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第19話:妖精門

「そうか、そんなことが……そういえば君の出身は、私も名を知らない場所だったか」


「……」


 これまでの経緯を話し終えると、レオナさんは深いため息とともに同情するような視線を向けてきた。

 これまでの経緯として話したのは、こことは別の国で生活していたかと思えばいきなりこの街の近くにいた、という流れだ。異世界ということを伏せるのであれば、この説明が最も妥当であろう。


 一方で、リーゼインさんの視線は先ほどよりもマシにはなれども、依然として厳しいままだ。まぁ隠し事がある分、俺にも気まずいところがあるためソロリと視線を外すのだが。


「見知らぬ場所に放り出された挙句、あの《地砕き》たちに捕まるとは……本当に災難だったな、コンゴーくん」


「そう、ですね……まぁおかげで、俺はこいつと出会うことができたわけですが」


 そう言って軽く左手の紋章を指先でなぞれば、何か用かと念話でヨモギが反応してくれる。それに対して、何でもないと返しながら、俺は再びレオナさんたちの方へと視線を向けた。


「そちらの事情を知らなかったとはいえ、俺とこいつ……ヨモギと契約したことは、俺には必要な行為でした。でなければ、俺はこの街にたどり着くことなく、死んでいた可能性だってあります」


「ああ、その点についてはよくわかっている。リーゼイン様も、彼が精霊と契約せざるをえなかった件については理解していただけますか?」


「わ、わかってるわよ……私だって、そこまで薄情じゃないわ」


 レオナさんに問われる形で、しぶしぶと頷くリーゼインさん。しかし、その表情からして、完全に納得しているわけではなさそうだ。


「しかし、《妖精門》に誘われた人間を見たのは、私も初めてだな。伝承くらいでしか聞いたことがなかったが……本当だったのか」


「……そうね。私も、本でしか聞いたことはないわ」


「《妖精門》? なんですか、それは」


「知らない……のは当然か。君の事情から考えるに、おそらく魔法使いがどういう存在か、そして妖精と精霊の違いについても曖昧だろう? 成り行きで契約を交わして魔法使いになったらしいからね。そのあたりについても、コンゴーくんには説明しておこうか」


 そう言って、レオナさんは胸に手を当てる。

 なにか始まるのだろうかとその様子を観察していると、レオナさんは「おいで」と小さく呟いた。

 すると、彼女の胸に当てた手がポゥッと淡く光り出す。なんの光なのかと聞き出そうとしたが、その前にレオナさんはその淡く光る手を胸からゆっくりと離した。


 徐々に離される手。その手に引き寄せられるような形で、彼女の胸のあたりから赤く光る無数の光の球が姿を現した。


「おお……きれい、ですね……」


「……驚いたな。君には見えているのか、この子たちが」


「嘘、でしょ……あなた、火の妖精とも相性がいいの……?」


 幻想的な光景に思わず口に出した一言だったのだが、意外なことに彼女ら二人は俺のその発言そのものに驚いているようだった。どういう意味なのか分からないため首を傾げるのだが、「そこも含めて説明しようか」と周囲に赤い光の球を伴ったレオナさんが答える。


「まずは魔法使いという存在についてだが、これは妖精と契約を交わした者たちのことをそのように呼んでいる。魔法使いが契約を交わした妖精に指示を出すことで、その指示を聞いた妖精が魔力を生成、制御を行い魔法を行使するんだ」


「まぁそのあたりのことはヨモギ……俺が契約したこいつにも聞いてるんで知っています。ただ、俺が契約したのは精霊ってやつで妖精ではないんですよね? 何がどう違うんでしょうか?」


 そう疑問を口にした俺に対し、真っ先に反応したのはレオナさんではなくリーゼインさんだった。彼女はフンッ、と不機嫌な様子のまま横目でこちらに視線を向ける。


「全然違うわよ。精霊と妖精じゃ、そもそもの存在の格が段違いなの」


「存在の、格?」


「ああ。簡単に言えば、妖精は存在そのものが希薄なんだ。この世界に生まれても、すぐに霧散して消えてしまう。一方で精霊というのは、妖精が何らかの要因で力を持つようになり、その存在を保つことができるようになった、いわば進化した妖精のことをいうんだ。そして妖精は存在が希薄だからこそ、我々と契約をしてくれる」


