第22話:諦めの悪いゾロアスト
「くそっ! 落ち目のマギカスタめぇ……! よくもこの僕を虚仮にしてくれたなぁ……!」
マギカスタ家の屋敷からアダマーの街へと帰還したゼニルは、自室の席へ乱暴に腰を落とすと、マギカスタの屋敷での一件を思い出して悪態をついていた。
表向きにはフォルゲリオを尋問中であるゼニルであったが、マギカスタ内の内通者からマギカスタ騎士団に動きがあったという報告があり、再びアニモラの街へと足を運んでいたのだった。
なお、内通者はマギカスタ家のメイドである。落ち目であるマギカスタ家では今後が心配だという者を、将来的にはゾロアスト家で雇うことを約束して協力させている。
まぁもちろんのことではあるが、ゼニルはマギカスタの宝具を盗んだ犯人として斬り捨てるつもりであった。
「だが……クククッ、やっと見つけたぞ。まさか冒険者、それも魔法使いの平民が僕の宝具を盗んでいたなんてね」
そんな捨て駒同然のメイドから、屋敷を出る際に受け取ったメモに目を通すゼニル。書かれていたのは、マギカスタ騎士団の団長であるレオナが屋敷へと連れてきた人物について。
内容によれば、つい最近アニモラへとやって来て冒険者として登録した一〇級の魔法使いであり、黒髪の青年だという。
「黒髪……なるほど。やはり、《地砕き》が貴族かどうか聞きに来た奴で間違いなさそうだな」
あの日、フォルゲリオが捉えていたという貴族のような風貌の若い男。その人物と特徴が一致することから、まず間違いないだろうと判断したゼニルは、腹立たしそうに舌打ちし、己の拳を机に落とす。
ドンッ、という音とともに、融合者であるゼニルの膂力に耐え切れなかった机の一部が破壊された。
「なにが《地砕き》だ。たいそうな名前の割に、一〇級程度の魔法使いに負けるとは……恥知らずめ」
「恥知らずで悪かったなぁ、お貴族様よ」
「っ!? 入室時にはノックをするよう、ヤニスーイで学ばなかったのか貴様は!?」
「なに、悪口が聞こえたもんでな。つい驚かせたくなっちまったんだわ」
くつくつと小さく笑いながら部屋へと足を踏み入れるフォルゲリオだったが、その直後、たったの一歩で加速し跳躍と共にゼニルの背後へと回る。
そんなフォルゲリオの突然の行動に驚愕で一瞬動けなかったゼニルは、容易くその首過ぎに手刀を突きつけられてしまった。
「貴様……どういうつもりだ……!?」
「なに、てめぇ程度の首なんて簡単に取れることを証明したまでだ。今は依頼者で、前払いの額も気前が良かったからこそ、成功報酬にも期待して手を出してねぇがよ……あんまり調子に乗ってると、すぐその首が飛ぶぞ? あ?」
トントン、とゼニルの首筋に手を押し当てるフォルゲリオ。手が触れる度に心臓が縮こまりそうになるゼニルは、何も言えず悔しそうに黙り込む。
その姿に満足したフォルゲリオは、フンと見下すような視線をゼニルに向けてその場を離れると、部屋のソファーへ無遠慮に腰を落とした。
「で? 例の魔法使いが見つかったのか?」
「……ああ、そうだ。今はマギカスタの屋敷にいる」
「ハッ、あれだけ落ち目落ち目とバカにしていた家の騎士団に先を越されたってわけか」
「っ!? 貴様……! 誰のせいでこんな余計な手間がかかっていると……!! 自分の失敗を棚に上げて、この僕を馬鹿にするとはいい度胸だなぁ……!?」
「脅されてもまだそれだけ吠えられるところは、評価してるんだぜ?」
ニヤリと笑ってソファーでくつろぐフォルゲリオを睨みつけたゼニルは、「そんなくだらん評価はいらないっ!」と机をたたきながら不機嫌そうに手元のメモを放り投げる。
依頼人の癇癪に飽きれた目を向けながら、フォルゲリオはゼニルが放り投げたメモをソファーから立ち上がって拾い上げた。
