第17話:リゼの正体
次の日の早朝、他の騎士団のおじさんたちの起床に合わせて目覚めた俺は、いつの間にか腹の上で丸くなっていたヨモギを脇に移動させてテントから出る。
天気は快晴。おそらくは今日一日天気が崩れるようなことはないだろう。
依頼は今日の昼過ぎまでの予定であるため、気持ちよく終えられそうだと考えながら、すでに起きて集まっていた騎士団のおじさんたちの下へと向かった。どうやら水の魔法が使える人が顔を洗う水を魔法で用意してくれているらしく、俺もその水で顔を洗った。
森を吹き抜けていく風が心地いい。深呼吸をして息を整える。
「さて、ラストまで頑張るか」
テントへと戻れば、ヨモギはまだ寝ているようで丸まったままだった。その様子に笑みを深めた俺は、忍び足でヨモギの隣へとしゃがみ込むと、そのフワッフワの尻尾に指先を埋めながらこちょこちょと動かしてやる。
くすぐったいのだろう。まだ夢の中のヨモギは尻尾をピクピクと小刻みに震わせる。その愛くるしい姿を前に、今度は指先でヨモギの足の裏を這わせるようになぞった。
『キュッ!?』
途端、ビクッ! と身体を跳ねさせたヨモギが跳び上がる。
『キュキュキュイッ!? キュウ!?』
「おはよう、ヨモギ。そろそろ起きろよ~」
『……ギュンッ!!』
何事かと自分の足の裏を覗き込むヨモギは、次には笑っている俺の姿を見て犯人を突き止めたらしく、全身の毛を逆なでながら勢いよく俺の顔面に向けて突撃をかましてきた。どうやら怒っているらしい。
俺の顔にしがみ付いたヨモギは、抗議するような鳴き声をあげながら尻尾でパシパシと首筋を叩いてくる。俺はヨモギに謝りながら着替えを終えてテントから出る。もちろん、顔面にはヨモギがくっついたままだ。なので、非常に前が見づらい。
「やあコンゴーくん。おはよう、今日もよろしく頼むよ」
「……っ!? っ!?!?」
未だに許してくれていないヨモギを顔にくっつけたまま、軽く体を動かそうと屈伸や軽い腿上げ運動を行う。すると、そんな俺にレオナさんが声をかけてきた。既に準備は万端らしく、今すぐにでも剣を振って出撃できそうだ。
一方でリゼさんは、なぜか俺を見て一瞬驚いているような反応を見せた……ような気がする。ううむ……仮面とローブはこんな朝でも相変わらずであるため、本当にどういう反応をしているのかがわかりづらい。
だが昨日の夜の様子からして、今俺の顔にくっついているヨモギの姿にでも驚いているのだろう。
……あ、いや待てよ? そういえば、今回の依頼は妖精と精霊の違いについて調べることも目的の一つだったはず。昨日は失念していたが、この際タイミングを見てリゼさんに聞いてみることにしよう。ちょうど、ヨモギの姿も見えているようだし。
「はい! お二人とも、今日もよろしくお願いします!」
とりあえずは、あいさつは大事だなと声をかけに来てくれた二人にあいさつを返す。こういう一つ一つの礼儀や態度が、相手に好印象を与えるのだ。さすがに今日一日でマギカスタ家のお貴族様にまで繋がるとは思わないが、今後街で見かければ仲良く話せるくらいの関係は今日で築くことができるだろう。
できればこの依頼を終えるまでの間に、さらに強力な魔法を使えることをアピールしておきたい。うまくやれば、リゼさんとも面と向かって話せるようになるかもしれないんだ。より詳しい話を聞きたいのなら、仲良くなって損はないはずだ。
「ああ、もちろん。存分に君の魔法を見せてくれ。期待しているよ」
「……」
仲良くなれたらいいな!
