第27話:アニモラからの旅立ち
「……まだか! まだ《地砕き》は帰らないのか!?」
ゾロアスト家の私室で、ゼニルの怒号が空しく響く。
件の魔法使いを暗殺するために送り込んだ《地砕き》を待つゼニルだったが、陽が暮れても未だに戻らない彼に腹を立てて立ち上がる。
「まさか、宝具だけ奪って逃走を……? いや、そのためにうちの騎士をつけたんだ。仮にそうなったとしても、精鋭の二〇人もいるんだ。後れを取るわけがない……!」
ではなぜ帰ってこないのか。まさか件の魔法使いにまた敗れたとでもいうのか……?
「……あの役立たずがぁ!!」
そこまで考えたゼニルは、一度大きく深呼吸すると、机に乗せてあった書類や筆記用具、調度品の数々を薙ぎ払った。
衝突音や破砕音が響く中、ゼーハーと息を荒げて拳を握りしめる。
「宝具まで使って魔法使い相手に負けた、なんて言ってみろ……その首、僕自らが撥ねてやる……!」
「悪いけど、そんな機会はもうないわよ」
「っ!? 誰だ!?」
一人怒りを顕わにしていたゼニルだったが、不意に部屋の外からの声に顔を上げて後ずさる。
やがて、ゼニルの私室の扉が開き、複数の騎士たちがなだれ込んでくる。いったい何なんだと、その騎士たちの肩を見てみれば、そこに描かれていたのは植物が巻き付いた杖の紋章。
「その紋章……マギカスタ!? ということは……」
「そうよ、私よ」
マギカスタの騎士たちに続いて部屋へと足を踏み入れたのは、マギカスタ家の一人娘であるリーゼイン・アニモラ・マギカスタだった。彼女の姿を目にしたゼニルは、無意識に一歩後ずさる。
「お、驚いたな……連絡もなく突然訪問してくるなんて。そんなに僕に会いたかったのかな?」
「どこの世界に、あんたなんかに好き好んで会いに行く馬鹿がいるのよ。本当なら、顔だって見たくないくらいだけど……あんたに用事があったから、仕方なく来ただけよ」
リーゼインの物言いにゼニルは更に腹を立てるが、それを表に出すことはなく「そ、そうかい……」と顔を引きつらせながら苦笑交じりにため息を吐いた。
「それで? いったい僕に何の用があるというのかな? こんなに君のところの騎士を引き連れてこの部屋になだれ込んでくるなんて、少し物騒じゃないかな? ゾロアスト家の次期当主として、この件は正式に抗議させてもらうよ」
君の無茶苦茶な行動には呆れたよ、とリーゼインに対して見下すような視線を向ける。だがそれに対して、リーゼインは何故か勝ち誇ったような笑みを浮かべると、「そんなのは無用よ!」と胸を張った。
「ゼニル・ゾロアスト! あんたの悪行もここまでよ! うちの宝具を盗んだことといい、《地砕き》に協力していたことといい……!! 大人しくお縄に付きなさい!!」
「なんだって……?」
リーゼインの言葉に、一瞬何を言われたのかが理解できなかったゼニル。何故そのことがバレたのかと思考するが、その答えを導くよりも前に、フッと笑って余裕の笑みを浮かべた。
「おいおいリーゼイン……君、まさか僕が犯人とでもいうつもりなのかな? 言いがかりも甚だしい! 君の無茶苦茶ぶりには元々呆れていたが、もっと呆れさせられたよ!」
「フンッ! 勝手に言ってなさい! しらばっくれても無駄よ! なにせ、その証拠だってあるんだから!」
連れてきなさい! とリーゼインが指示を出せば、レオナを筆頭にした騎士たちが覆面の男たちを引き連れて入ってきた。
彼らの姿を目にしたゼニルは目を見開く。
「な、なっ……!?」
「身元を調べたら、全員ゾロアスト家の騎士だったわ。あんたのところの宝具、《復讐の凶刃》を持ってた《地砕き》も捕らえてある」
「だ、だから何だ!? それが僕を捕らえるという理由にはならないだろ!?」
「馬鹿ね。《地砕き》を尋問していたあんたが宝具を貸し出して、おまけにゾロアストの騎士が《地砕き》と行動を共にしていたことは確認済みよ! あんたと《地砕き》で共謀して、うちの宝具を、精霊を奪うつもりだったわね!?」
絶対に許さないんだから……! と今度はリーゼインが怒りを顕わにして憤る。そんな主人をレオナが宥める中、追い込まれたゼニルは言葉を詰まらせながら顔を引きつらせると、ゆっくりと後ろへと下がっていった。
そして、立てかけてあった剣へと手を伸ばし――
「【浮かして崩せ】! 【浮崩】!」
「グァッ!?」
直後、突然足元で巻き上がった風によって体勢を崩すと、剣とともにその場で転倒した。
「リ、リーゼイン……! 貴様……!!」
「フンッ! 私だって魔法使いなのよ! 捕らえなさい! あんたとの結婚話も無しよ! 無し!」
リーゼインを睨みつけるゼニルだったが、やがてマギカスタの騎士たちによって連行されていく。
こうしてゼニルが捕らえられたことにより、事件は収束へと向かうのだった。