 周囲に浮かぶ複数の赤い光の球。その一部はレオナさんの周囲をフワフワと浮くように飛んでいる一方で、元気よく動き回っている球もある。

 そんな赤い光……火の妖精たちの様子に笑みを浮かべたレオナさんが胸の前で手を広げれば、妖精たちは一斉にその掌へと集まりポンポンと跳ね始めた。


「妖精と人。これは、共生関係のようなものだと思ってくれればいい。妖精は人間を依り代とすることで、その存在を保つことができる。そして長く存在を保ち、より多くの力を行使すれば、稀ではあるが妖精が精霊へと進化する可能性もあるんだ。一方で人は、妖精の依り代となることで、妖精の力を借り受けることができるようになる。彼ら妖精の力を行使し、超常の現象を操る者たちを、人は魔法使いと呼ぶんだよ」


 跳ね回っている妖精たちに向けて、「ありがとう」と小さく礼を告げたレオナさん。その感謝の言葉に対して妖精たちはピタリと跳ねるのをやめると、次々に妖精たちはレオナさんの胸に向かって飛び込み、そして消えてしまった。


 俺の体にヨモギが入っていくように、あの妖精たちもレオナさんの体の中へと戻っていったのだろう。


「なるほど、格の違いか……見た目が違うのも、そうなんですか?」


「見た目については……すまない。そこは私では答えられないんだ。実際に精霊を今まで見たことがないからね」


「そういうことなら……ヨモギ、ちょっと出ておいで」


『キュ?』


 俺の呼びかけに答えてくれたヨモギが左手の紋章から顔を覗かせる。おいでおいでと手招きしてやると、ヨモギは俺の腕を駆けあがり、そして頭の上に落ち着いた。


「今頭の上にいるのがヨモギ……精霊ですね。さっきのレオナさんの妖精は赤く光る球みたいな形でしたが、見ての通りヨモギは――」


「無駄よ。レオナには見えてないわ」


 ピシャリ、と俺が話しているところでリーゼインさんが口を出す。

 見えていないとはどういうことなのか。それを尋ねる前に、レオナさんが「その通りだと」首肯した。


「それはどういう……」


「これは私の方から説明してあげる。さっきの見た目についての質問だけど、あなたの言う通り精霊と妖精じゃ見た目が異なるわ。精霊をより存在としての格が高いからこそ、その見た目が何かに固定されているの。鳥に魚、獣に加えて、物の形を象っているって話もあるわね。対して妖精は、存在が希薄で弱い。だから、形そのものがないのよ」


「なるほど……だから、さっきのレオナさんの妖精は、光の球に見えたのか……」


 俺の呟きに、そういうことだと頷くリーゼインさん。そして彼女はそのまま続ける。


「それと、なぜレオナには精霊の姿が見えていないかの話ね。これは単純に、人と妖精の相性によるものよ」


「さっき、言ってたやつ……ですか?」


「そうよ。相性が良ければ視認できるし、悪ければそもそも姿すら見えないわ。魔法使いになるための資質に関わる部分ね。私にはあなたの頭の上の精霊の姿がはっきり見えているけど、一方で火の妖精との相性が悪いから、レオナの妖精は見えないのよ」


「じゃあ火の精霊がいれば、レオナさんにも見えると?」


 チラとレオナさんへ視線を向ければ、彼女は少し困り顔をしながら頷いた。


「その可能性もあるな。精霊を視認するためには、その属性の素養に加えての何かが必要となるとされている。君が契約した風の精霊であれば、風の妖精との相性の他に、マギカスタ家の者であることが条件だとされていたんだ」


「あの俺、マギカスタ家じゃないんですけど……」


「だからこっちも困惑してるんでしょうが!? あーもう! なんでこんなどこの馬の骨とも知れない奴が契約しちゃってるのよー!?」


「一応、マギカスタ家の者と配偶者となった者が契約したという記録もあるが……コンゴーくんの場合は、それも当てはまらない。ますます謎が増えるよ」


 レオナさんの言葉に、「わっけわかんないー!!」と奇声を発して頭を抱え込むリーゼインさん。

 そんなことを言われても、俺としてはどうしようもない問題だ。というかそもそもの話、彼女にはヨモギのことが見えているのだし、盗まれる前に契約することもできたのではなかろうか。


 そのことを質問すると、喚いていたリーゼインさんはピタリと黙り込み、そして歳に似合わぬ膨れっ面のまま俺を睨んでいた。

 睨まれても困るんですが、とレオナさんに助けを求めれば、彼女はため息とともに教えてくれる。


「契約の条件に付いてなんだが……視認できることはもちろん、契約そのものは妖精と人の両者での合意が必要不可欠なんだ。たとえ見えてはいても、どちらかが拒否すれば契約は交わせない」


