第23話:アニモラの街を出て
既に時刻は夕方を過ぎ、アニモラの街はすっかり夜の闇に包まれてしまっていた。俺が寝泊まりする宿まで送ってくれるらしく、今は馬車に揺られて屋敷からの帰路に着いていた。
御者はマギカスタ騎士団の騎士のおじさんが務めてくれている。
「つ、疲れた……」
馬車の中には俺一人。行きはリーゼインさんとレオナさんを含めた三人であったため少々手狭だったのだが、一人だとそれなりに広く感じられる。
行儀が悪いとは思うが、二人用の席にゴロリと寝転がった。だが、ガタゴトと揺れる馬車の振動が直接頭に響いたため、すぐに飛び起きてため息を吐く。
なんだろう、余計に疲れた。
先ほどまで頭を使っていたから、というのもあるのだろう。異世界で魔法使いになったのはいいものの、まさかミステリーみたいに頭を使うことになるとは思わなかった。
こんな、いやこれ以上の頭脳労働を常日頃からやっている名探偵とは、いったいどんな頭をしているのだろうか。やはり、俺には頭脳労働は向いていないような気がする。名探偵コンゴーは、これから先活躍することはないだろう。
探偵帽子を被り虫眼鏡片手に事件捜査している俺を想像していると、なんじゃそりゃと言いたげなヨモギの鳴き声が脳内で響いた。ヨモギ曰く、どうやらあまりにあっている格好ではないらしい。
いいだろ、想像するくらい。
「……しっかし、うまくいくのかねぇ」
すぐにでもマギカスタ家の内通者とやらを捕まえるのかと思っていたが、どうやらそっちは放置しておくらしい。
捕まえたところで、きっとトカゲの尻尾のように切り捨てられる。であるならば、その内通者を逆に利用してやろう、というのがレオナさんの考えだった。
どのような形で内情が伝わっているのかわからないが、屋敷内の公の場で情報を流してやれば、きっとゾロアスト家が動くはず……とのこと。
「ていうことで受けた依頼だけども……果たしてどうなる事やら」
レオナさんやリーゼインさん曰く、魔法使いが契約した妖精および精霊と契約を解除する方法は二つ。
一つは、魔法使い本人と妖精・精霊の両者が契約の破棄に同意すること。
そしてもう一つは、魔法使い本人が死ぬこと。この二つだ。俺の場合、俺本人が破棄することを認めても、ヨモギが同意していないため契約を解除することができない。
だからといって、俺を殺そうとしてこないだけリーゼインさんたちは理性的だと言えるだろう。貴族の……それこそ、精霊の力を必要としている彼女らであれば、どこの馬の骨とも知れない魔法使いの冒険者の事なんて考えず、さっさと殺してヨモギを確保することだってできたはずだ。
「ヤベー貴族……じゃなかったってわかったんだ。それだけで、今日は価値があっただろうさ」
『キュ』
「お前も、いい家にいたんだなぁ。それでも戻るつもりってないのか?」
『キュ~』
「……そうか、ありがとうなヨモギ。俺も見限られないよう、魔法使いとして頑張るよ」
馬車に揺られる中、左手の紋章から顔を出したヨモギと拳を突き合わせる。
そんな中、御者のおじさんから宿に着いたと声をかけられた。馬車から飛び降り、マギカスタの屋敷へと去っていくのを見送った俺は、ロン爺に何があったのかと心配されながら部屋へと戻る。
部屋に入って早々に、俺は《風宝石の首飾り》と呼ばれていたマギカスタ家の宝具を元の位置に戻した。帰りの際、リーゼインさんさんから持っておくように言われたのだ。
曰く、空っぽの宝具ではもっていても意味がないこと。そして、その中身であったヨモギは俺のところにいるから、とのこと。
「囮作戦、ね」
もしも俺が精霊と契約していることが相手側に伝わっているのなら、一人で行動していればその相手が尻尾を出してくる可能性がある。
レオナさんの予想では、相手が真に求めているのはマギカスタの精霊とのこと。故にその精霊を確保するには、まず俺との契約を解除しなければならないため、何かしらの手段で襲ってくるはず。
だからこそ、敢えて俺が一人で行動するのだ。数日後、ギルドの依頼としてレオナさんが出す依頼を受けるのもその囮作戦のためだ。事前にレオナさんを含めたマギカスタ騎士団の人たちが依頼の場所で待機してくれるため、総出で返り討ちにして捕まえる。
これがうまくいけば、ただ内通者を捕まえる以上の成果が得られる可能性が高い。レオナさんには、今回の一件の犯人――レオナさんの予想では、あのゼニルという男――を捕らえるため、俺を囮にしてしまうことを本気で謝られた。何なら、作戦がうまくいくいかないに関わらず、できることであれば何でも協力してくれるとのこと。
一瞬邪な考えが思い浮かんだが、レオナさんの横でものすごい視線を向けて生きたリーゼインさんと、脳内ヨモギのクズ野郎という声に礼と金銭だけを受け取ることにしたのだった。
まぁ、それはともかくだ。
「どんな手段で襲ってくるかはわからないが……まぁ、今度もなんとかなるだろうし、なんとかしようじゃねぇか。な、ヨモギ」
『キュ!』
飛び出してきたヨモギが俺の周囲をくるくると駆けまわり、そして最後にはピョンッと飛んで頭の上に乗っかった。
そして、ゆらゆらと目の前で揺れる柔らかそうな尻尾をしばらく堪能した俺は、その後ヨモギを抱えてゴロリとベッドに寝転んだのだった。
◇
数日後。俺は予定通りにギルドへと赴き、そして用意されていた依頼を手に取ってミレノさんの下へと持っていった。
彼女には今回のことを伝えていないため、「またマギカスタ家からの指名依頼ですね!」と喜ばれてしまった。
マギカスタはこの街を治めている魔法使いの貴族だ。この時代において落ち目などと呼ばれてはいるが、それでも貴族であることに変わりはない。
そんな貴族と、ただの冒険者でしかない俺が縁を持ったことは、当然ながらいいことなのだろう。
「あ、それとコンゴーさん! この依頼が達成されたら、九級への昇格が確定ですよ! 頑張ってくださいね!」
「お……おお! それは嬉しいですね!」
胸の前で「ムンッ」と両手の拳を握るミレノさんの姿に元気をもらいながらギルドを出る。
向かうのはアニモラから少し離れた森だ。近くには、俺が初めてこの世界に来た時に捕まった、あの山賊団のアジトだった洞窟もある場所だ。
「……さて、行こうか。ヨモギ」
『キュウ』
一度大きく深呼吸をし、あの日俺が通ってきた門へと向かう。
作戦がうまくいくことを願いながら、俺とヨモギはアニモラの街を出発するのだった。
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