最終章-自分の武器-
ここまで私の人生について簡潔に書いているが、描写がないところでも友人や恋人に裏切られ、人を信じられなくなる時期もあった。
それまでは何度も傷付いて、何度も自分を押し殺して、傷付けられる前に自分を傷付けておいて“傷付けられてもいい”ようにしていた。
そんなことをしても、結局は傷の上にまた傷を重ねて、余計に痛い思いをするだけなのに。
ただ、あの頃の私はそうすることでしか自分を守れなかった。
傷付けられるのが怖くて、先に自分を傷付けておけばマシだと――そう思い込むようになっていた。
けれども私は、“逃げる大切さ”や“甘える勇気”を学べたおかげで、今こうしてこの物語を書いている。
そうでなければ、とっくの昔に体も殺していただろう。
今だって不安や体調不良がなくなったわけじゃない。
けれど、心の中に“自分の居場所”を作れるようになった。
誰かに救われなくたって、勝手に支えてくれるものや人はいる。
それこそ――音楽のように。
そして、自分自身もその中のひとつだ。
今の職場には、かつての私のように自己肯定感が低く、我慢して生きている人が多い。
でも私は、あのつらい経験があるからこそ、その苦しみに共感できるし、寄り添うことができる。
それが、他の人にはない私の“強さ”だと思う。
この痛みを活かせるのであれば、いくらでも共有するつもりだ。
だからもし、過去の私のように“生きる選択”が見えなくて苦しんでいたり、心の自傷行為でしか自分を保てない人がいるのなら伝えたい。
“逃げる勇気”と“助けてくれる人の手を取る勇気”を持ってほしい。
その一歩さえ踏み出してしまえば、意外となんとかなるものだ。
そしてその“痛み”や“経験”は貴方だけのものであり、それはきっと、貴方の“武器”になる。
だから、つらいならつらいと叫べばいい。苦しめばいい。
無理に受け止める必要も、受け流す必要も、押し殺す必要もない。
ただそのままを感じて、泣けばいい。
でもそれを拒絶しないで。
貴方が感じたことを、自分自身で否定しないで。
どうせいつか死ぬのだから、折角ならその心や経験を武器にしてみようよ。
簡単なことじゃないし、出来ないこともあると思う。
それでも、そのままで終わるよりはマシじゃない?
……実は今これを書いている私も、また苦しみから逃げている途中だ。
けれど思う。
結果は、行動に伴う。
逃げている最中の私もまた、きっと良い方向に向かっているのだと。
だから、死ぬまで一緒にチャレンジしてみようよ。




