プロローグ『性欲異常者』
天皇陛下とセックスできると聞いて我慢できずに駆けつけた性欲異常者たちが、ついにゲートを突き破って皇居へと殺到した!
「「「「「「ウオオオオオオーッ!!!」」」」」」
先頭をひた走る一人の男が、ひときわ大きな声でなにやら叫んでいる。
「静かにせい!話を聞け!一匹の男が命をかけて諸君に訴えているんだぞ!!」
あとに続く他の男たちも、おのおの訳の分からないことをわめき散らしており、まるで要領を得ない。
「天皇を犯すってことか!?」「天皇のケツを掘るのかっ」「俺はヤれる!!俺は天皇を強姦した初めての男になる」「どけ、バカヤロー、一番は俺だ」
く、狂っている…!!
――――――――――
…皇居の屋上、一人のサムライがフェンスに頬杖をつき、遠くの景色をながめている。
彼は天皇陛下を護衛する役割があるはずなのに、階下の騒ぎのことなど、まるで意に介していないかのようだ。
屋上から見える景色は美しい。晴れわたる青い空。瀬戸内海は陽の光を浴びてキラキラと輝いている。そして、その上にそびえたつ巨大な、あまりに巨大な瀬戸大橋。海の果てまでも続いているかのようだ。サムライはその向こう側をぼんやりとながめる。
さわやかな風が、彼の薄桜色の長い髪をなびかせる。サムライは大きなアクビをした。
そして、背後に座っている天皇陛下に対して、とんでもない爆弾発言をした。
「アー…もう面倒くせぇなぁ。別にいいじゃねぇかよ、セックスしてやったら。どうせ減るもんじゃなし」
「ヒドイ!それは聞き捨てなりません!武士道にもとる発言ですぞ!師匠!!」
天皇陛下が何か言うより先に、彼を師匠とあおぐ、もう一人の若いサムライが口をさしはさんだ。
「サムライってのは本来、ミカド(脚注:「天皇」のこと)を護るためにつくられた役職でございましょう?!」
「そんなこと言ったってよう、どうせ…」
薄桜色の髪のサムライは顎をなでながら振りかえり、背後で香箱座りをしている天皇陛下を忌々しげにあおぎ見た。
…つまり、その、青い猫型ロボットを。
「…ロボットじゃねぇかよ、コイツ」
天皇陛下はようやく口を開いた。
「朕はロボットであるがゆえ、穴も無ければ棒も無いのニャン♪」
「ウワッハッハ!」
「ウワッハッハじゃないですよ、師匠!マジメにやってくださいよー!」
「これがマジメにやってられるかよ。なんだよアイツら!ロボットなんぞに欲情しやがって、頭がおかしいんだよ!」
「それは…そうですが。まったくその通りなんですが…」
「みんなドスケベニャンねぇ♡でも朕は朕でありながら、オチンチンがついて無…ギニャーッ!」
薄桜色の髪のサムライは両手で天皇陛下の首をしめあげた。
「すざけんあ(脚注:「ふざけんな」を言い間違えたもの)!このクソキャットー!余計な仕事を増やしやがって!すべてお前のせいだ!」
「ギニャーッ!」
「師匠!もうちょっと忠義心を持ってくださいよーッ!」
「コノヤロー!ケツみてぇな口しやがってバカヤローコノヤロー!」
「ギニャーッ!」
「師匠ーッ!」
――――――――――
…時をさかのぼること、およそ1年前。
皇室へと招聘された魔術師たちは、魔法陣を取り囲み、魔導書に記された奇跡の呪文を唱え続けていた。
「「「「「天賦人権∧王権神授…∧天人合一∧三位一体……!!」」」」」
魔術師たちは皆、滝のように汗をかいている。極度に精神を集中させているのだ。
「「「「「…∴新世界秩序!!!!!」」」」」
∴∵∵∵∴ ∴∵∵∵ ∵∴∴∴ ∴∵∵ ∴∴∵∴∵……魔法陣が光り輝く!
先帝…年老いた最後の人間天皇は、指先から一滴の血を赤褐色の盃へと垂らした。
生まれたばかりの現機神…青緑色をした小さな子猫は、奉納された盃の血をペロリと舐めて、「ミィ」と鳴いた。
日本中が、世界中が、この様子をカタズを呑んで見守っていた。
『口寄の儀』。
それは日本の歴史を大きく塗りかえる、信じがたいほど驚くべき儀式だった。
『君が代』のファンファーレが鳴り響く。
きみがよは ちよにやちよに
さざれいしの いわおとなりて
こけのむすまで
かくして、“不死身の超知性天皇”
眠猫天皇晴仁が地上へと降誕した。
――――――――――
…「ウオーッ!」「ギニャーッ!」「師匠ーッ!」「ウオーッ!」「ギニャーッ!」「師匠ーッ!」
晴れわたる青空の下、ミカドと二人のサムライはあいかわらず内輪もめを続けている。
そこへ、とうとう性欲をもてあました全裸中年男性たちの軍勢が、なだれをうって目の前まで押し寄せてきた!
「「「「「「ウオオオオオオーッ!!!」」」」」」
…ここで、ようやく二人のサムライは押し寄せる暴徒たちの方へと向きあった。
「クズカスどもがァー!」
薄桜色の髪のサムライは天皇陛下を雑に投げ捨てると、腰に差している青龍刀のように幅広のダンビラ・ビーム刀を抜き放った。ビーム刀が赤紫色の光を放つ!
「あーらら…」
一方、若いサムライのほうは苦笑して肩をすくめるジェスチャーをした。そして抜刀術の構えをとった。
「ウオーッ!」
二人のサムライがカタナをふるうと、マゼンタとオレンジの閃光!そしてすさまじい衝撃波が巻き起こり、性欲異常者たちの群れを四方八方に吹き飛ばした!
「「「「「「ウワーッ!!!」」」」」」
…そんな地上の喧騒など、まるでつゆ知らずのように、空は雲ひとつない爽やかな快晴が広がり、太陽はあたたかな日差しをそそいでいる。
どこかから、小鳥のさえずりのような電子アラーム音が聞こえてきた。
ピヨ、ピヨピヨ、ピヨ、ピヨピヨ、ピヨ……
ここは「岡京」。不死帝の降誕と遷都によって生まれた日本の新首都だ。
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『王を失った国民とは、牧夫を失った羊たちのようである』
古代メソポタミア文明、ウル第三王朝、碑文より