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第1話『真昼の光は噓をつく』

挿絵(By みてみん)


 

(これまでのあらすじ:墾田こんでん永年私財法えいねんしざいほうに乗じて土地を開墾かいこんする暗黒卿ダークロード。彼の行動の裏には、有力者に荘園しょうえん寄進きしんすることで、不輸不入ふゆふにゅうの権を得ようとする、おそるべきたくらみがあったのだ!このままでは寺社や貴族たちが強力なフォースを身につけて公地公民制こうちこうみんせいが崩壊し、朝廷ちょうていからフォースが失われてしまう!あやうし!天皇陛下!!)



 時代は『A夢えいむ』。光の新帝都『岡京おかきょう』。

 憲法改正と不死天皇の降誕こうたん。そして遷都せんとによって生み出された、新たな日本の首都。


 それはまるで、ルネ・マグリッドの『光の帝国』を思わせる奇妙奇天烈きみょうきてれつな光景だった。

 白昼の空は青く晴れわたり、太陽がサンサンと輝いている。にもかかわらず、地上は真っ暗闇におおわれ、街灯とネオンが星のようにきらめく夜景が広がっている。


 この摩訶不思議まかふしぎな都市の景色は、かの偉大なる不死帝が持つ太陽神の力によるものか。あるいは、不死帝が秘密裏に近侍として召し抱えているとウワサされる、恐るべき夜の魔術師が持つ悪魔の力によるものか。


 中心市街地の大通りに視点をフォーカスしてみよう。


『♪GO!GO!太陽~!赤い太陽、赤い復讐鬼ふくしゅうき~!オニ!オニ!』


 ネオンきらめく繁華街では、人々が行きかう喧騒の中、特撮ヒーロー『復讐鬼ONIアベンジャー・オニ』の勇壮なテーマソングが流れている。


「復讐鬼…か。俺は復讐になど興味は無いんだがな…」

 ビルに設置された巨大モニターに映る、赤黒の復讐鬼が戦う姿をぼんやりと見上げて、“彼”はひとりごちる。

 壁にもたれかかり、手にした無糖のブラックコーヒー缶をグビリと一口。


 その言葉通り、“彼”は復讐心など抱いてはいない。

 いや、だが、しかし…。よくよく思い返してみれば…。

 “彼”はこの世界に対して復讐しているといえなくもない。加害ではなく、離脱という形で。

 無糖ブラックコーヒーをチビチビとすすりながら、“彼”は心の中で自嘲する。


 A夢時代の日本社会は少子化による人手不足問題にむしばまれ、地方からインフラの崩壊が進んでいる。

 住みなれた街から突然、電気や水道が止まる。道路は荒れ果て、橋は崩落の危険で通行止めになる。これでは移動すら困難だ。

 ビルの建設はストップし、保全や解体すらままならない。ゴミの回収すらされなくなり、老人たちはゴミ山とハエの群れの中にうち捨てられる。


 誰かの悪意によるものではない。ただただ人手が足りないのだ。だからこそ、この状態の放置が正当化される。


 そんな荒廃する日本社会において、腹立たしいことに“彼”はただ一人、株式投資に成功して財を築き、不労所得を得てサッサと若隠居アーリーリタイアを済ませてしまったのだ。