ではこれで、とその場を後にする二人。そんな彼女らの後ろ姿を見送った俺は、「で?」と目の前の緑の毛玉に話しかけた。
「まだくっついておくか?」
『キュウ』
当たり前だとでも言いたげな様子のヨモギが、尻尾で俺の首筋を軽く叩いてくる。俺はため息を一つ吐き、ヨモギの両手で持って引き剥がした。
まだ少し怒っているのか、少し不満気なヨモギがだらりと宙に揺られながら『キュウ』と鳴いた。
「悪かったって、な? ほら、出発するまでの間ヴェントベリーでも食べようぜ。もちろん、満足するまで食っていいからな。な? だからそうなに怒らないでくれよヨモギィ~」
『キュ』
言ったな? とヨモギは俺の手からするりと抜け出すと、宙を駆けて俺の頭の上へと落ち着いた。
そこから本日の魔物討伐が始まるまでの間、ヨモギは用意しておいたはずのヴェントベリーを、俺の分まで食べ尽くしてしまうのだった。
◇
「【風よ、集い、固まり、数多の刺し穿つ槍と成りて、天から地へと吹き荒べ】! 【天槍】!」
俺の詠唱を聞き届けてくれたヨモギが一鳴きすれば、空高くに次々と風の槍が形成される。
やがて百を超える槍が出来上がったことを見届けた俺は、目の前に広がっていたゴブリンの群れを前にクイと人差し指を下へ向けた。
途端、空で待機状態にあった風の槍が雨の如くゴブリンたちに向かって降り注ぐ。
狙いは完璧。ヨモギのサポートもあり、【天槍】の一本一本がゴブリンたちを刺し穿っていく。時間にして数秒。たったそれだけの時間で、将来的にアニモラにとっても危険になっていたであろうゴブリンの巣を殲滅することができたのだった。
一仕事終えたと一息つけば、おじさん騎士たちが俺の周りにワラワラと集まってきた。
「やっぱすげぇ魔法だなコンゴー! なるほど、それだけできりゃあ七級程度の融合者を圧倒できるってわけだな!」
「妖精への指示ってどうやって出してるんだ!? やっぱ、何かコツみたいなもんがあるのか!?」
「あ、それ! 俺も気になってたんだ! どうにもうちのは理解するまでに時間がかかっちまうんだよなぁ……なにか、わかりやすい言い回しとかあるのか?」
「けど、さっきのコンゴーのやつわかりやすかったか?」
「まぁ妖精ごとに性格も何もかも変わるからなぁ」
とりあえず、一斉に話しかけてこないでいただきたい。何も聞き取れないんだが?
おじさんに囲まれて苦笑いを浮かべることしかできない中、騎士の一人が「レオナ団長!」と声をあげた。見れば、レオナさんがおじさん騎士たちが開けた道を進んでこっちに向かってくる。
彼女は目の前に広がる光景を前にして「うむ」と頷いた。
「やはり、君の魔法は素晴らしいものだな。冒険者にしておくのがもったいないくらいだよ」
「ありがとうございます。けど、レオナさんの火の魔法もすごかったですよ」
実際、昨日今日と彼女が魔法を使用する姿を見てきたが、群れとなっていたゴブリンやオークを発った一発の魔法で消し炭にしてしまったその威力は、他の騎士団員を圧倒すると言ってよいほどのものだろう。
他の騎士たちが皆四十代以上であることに対して、まだ二十代だという彼女がマギカスタ騎士団の団長を務めている理由が何となく窺い知ることができた。
「そうか。君ほどの魔法使いに言われるのなら、私も腕を磨いてきた甲斐があったというものだよ」
「若輩者ですはありますが、そう言ってもらえるのなら俺も嬉しいです」
レオナさんの言葉に、ついつい笑みを浮かべてだらしない顔になりそうになるが、それをぐっとこらえて耐えた。これだけ好印象であれば、きっとより良い関係が気付けるようになるはず。マギカスタ家との縁も繋ぐことが可能となるだろう。
魔法使いの名家である以上、俺とヨモギという優秀な魔法使いに対しては優遇してくれるかもしれないからな。
「では、魔物の巣も潰したことだ。これより街へ帰還する! 総員、引き上げの準備にかかれ!」
レオナさんの指示で、他の騎士団の面々も森から撤退する準備に入った。俺もそれに従って手伝いに入ろうとしたのだが、「コンゴーくん」と呼び止められてしまった。
「君とは少し話がしたい。悪いが、ついて来てくれないだろうか?」
「え、はい。それは別に構いませんけど……」
いったい何の話があるというのだろうか、とレオナさんの後を追いながら考える。考えられるとすれば、騎士団へのお誘いだろうか? 門番だった騎士のおじさんも言ってた通り、若い魔法使いは希少だと聞いている。マギカスタ騎士団の高齢化は見てのとおりであるため、俺を加入したいという可能性は大いにあるだろう。
ただその場合、残念だが誘いは断るしかない。魔法が使えるというこの状況を楽しんでいるとはいえ、あくまでも俺は元の世界へ帰ることが目的だ。いつかいなくなる奴を雇っても、騎士団として困るだろう。
そして他に考えられる話なら……今回の依頼の報酬について、とかか?
