冷たい。


しかし、温め始めたフライパンの上に赤みがかった両手をかざすと、フライパンがものの数秒でほんの微かな暖かみを帯び始めているのを感じた。


そして仄かな熱は段々と強くなり、いつしか煙が立ち込めて来て、熱い空気がフライパンの上にあるのがハッキリと分かるまでになった。


すりガラスに見える黒は少し明るくなっていて、このまま白んでいくだろう。


ゆらゆらと、煙と共に伝う熱が、この手を暖め続けている。


そうして煙が台所に立ち込めていく様子を見て気がついた事が一つ。


換気扇を、回し忘れている。


途端に吸い込まれていく煙にさようなら。


僕は凍える身体で、手の平がぬくもりと共に湿るのを感じ続けていた。

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