 まだまだ働き盛りの年齢だというのに。


 そればかりか“彼”には結婚願望も無ければ、子供を作って育てようという気概すらも無いのだ。これほど少子化による人手不足で荒廃している世の中だというのに。


 “彼”は抜け目のない狡猾な男であった。そして自分の置かれた立場が、他人から見てヒドく腹立たしいものであることを充分よくわきまえていた。

 だから、このことを他人に明かすことは決して無い。


 少子化によって、社会全体、そして何より天皇家が崩壊していくさまを前に、追いつめられた日本が打ち出した、起死回生をかけた一手。

 それが『神政復古の大号令シオクラシー・レストレーション』だった。

 …だが、あの奇想天外きそうてんがいな青い猫型ロボットは、実際のところ、無力だ。


 いくら()()()()()()()()()()()()()()()()()()されようとも、それは小型のロボット端末にすぎないのだ。


 たとえば冷蔵庫の中のペットボトル緑茶を取り出して、それをグラスに注ぎ、テーブルの上に置くといった、人間であればごく簡単な物理的作業すら、天皇陛下にはできない。


 せいぜい陛下にできることといえば、どこで働くのがより合理的なのかを人々に助言すること、懸命に働く人々を歌やダンスなどで応援すること、

 …そして、うち捨てられた老人たちに寄り添い、その最期を看取ること。

 その程度のものである。


 いずれにせよ、少子化と人手不足問題の根本的解決にはつながるまい。

 …少なくとも、今すぐには。


 先述のとおり、“彼”は生まれ育った祖国である日本に対してウラミなど持っていない。

 そして、滅びゆく祖国のことなど見向きもせずに、ただ私利私欲ばかりを追い求めて生きていくようなタフな悪漢にも、結局なることができなかった。


 …誰が言った言葉だったか、『人間は自分のためだけに生きて、自分のためだけに死ぬというほど強くはない』のだ。



「ねぇ彼女~!ヒマなら俺と一緒にカフェでおハナシしないかい?ゴハンおごってあげるよ~♪」

 背の高いスーツ姿の白人ナンパ師が“彼”に話しかけてきた。おかしな事だ。

 男が男にナンパするなんて?違う。


 なぜなら“彼”は、薄桜色の髪をした小柄な少女型アバターを身にまとっているからだ。

「なんだァ?てめぇ……」

 “彼”は凄んだ。見た目とは裏腹な、“重電子音まじりの男声ダースベイダー・ボイス”で。


 おかしいのは、このナンパ行為そのものである。

 A夢時代の日本はアバター技術が普及しており、誰でも自由自在に姿を変化させることができるのだ。周囲を見渡してみれば、大通りを行きかう人々のうち、少女型や獣人型などのカワイイ・アバターをまとう者が、ざっと6割から7割ほど。


 言うまでもなく少女型アバターの者が、中身まで少女である保証はないし、そればかりか女性である保証すらないのだ。

 獣人型アバターをまとう者の中身は、おそらくきっと獣や妖怪のたぐいではなく、ただの人間だろう。


 こんなアバター社会で、女性を狙ってナンパを行うのは著しく不合理だ。

 少女型アバターに話しかけても、中身は少女ではなく、むしろ成人男性おっさんである可能性のほうが高いだろう。


 “彼”は見当をつけた。

「さては、お前アメリカ人だろ?聞いたことがあるぜ、あっちではアバター技術に規制がかけられているらしいな?」


 アメリカの一部の州で施行されている「アイデンティティ保護法」という州法は、しばしば日本でも激しい議論のマトになっている。男は男、女は女、白人は白人、黒人は黒人。自分のアイデンティティと一致したアバターでなければ使用してはならないのだ。


 このナンパ師は、そんな社会からやって来た人間なのだろう。だからアバターと中身が一緒であるなどという思い込みが発生するのだ。

「俺に言わせれば、あんな不自由で差別的な法律はない。アイデンティティの本質を見誤っている。日本では、そんな規制など存在しない。悪いが、俺を見た目どおりの女だと思わないでくれ」


「へぇ、じゃあ君は男なのかい?」

「あ?」

 ナンパ師のぶしつけな質問に、“彼”はナンパ師をにらみつけた。


 夜の闇に染まった少女型アバターの瞳は赤く光り、それはまるで真夜中の赤信号のようだ。薄桜色の頭から生えたウサギ耳も陰影のなか、悪魔の2本角のようにも見える。


「…もうひとつ教えてやる。この国では、他人のバックグラウンドについてアレコレ詮索する行為は、マナー違反だ。俺が男か女か肌の色は何色か、今が昼か夜か…そんなことは、どうだっていい。俺は俺だ。この国では、それだけで充分なんだよ。よく覚えておけ」


