第20話:いやがらせ
「やあ、リーゼイン。客である僕を待たせるなんて……ずいぶんと悠長じゃないか。何か優先すべき事情でもあったのかな? ん?」
「……別にそういうわけじゃないわよ。それよりあんたの方こそどうなってるのよ? 《地砕き》の尋問、進んでるんでしょうね?」
「ふーん……まぁ、いいだろう。尋問については至って順調さ。大きな手掛かりも掴んだからね」
これも僕が優秀なおかげさ、と格好つけて前髪を払う金髪の青年。名前はゼニル・ゾロアストというらしい。
そんな彼の仕草にリーゼインさんはうげぇ、と顔を顰める。しかし、それも一瞬のことで、彼がリーゼインさんへと視線を向けた時には先ほどと同じ不機嫌そうな顔に戻っていた。
戻してもそれなのはどうなのかと思うが、もしや彼女にとってはあの顔がデフォルトなのだろうか?
(ヨモギ、もうちょっと隠れながら覗いてくれ。彼には見えていないだろうが、リーゼインさんにはヨモギの姿が見えるからな。バレないよう、慎重にな)
(キュ)
念話でヨモギに指示を出せば、視界が扉の影に動くようにずれる。
現在、俺は一人別室にてリーゼインさんと訪ねてきた客人の様子を覗き見ている真っ最中だった。ただ、俺本人が覗き見しているわけではない。
残念なことに、訪ねてきた客人とのやり取りは俺が招かれた部屋とは別室で行われている。ここで大人しく待っていてくれと、そうレオナさんに言われてしまっては仕方ないだろう。ただ、待っているように言われただけで覗き見を断られたわけではない。
訪ねてきたという客人の名前からして、おそらくはリーゼインさんと同じ貴族の男だ。どんな用事なのかは知らないが、異世界の貴族同士がどんな会話をしているのかを知れる絶好の機会。何とか見てみたいと思い考え付いたのが、ヨモギによる偵察である。
俺とヨモギは契約によって、お互いが繋がっている状態なのだ。これは物理的なものではなく、感覚的な、ある意味で概念のような形で繋がっているのだが、お互いの承認があれば感覚を共有することが可能となっている。念話だってその一例のようなもの。まぁこれができるのは、目や耳を持つヨモギ……つまり精霊だからこそなんだろうが。
今回はヨモギにヴェントベリー一袋を贈呈することを約束し、視覚と聴覚を共有してもらって覗き見している。我ながら、ナイスアイデアだ。
唯一ヨモギの存在に気付くであろうリーゼインさんのみ警戒していれば、見放題聞き放題だぜ。ヨモギの許可があれば、だが。
(さて、話の続き続きっと……)
余計な思考を切り替えて、今はリーゼインさんたちの話に集中する。
彼女らが話をする部屋では、先ほどのようにリーゼインさんお後ろに控える形でレオナさんが立ち、ゼニルなる貴族の男の背後にも数人の騎士鎧を着こんだ者たちが控えていた。
そんな物々しい雰囲気の中で対面するリーゼインさんとゼニルという貴族の男。しかし、ゼニルという男の方はやけに余裕を持った態度で話す反面、リーゼインさんの方は苦々しい様子。
あの男が来たという報告を聞いた時の様子からも察するに、相当苦手な御仁なのだろう。
リーゼインさんは少し視線を部屋の周囲に彷徨わせた後、深いため息とともに「で?」とゼニルさんに問いかける。
「その大きな手掛かりって何よ? 言っておくけど、しょうもないこと言ったらその御大層な顔を引っ叩くわよ」
「まったく……相変わらず、貴族の淑女らしからぬ言動だね君は。まぁ、君はそのくらいがちょうどいい。どうせ僕の伴侶となることに変わりはないのだからね」
「ならないっつってんでしょ。あんたの助けなんて借りなくても、マギカスタ家は私が当主になって復権させるわよ」
「先代のような魔法使いになって、と。そんな夢物語を語るつもりなのかな? ハハハ! もう君も子供じゃないんだ。いい加減、魔法使いになっても仕方ないと気づいているだろう? 無駄だよ、無駄無駄。」
そう言って、背後の騎士たちと共にリーゼインさんを嘲笑するゼニルの様子に、俺も、リーゼインさんも顔を顰める。唯一、レオナさんは表情一つ変えていないのだが、その手を見れば拳を作り、硬く握りしめられていた。