◇
「感謝する、コンゴーくん。おかげで無事、すべてが片付いた」
「いやまぁ、俺ってフォルゲリオ倒しただけで、その他のことは全部やってもらいましたし……」
「フフ……謙遜だな。それが一番難しかったんだ。君がいてくれて、君がこの街に来てくれて、本当に良かった」
それから数日。ゾロアスト家の件や宝具のことなどの諸々の面倒事を片付けた後の事。
アニモラを出て旅に出る、という話をしたところレオナさんとリーゼインさんの二人がその見送りに来てくれていた。
「それにしても……いいんですか? ヨモギ……マギカスタの精霊との契約をしたままで」
「もういいわよ、別に。それに、いつかはちゃんと返しに来てくれるんでしょ?」
「そりゃまぁ……帰る前にはまたアニモラに戻って返すつもりですよ。ヨモギも、しぶしぶ納得はしてくれたので」
なぁヨモギ、と念話で語り掛ければ、門所から飛びだして不服そうキュウと鳴くヨモギ。そんなヨモギの様子を見て、深くため息を吐いたリーゼインさんは「まだ認められていないのね、私って」と苦笑していた。
そもそもの話、別に俺は死んでこの世界に来たわけではない。気づけばいつの間にかこの世界に来ていただけであるため、元の世界に帰る為の方法がどこかにあるんじゃないかと考えている。
だから、最終的には元の世界に帰るつもりだ。その時にはヨモギを連れて帰ることはできない。そもそもヨモギは、マギカスタの精霊。帰るときには、またこの街に戻って宝具と一緒に返すんだ。
内側のポケットに大切にしまった《風宝石の首飾り》を服の上から軽く撫で、改めてリーゼインさんに感謝を告げる。
「だ、だからもういいって言ってるでしょ。あと、あんた!」
『キュ?』
「そう、あんたよ! 見てなさい! 次に会うときには、あんたから契約して下さいって言いたくなる魔法使いになってやるんだから!」
『キュフフフフ!』
「やってみろ小娘、だそうです」
「なぁ~んですってぇ~!?」
小さな両手で口を押さえて笑うヨモギと、そんなヨモギの態度に口が悪くなるリーゼインさん。ヨモギが見えていないレオナさんは、何が起きているのかよくわかっていないらしく、リーゼインさんの隣であたふたと慌てていたが、途中でそれも諦め「そういえば」と俺に視線を向けた。
「コンゴーくんは、アニモラを出た後はどこに向かうつもりなんだ? 馬車くらいなら用意できるが……」
「別に必要ありませんよ! ヨモギがいるのなら、どこへだって空を飛んでいけますからね! で、目的地ですけど……王都にでも行こうかと。国の都市ですし、冒険者としての依頼も豊富。資金稼ぎも、名声を得るのにも好都合ですからね!」
「ああ、それはたしかにそうだな」
納得して頷くレオナさん。しかし、「名声?」と今までヨモギと睨み合っていたリーゼインさんが疑問の声をあげた。
そんな彼女に対して、俺は「はい」と頷いた。
「名声って……あんた有名にでもなりたいの?」
「それもありますけど、一番の目的はそうじゃないですよ」
「そう? なら、あなたの目的、聞いてもいいかしら?」
そんな疑問に、俺はヨモギと目を合わせて笑みを浮かべて答える。
「そんなの決まってますよ。俺が魔法使いとして有名になれば、また魔法使いに憧れる子が増えるかもしれない。魔法が好きな者として、それはとても嬉しいことですから!」
「……え、それだけ?」
「ん? はい、それだけですけど?」
ポカンとしたリーゼインさんは、俺の答えを聞いて深くため息を吐いた。
そんなにため息ばかりだと幸せが逃げていきそうなものだが、顔を上げて俺を見るその顔は、今までで一番優し気な笑みを浮かべていた。
そして「そう」と一言だけ呟いた。
「なら、あなたの名前がアニモラまで届くこと、楽しみにして待ってるわ。諦めるんじゃないわよ!」
「もちろん! 魔法使いとして名を馳せるまで、帰りませんよ!」
無言でリーゼインさんから差し出された手を握り返し、礼と共にアニモラを後にする。
こちらに手を振ってくれるリーゼインさんとレオナさんに手を振り返しながら道を進み、見えなくなったところで手を降ろした。
「……さて、ヨモギ。これから王都まで、楽しい二人の空の旅だ! 行こうぜ!」
『キュッ!』
【飛翔】を使い、一気に天まで飛び上がれば、背後には今までお世話になったアニモラの街が見える。
もう一度アニモラへと振り返った俺は、「お世話になりました!」と礼をして、異世界で初めて訪れた街から飛び立つのだった。
『魔法舐めんなファンタジー!~拝啓、元の世界。異世界では魔法使いが不遇扱いなので、ちょっと名を馳せてから帰ります!~』をここまでお読みいただき、ありがとうございました!
一旦物語はここでおしまい。
また続きができれば投稿しようと思います。