 “彼”はダースベイダー・ボイスでまくしたてるが、ナンパ師はひるまず食い下がる。

「でも、せめて名前を聞くぐらいなら、マナー違反じゃないんだろう?…ああ!先に自分から名乗るべきだったか。私の名前は…」


 ナンパ師は胸ポケットから取り出したサングラスをかけて名乗った。

「…ヴィック・デッカード。CIAの捜査官だ。君にいろいろと話をうかがいたい。無縁幕府ショーグネイトのサムライ暗黒卿ダークロードさん」


 ヴィック・デッカードと名乗る男がサングラスをかけると、それはなんとまぁ、実に典型的なメン・イン・ブラックの姿である。

(ブルース・ブラザーズのやせてる方みてぇだな)と“彼”は思った。


 秘密結社無縁幕府ショーグネイト・オブ・イルレバンス

 不死帝の周囲を不気味に暗躍するサムライ・ハッカー達による秘密結社。その存在はすでに、世界中の情報機関が知るところとなっていた。


 “彼”は大きなため息をついた。

「またかよ…。次から次へと、どいつもこいつも遠路はるばる御苦労なことだ」

「私以外からもオファーが?」

 ヴィックの質問に、“彼”は小さくうなずいた。


「世界中から殺到している。一応だが、俺たちは秘密結社なんだぜ。万国博覧会を開催した覚えは無いんだがな…」

 そう言いながら“彼”はフトコロから紙きれを取り出して、ヴィックに手渡した。


「俺は末端にすぎない。取材受付なら、幹部級エグゼクティブサムライのゼアフォアがやっている」

 それは無縁幕府ショーグネイト岡京本部の連絡先が記されたメモだった。


「サンキュー!さっそくここを訪ねてみるよ!」

 そう言ってメモを受け取ると、ヴィックはキビスを返して立ち去ろうとして…ふたたび足を止めた。


「…ああ、そうだ。まだ君の名前を聞いていなかったね?」

「…チッ」

 ヴィックが振り返ってたずねると、“彼”は顔をしかめて小さな舌打ちをした。

 そして顎をなでながら、ゆっくりと周囲を見渡して、何かを探し始めた。


 やがて“彼”は視線の先、大通りの向かい側に、老舗の美容院『ヘアーサロン“カメリア”』を見つけた。

「カメリア…」

 ”彼“はつぶやくように店名を読み上げ、さらに辺りを見回す。


 反対側に『ベーカリーカフェ“マルベリー・フィールド”』があった。

 地元ではクロワッサンが美味と評判のオシャレなお店だ。

「…マルベリーフィールド」


 そして、“彼”はヴィック・デッカードに向かって名乗った。

「…俺の名前はカメリア・マルベリーフィールドだ」

 なんと!これはあからさまに、その場かぎりの使い捨ての名前である。


 “彼”はいつもそうだ。

 他人から名前をたずねられるたびに、即席でその場かぎりの名前を作って名乗る。

 そして、決して自分の本名を明かそうとはしないのだ。


 ヴィック・デッカードは一瞬だけ眉間を寄せたが、またすぐに笑顔を作った。

「君とおハナシできて良かったよ。また会おう!カメリア・マルベリーフィールドさん」

 そう言うとヴィックは、渡されたメモをふりながら去っていった。


 …ここまで“彼”の日本社会に関する説明に、おおむね嘘は無い。

 たしかに日本はアバター技術の規制がゆるく、誰でも自分のバックグラウンドから大きく乖離した姿になれる。男が女に、女が男になろうとも、誰もとがめる者はいない。

 そして逆に、他人のバックグラウンドについて、みだりに聞き出そうとする行為はマナー違反として、眉をひそめられる。


 だが、それらの点を踏まえてもなお、“彼”が決して実名を名乗らず、そればかりか固定されたハンドルネーム、あざなのたぐいさえ持とうとしないのは異様なことだった。

 たとえA夢時代の、アバター化された日本社会においてでさえも。


 それほどまでに、“彼”は徹底した匿名主義者アノニマス・カワードなのだ。

 しかし、これでは便宜上の問題がある。“彼”を主役とした物語、つまりこの小説を書くことが難しくなってしまうのだ。


 ひとまずは、“彼”のことをカメリア・マルベリーフィールド…

 いや、長いので、日本語に訳して『桑畑椿くわばたけ・つばき』という仮の名をつけて呼ぶことにしようと思う。


 …抜け目なく狡猾な人間というのは、99パーセントまでは真実を正直に話し、残りの1パーセントだけで嘘をつくものだ。

 桑畑椿(仮)と別れたあと、ヴィック・デッカードは、歩きながら“彼”から手渡されたメモを見つめ、一人つぶやいた


「『俺は末端にすぎない』…かね?」


 いつの間にか巨大モニターの『復讐鬼ONI』は終了し、別の映像に切り替わっていた。

 明るい陽光の中、菜の花畑を走り回って、はしゃぐ子供たち。

 ヴィック・デッカードが去った後も、しばらく桑畑椿(仮)はその幸せそうな映像をぼんやりとながめていた。


 やがて、飲み干した無糖ブラックコーヒーの空き缶を回収BOXへと捨てた。「カラン」と小さな音が鳴った。

 そして“名無しの暗黒武士アンノウン・ダーク・サムライ”、桑畑椿(仮)はふたたび、真昼の青空の下に広がる、真夜中の闇のトバリへと消えていった。


 繁華街の大通り前では、まるで人々の喧騒を縫うかのように、耳に残る奇妙な電子アラーム音が鳴り響いていた。


 カッコー、カカコー、カッコー、カカコー、カッコー……


 ――――――――――


『あなたは鞘のない刀みたいだし、よく斬れます。でも本当にいい斬れる刀は鞘に入っているものですよ』

 椿三十郎より


 アノニマスは電気羊飼いへの武士道を貫くか? 第1話 真昼の光は嘘をつく 完


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