落ち着くためなのか、リーゼインさんは息を吐き出して彼を見据える。
「御託はいいわ。早くその手掛かりとやらを話して帰ってちょうだい」
「おいおい。いったい何なんだその態度は? 魔法使いしかいない君たちでは抑え込めないであろう《地砕き》。その《地砕き》から得た情報をわざわざ共有してあげようというこの僕の優しさに、感謝の一つくらいしてみたらどうかな? これ以上、マギカスタの騎士団の名を落としたくはないだろう?」
「ぐっ……ちょ、調子に乗ってぇ……!」
わなわなと怒りで顔がとんでもないことになっているリーゼインさんであったが、一度顔を伏せて大きく深呼吸すれば、不機嫌そうな顔はそのままだが幾分か落ち着きを取り戻していた。
そして、会釈するくらいの角度でゼニルに頭を下げると、「ゾロアスト家の協力に、深く感謝いたします」と礼を述べていた。
「……ふん。まぁ、今はそれで勘弁してあげよう。僕の妻となったら、改めてもらうがね」
「くっ……」
「では、手掛かりについて話そうじゃないか。《地砕き》曰く、どうにも僕らが到着するよりも前に、彼らのアジトに来たものがいるらしい。黒髪の、変わった服を着た男だそうだ」
その言葉にリーゼインさんの方がピクリと反応し、同時に別室でヨモギを通じて話を聞いていた俺もその話に集中する。
「《地砕き》曰く、貴族だと勘違いしたその男をアジトの牢屋に閉じ込めたらしいが……どうやらその男、どうやったかは知らないがマギカスタの精霊と契約したそうだ。挙句、今は行方知れず。もちろん、宝具も精霊もね」
「それが手掛かり? 結局行方知れずなら、意味がないでしょ」
「はぁ……まったく。真犯人の特徴がわかっているんだよ? これが手掛かりじゃないなら、君は何が手がかりだというんだい。とにかく、僕らゾロアスト家の騎士団はこの男の行方を追うことにするよ。精霊と契約して《地砕き》を倒すほどの魔法使いらしいが……なに、僕らの敵ではないさ。宝具を確保し次第、また連絡してあげよう」
そう言って立ち上がったゼニルは、背後に控えていた騎士たちを伴って部屋を立ち去る。
しかし部屋から出るその直前、彼の足元をそよ風が吹き抜ける。
「ではリーゼイン。次に来るときは、宝具と共に僕らの結婚式の話でもぉおおお!?」
キザな台詞と共に背後のリーゼインの方へと視線を向けていたゼニルは、その言葉と共にバランスを崩すと、情けない叫びと共に思い切り後頭部を床へと叩きつけていた。
ゼニル様ぁ!? と慌てふためく騎士たちと、うわぁというリーゼインさんたちの憐れむような視線が向けられる中、ゼニルは後頭部を抑え涙目を浮かべながら立ち上がった。
そして、キッとリーゼインさんの方へ目を向ける。
「言っておくけど、私は何もしてないわよ。詠唱してないんだし、それはあんたにもわかるわね?」
「くっ……別に疑ったわけじゃない! くそ、どうなっている……!」
やりどころのない怒りを腹に抱えたまま、ゼニルは「帰るぞ!」とその怒りを騎士たちにぶつけるように叫んで出て行った。
そしてしばらくしてマギカスタ家の屋敷が静かになったところで、「あははははは!!」と大変愉快そうな笑い声が響き渡る。
見れば、腹を抱えて目に涙を浮かべたリーゼインさんが、心底おかしそうに呵々大笑していた。
「はーっ……こんなに笑ったの、久しぶりかもしれないわね。いいもの見せてもらったわ。ありがとうね」
指先で涙をぬぐいながら、リーゼインさんの視線がヨモギへと向けられた。きっとその言葉は、ヨモギを通じて見ている俺にも向けられたものなのだろう。
「なに、魔法使いを舐めていたようだからな。ちょっとだけ、腹が立っただけだよ」
別室で一人呟いた俺は、ヨモギに戻ってくるように伝えて、改めてソファーに深く腰を落ち着ける。
その後ご機嫌な様子で部屋へと戻ってきたリーゼインさんとレオナさん。特にリーゼインさんは、俺の対面へと座ると同時に、笑みを浮かべて「よくやったわ!」とお褒めの言葉を投げかけてくれるのだった。
応援よろしくお願いします。




