第14話:同行依頼の準備完了
「服装は……一応、学ランから変には見えない格好に着替えた。荷物も忘れ物はなし。ポーションも準備OK……あと何かないかな?」
『キュウ』
「ん? いつまでやってるんだって? おいおいヨモギ、俺が緊張してるってことを忘れないでくれよ。何回やっても心配になるんだぜ、こういうのは」
同行依頼に出発する直前になり、荷物と格好の確認を行う。
なにせ今回の依頼は、今までのように一人かつ街中で完結する依頼ではない。街の外へ赴き、俺以外の人たちと共に魔物を討伐するという、街中での雑用とはまるで異なる依頼だ。
そのため、事前確認は十分すぎるほど行う。もうこれで五回目だ。いい加減飽きてしまったのか、左手の紋章から顔をのぞかせたヨモギが呆れた声を出してため息を吐いていた。
そんなヨモギはさておき、俺はもう一度自分の格好を確かめる。
一九〇近い己の肉体を包むのは、主に緑を基調としてところどころに黒の模様があしらわれた衣装だ。雑用依頼でよくお世話になっている服屋さんのおばあさんに、通気性のある動きやすい服を見繕ってもらった。色はヨモギの好みに合わせているのだが、ヨモギの毛並みとお揃いである。
そして左肩と左胸に加え、両の脛を守る皮鎧。こちらも、雑用依頼でお世話になった武具屋のおじいさんから中古の物を俺用に調整してもらっている。またポーションも雑用でお世話になった薬師のおばあさんに頂いたものだ。
全部ちゃんと揃えようと思えば到底お金が足りないのだが、街の外での討伐依頼に行くことを伝えた際に、「それならば」とお安く提供してもらえた。大変ありがたい話である。あとは、アニモラへ来た時以降お世話になっている果物屋のお姉さんから、ヴェントベリーを追加でいただいた。
「無事を祈るよ~」という言葉と一緒に指で輪っかを作っていたため、これを食べてしっかり稼いで来いということなのだろう。
「しっかしまぁ、この世界に来て一週間以上経ったのか……今でもあんまり現実味がない話だよな」
なぁヨモギ、と呼び掛けるとヨモギが「なにが?」とでも言いたそうに首を傾げる。そんなヨモギの下あごを指でチョイチョイかきながら、改めて元の世界への帰還方法について考える。
現状、そう言ったことに関する情報はまったくと言っていいほど掴めていない。まぁ金を稼いで生きるのに精いっぱい、という状態であるため仕方ないのだが、それでも精神的に疲弊していないのは、幼少時から父によってあちこち連れまわされて鍛えられたからだろう。
安全に寝る場所やちゃんと食べられるもの、人との温かな交流があるだけだいぶ生きやすい。
また、元の世界へ帰るためにと、自分なりに色々と調べてもみた。やはり、帰還の手掛かりとなるのは魔法、そしてヨモギのような精霊や妖精の存在だろう。それらについては、街のご老人たちから聞けるだけ聞くようにはしていたため、ある程度は把握している。
「まあそうはいっても、精霊は妖精よりも希少でより上位の存在ってことくらいしか分からなかったが」
お前ってすごい存在だったのな、と紋章から完全に出てきたヨモギを両手で抱き上げて脚の上に降ろし、そのまま全身をわしゃわしゃと撫でつける。
街のご老人たちは、噂程度に知っているだけで詳しいところまではわからない人がほとんどだ。より詳しい話を聞きたいのであれば、妖精と契約して魔法使いとなっている騎士団の人たちに聞くのが一番だとのこと。
そして、精霊の話となれば、アニモラを治めるマギカスタ家が話題に挙がってくる。
なんでもマギカスタ家というのは、代々当主となった者が精霊と契約を交わしてきた家なんだとか。この街は、そんな力を持った魔法使いがいたからこそ繁栄した、とも街のご老人たちから聞いている。
まぁ融合者の台頭とともに、現当主の方が精霊との契約ができなかったという不幸が重なったことで、今はマギカスタ家もアニモラも昔ほどの勢いがないらしいが。
「……なぁヨモギー。お前、そのマギカスタ家と契約してた精霊だったりする?」
『キュー?』
撫でる手を止めて聞いてみるが、当のヨモギは「もっと撫でろ」と止めた手を尻尾でモフモフ叩いてくる。
そんなヨモギの様子に、「ま、そんなわけないか」とため息を吐いた。
だいたい、もしそうならあんなところにいるわけがないだろう。きっと、あのフォルゲリオたちが襲ったという馬車から奪ったものの中に、たまたまヨモギの入っていたペンダントがあっただけのこと。
チラと宿の壁に吊って飾る宝飾のペンダントに視線を向ける。
俺とヨモギが出会った思い出の品だ。今では冒険者の証である白石を首からかけているため宿の部屋に置きっぱなしにしているが、毎朝拝んでからギルドへと向かう毎日だ。
「うまいこと騎士団の人たちと仲良くできれば、マギカスタ家の人たちと縁が作れるかもしれない。精霊と妖精の違いについてもそうだけど、なにより元の世界への帰還方法について、手掛かりが掴めるかもだからな」
昔ほどの力はないとは言うが、それでも貴族だ。そしてそう言った家には、何か手掛かりになる資料なり情報なりがどこかにある可能性が高い。少なくとも、街中で地道に探すよりはいいはずだ。
『キュキュ?』
「ん? ……やっべ、遅れたら印象が悪くなる。ありがとな、ヨモギ」
ヨモギが「時間は?」と尋ねるように鳴いたことで慌てて立ち上がった俺は、最後にもう一度確認だと荷物と服装に目を向けた。
最低限、礼儀を損なうような見た目ではないはずだ。
同行依頼は明日の昼までの依頼であるのだが、寝るためのテントや寝袋、食料などはマギカスタ家の騎士団の方々が用意してくれるという太っ腹案件である。街の外、森の中で一夜過ごすような依頼を受けるようになれば、そういったものの準備も必要となるのだろう。
今は懐に余裕がないが、すぐに冒険者等級を上げて稼ぎ、帰還方法を探す旅の準備をこの街で整えたいものだ。
「いってきます」
『キュ!』
荷物を貰い物であるリュックに詰め込み、部屋を出る直前にペンダントに向けてあいさつをする。
当然返答があるわけではないのだが、帰ってきたときに一番に出迎えてくれるのがこのペンダントであるため「いってきます」と「ただいま」のあいさつを心掛けるようになっていた。
今ではヨモギも俺の真似をして、わざわざ紋章から顔を出して小さな手を挙げるくらいだ。
そして部屋を出て施錠をした俺は、ロン爺さんに明日の昼過ぎには帰ってくることを伝えてからギルドへと向かうのだった。
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