俺が予想以上に優秀だったため、報酬を上乗せしてくれる……とか、そういう話なんじゃなかろうか。
いくらくらい上乗せされるのだろうかと考えて歩いていると、やがてレオナさんは足を止めて「こちらに」と前を開けてくれた。
先ほどの場所から少しだけ森の奥へと入った場所だ。すでに魔物は討伐しているため、危険もない場所である。
そんな場所で、ローブのフードを被った俺と同い年くらいの女の子が腕を組んで立ち、こちらを訝し気な目で見つめていた。
「待っていたわ。コンゴー・ドードー」
「えっと、その声……もしかして、リゼさんですか?」
こちらの名前を呼んだ女の子の声は、たしかにあの日のギルドで自己紹介してくれた当人の声だった。仮面をつけていたはずの彼女が顔を晒していることに驚いていると、レオナさんが彼女の後ろへと移動した。
そして、「コンゴーくん」と再び俺の名前を呼ぶ。
「今まで黙っていてすまない。君が気付いているように、彼女は君に紹介した騎士見習いのリゼで合っている。がしかし、それは偽りの身分に過ぎず、本当の名は別にある」
「いいわ、レオナ。そこから先は私から言うから」
そう言って、彼女はフードを外した。
翡翠のような綺麗な色をした後ろで一つにまとめられた長髪に、少しきつい印象を与えるアーモンドアイ。
一言で言えば、すんごい美少女がなぜか俺を睨んでいる。
キッ、とその青い目がこちらへ向けられた。
「改めて、自己紹介してあげる。私はリーゼイン。マギカスタ家次期当主の、リーゼイン・アニモラ・マギカスタよ」
「マギカスタ……って!? えぇ!?」
その名前を聞いた俺は、彼女の後ろに控えているレオナさんへと視線を向けるのだが、彼女は特に俺に何かを言うつもりはないらしく、だんまりを決め込んでいた。
「い、いったいどういう……」
「そんなことはどうでもいいのよ!」
事情を聞こうとしたが、何やら怒った様子のリーゼインさんが俺へと詰め寄ってくる。
身長差があるため、こちらを見上げるように睨む彼女は、そのまま俺の両肩をガシリと両手で掴むと「返してよ!」と大きく叫んだ。
「えっと、なにを……ですか?」
「なにを、ですってぇ……!」
ふぅ、と一呼吸置き、彼女は人差し指を俺の胸板へグリグリと押し付けながら、「それじゃあ良く聞きなさい!」と言って続けた。
「私が! 契約するはずだった精霊を! 返してって言ってるのよ!!」
わかってるわよね!? とすごい剣幕で彼女は叫ぶ。
脳内に響く、全く興味をもっていないヨモギの欠伸を聞きながら、俺はただただ首を傾げるしかなかったのだった。
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