「あー……つまり、リーゼインさんは……」


「言わないでよ!? どうして!? なんで私とは契約してくれないのよー!」


 どうやら俺にではなく、俺の頭の上で丸まっているヨモギに向けて言っているらしい。

 どうなんだヨモギ、と俺も尋ねてみれば、ヨモギはそのフワフワの尻尾を上げてユラユラと揺らすだけだった。どうやら彼女のことをお気に召してはいないらしい。


「気に入らないらしいです」


「どーしてなのよー!!」


 おいおいと背を向けて、座っていたソファーの背に顔を埋めるリーゼインさん。そんなリーゼインさんの方に手を置いたレオナさんは、耳元に顔を寄せてぼそりと呟いた。


「リーゼイン様、お静かにしてください。次期当主としてあるまじきお姿です」


「レオナはもうちょっと慰めなさいよ!?」


 やいのやいのと先ほどから忙しないリーゼインさん。本当にこの人、貴族のお嬢様なのだろうかと思う今日この頃である。

 そんな二人のやり取りをしばらく眺めていると、こちらの視線に気づいたリーゼインさんが、咳払いと共に姿勢を正した。


「さて、話がだいぶ逸れてしまったが……別に無関係な話だったわけじゃない。コンゴーくん、妖精との契約にはその者の相性と、お互いの合意が必要であることは理解できたかな?」


 レオナさんの言葉に首肯する。


「ありがとう。ただこの契約というのは、人と妖精ではその意味合いが大きく異なる。なにせ人にとっては、別に契約しなくても生きることができるが……妖精は存在の希薄さゆえに、契約ができなければ消えてしまう運命にあるからね。もちろん、人の中でも妖精と相性がいいものは限定されるが、その者の人生の中では妖精と契約できる機会なんて幾らでもあるんだ」


「生存本能、みたいなやつですか?」


「似たようなものだろう。故に契約を結べる者がいなければ、その妖精は消えてしまうわけだが……極稀に、強引なやり方で契約可能な者を呼ぶ妖精もいる」


 わかるかな? と問いかけるようにして聞いてくるレオナさん。

 それを聞いて、そういうことかと何となく答えが分かった俺は、「他所から連れてくる、ですか?」と答えを返した。


 レオナさんが首肯する。


「そう。いないのなら、可能な者を連れてくる。そのための手段が《妖精門》の正体とされているんだ。もっとも、別の国からという事例は聞いたことがないけどね。せいぜい、周囲の村から呼び込む程度だったはずだよ」


「なるほど。となると……お前か? ヨモギ」


『キュウ?』


 頭の上のヨモギに問いかけてみるが、何のことだとよくわかっていなさそうな反応を見てため息を吐く。

 国どころか、異世界から連れてこられてきたわけだが……ヨモギのような精霊であれば、そんなことも可能なのだろうか?


 考えてみたところで答えはわからない。だがしかし、その《妖精門》のように、俺がこの世界に連れてこられた何らかの理由があるのだとすれば……元の世界に帰る方法を探すついでに、その理由について探ってみるのもいいかもしれないな。


「何言ってるのよ。その精霊には、私という最高の契約者がいるんだもの。《妖精門》なんて使う必要ないじゃない」


「でも契約できなかったんですよね?」


「ちょっと! 言っていいことと悪いことがあるってわからないの!? だいたい、あんたがいなくても、いつか私が精霊に認められていたはずなの! だから、とっとと契約を解除して返してよね!」


『……キュッフン』


「嫌らしいです。ヨモギ、お前俺のこと好きか?」


『キュ!』


「どうしてよ~!!」


 机に突っ伏して泣いているリーゼインさんと、そんなリーゼインさんに対して「今のはリーゼイン様が悪いです」と慰める……いや慰めていないな。たしなめるレオナさん。


 そんな中、コンコンと俺たちのいる部屋の扉がノックされた。


 レオナさんが入室するように促せば、入ってきたのはメイド服を着た女性。どうやらマギカスタ家に仕えているメイドさんらしいが、そんな彼女は「お客様がお越しになられました」と告げた。


「客ぅ? 誰よこんな時に」


「ゼニル・ゾロアスト様です」


 その名前を聞いた途端、リーゼインさんとレオナさんの表情は、それはそれは険しいものへと変貌していたのだった。

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