そして彼の盗賊団が確保していた件の人物……コンゴーの情報に粗方目を通すと、ニヤリと笑ってゼニルに話しかけた。
「だいたい、前にも言っただろうがよぉ。そのコンゴーとかいう奴が、お貴族様のあんたが欲してた精霊と契約してるってよ」
「また下らんことを……マギカスタの精霊は、マギカスタの血筋、あるいは配偶者しか契約ができないと、何度言えばわかるんだ。一〇級の魔法使いでしかないマギカスタと無関係の男が、マギカスタの精霊と契約ができるわけがないだろう」
「例外ってのは常に考えるもんだぜ。それにその理屈じゃ、俺より弱いあんたは、一〇級の魔法使いにも劣る実力ってことになるが?」
「っ……! 貴様、そうまでしてこの僕を怒らせたいのか……!?」
怒りをあらわにして椅子から立ち上がったゼニルは、先ほど脅されたことが頭から抜け落ちているのか、すぐ傍に立てかけてあった剣を手に取った。
だがそんな彼の行動に対して、「まぁ聞けや」とフォルゲリオはソファーへと戻って横になった。
「この際、例の魔法使いがマギカスタの精霊と契約しているかどうかはどうでもいい。問題は、あの魔法使いが契約しているのはまず間違いなく力ある妖精、あるいは精霊ってこった。でなきゃ、油断してたとは言え俺が負けることはあり得ねぇ」
「無様に負けた奴が、何を偉そうに……それで?」
「魔法使いが死ねば、依り代を失った妖精が出てくるんだろ? なら奴を殺して妖精捕獲機を使えば、その妖精が手に入るってわけだ」
妖精捕獲機……魔法使いの時代を終わらせた原因にして、今の時代の主流である融合者を生み出すための装置であり、設置しておくだけで、妖精捕獲機に入り込んだ妖精を捕獲できる道具だ。
この道具のおかげで妖精を見る資質がなくとも、捕獲した妖精を取り込めば融合者になれるのだが、フォルゲリオはその妖精を捕らえるという機能を使うつもりであった。
「貴様のやろうとしていることがよくわからないな……仮にそれをやったとして、この僕にどんな利点があるんだ」
「もしマギカスタの精霊と契約しているなら、全部丸っと解決だろ。あんたが狙う精霊は手に入るし、わざわざマギカスタを支援してまで縁を持つ必要もなくなる。そうでなくとも、精霊ないしそれに準ずる妖精の力が手に入るだろ?」
「ふむ……たしかに利点だな。だが、件の魔法使いが精霊と契約しているとしてだ。また返り討ちにでもなれば目も当てられないぞ? また負けられれば話にならないからな」
まるでやり返すような物言いで笑って見せるゼニル。しかしフォルゲリオはそんなゼニルの挑発に乗ることなく、「それはそうだ」と頷いていた。
「そこで相談だ、お貴族様よ。俺が勝つために、ちょいと協力してくれよ」
「どういうことだ?」
「今のままじゃ、また同じ結果になるかもしれないと心配してるんだろ? ならよぉ、俺に貸してくれねぇか? あの地下にある、ゾロアスト家の宝具ってやつをよ。ありゃすげぇぜ? 手に持っただけで、相当な力が込められてるのがわかる」
「なっ!? 貴様、どこでそれを……!?」
驚愕と共に席から立ち上がったゼニルは、不敵な笑みを浮かべているフォルゲリオを睨みつけた。
ゾロアスト家の宝具。それはマギカスタ家の《風宝石の首飾り》のように、ゾロアストの血筋の者が代々受け継いできた武器であった。
「なに、牢屋に入っている間暇だったんでな。暇潰しついでに、抜け出して色々見て回った時に偶然な」
「くっ……! 見張りの騎士どもは役立たずか!」
既に何度目なのか。この短時間で、頭の血管が何本切れたのかも想像の付かないゼニルの怒りに、飄々とした態度で返すフォルゲリオ。
そんな彼の態度にまたしても怒鳴り散らしそうになるゼニルだったが、いかんいかんと首を振って無理やり心を落ち着かせる。
魔法使いと精霊がお互いに合意して契約を解除するか、あるいは魔法使い側が死ぬことでしか精霊との契約が解除されることはない。もしもフォルゲリオの言う通りであったなら、その魔法使いを殺すことでしかマギカスタの精霊を手に入れる手段はないわけだ。
そしてゼニル自身の予想通り、その魔法使いがマギカスタの精霊とは何の関係もなかった場合。この場合は、寝転がっている《地砕き》を圧倒する妖精……あるいはマギカスタとは別の精霊が手に入ることになる。
もともと《風宝石の首飾り》を盗ませたのは、これを取り返すことで現当主ゼファン・アニモラ・マギカスタからの信用を得ることで、よりマギカスタの娘との結婚を確定的にするためのマッチポンプ。
前者であれば、あんなガサツで品の欠片もない女と結婚する必要がなくなるうえに、わざわざ落ち目の家を助ける必要がなくなる。後者であれば、元々の予定通りに事が進むだけだ。
だがしかし……と、ゾロアストの宝具の話を持ち出されて渋るゼニル。そんなものを襲撃で使えば、ゾロアスト家の関与を疑われることは明白だ。おいそれと許可を出すことなんて、できるわけがない。
そんな折、何者かが部屋をノックする音が響いた。
入室するようにゼニルが促せば、入ってきたのはゾロアスト家の騎士団の騎士。彼はソファーでくつろぐフォルゲリオに怪訝な目を向けた後、先ほど届けられたという手紙をゼニルに渡して部屋を出て行った。
その内容に目を通したゼニルは、大きなため息を吐くとともに「おい、《地砕き》」とフォルゲリオを呼んだ。
「なんだ?」
「貴様の案、乗ってやる。どうやら件の魔法使い、数日後に魔物討伐の依頼で街を出るらしい」
手にしていた手紙を持ってフォルゲリオの下まで歩み寄ったゼニルは、ソファーの前のテーブルにその手紙を置いた。
奪い取るようにしてその中身を確認したフォルゲリオ。手紙はマギカスタ家の内通者からのものらしい。
「へぇ?」
「一人なら都合がいい。宝具も貸してやる。ただし、そのまま持ち逃げなどできないよう、うちの騎士団も変装させて派遣してやる」
「戦力として数えても?」
「ふんっ、貴様一人では無理なら構わん。確実に殺して来い」
わかったな、と強い口調でフォルゲリオに凄むゼニル。そんな彼の言葉に、「へいへい」と頷きながら、フォルゲリオは部屋を出ていくのだった。
◇
「まぁ間違いなく罠だわな」
ゼニルの部屋を出たフォルゲリオは、ゾロアスト家の地下へと向かう道すがらでそう呟いた。
このタイミングで、わざわざ一人になることはないだろう。もしもフォルゲリオ自身が予想している通り、あの魔法使いがマギカスタの精霊と契約しているのならなおさらだ。
だが、それをわかったうえでフォルゲリオはゼニルには伝えなかった。
「次は殺す。そう決めてんだよ」
今度こそ、確実に殺す。《地砕き》と恐れられていた彼を、舐めた態度と共に叩き伏せたあの魔法使いを殺す。そのために、あの頭の弱いお貴族様をその気にさせて、宝具のを貸し出してもらうことに成功したのだ。
ゾロアストがどうだの、マギカスタがこうだの、そんなことは彼にとってどうでもよかった。
ただただ、あの魔法使いをこの手で殺すために。
「武器の試し斬りは……さっき気に入らねぇ目を向けてきた騎士にすっか」
ゲヒャヒャとあくどい笑みと共に地下へと降り、そして宝具を手にしたフォルゲリオ。
その日、ゾロアストの屋敷内に、一人の騎士の断末魔が響き渡るのだった。
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