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第1話:どうやら異世界に迷い込んだらしい

本作品はカクヨムでも掲載しています。

 小さい頃から『強い子になれ』と言われて育った俺にとっては、山に籠って心身ともに鍛え上げるという行為はごくごく当たり前のことだった。

 なにせ、子供にとっては親が世界の絶対正義。その親が是としていたのだから、俺も当然のものとして受け入れていた。


 その当たり前が世間一般にとっては異常なことだと気づいたのは、思春期真っ盛りの中学生になった頃。前の席に座るクラスメイトの『お前の家やばくない?』という一言が、ストンと腑に落ちた時だ。


 言っておくが、別に実家が江戸時代から代々続く道場だったり、親が有名な格闘家だったりとかではない。本当に、ごくごく普通の一般家庭であり、父も母もちょっとどうかしてるんじゃないかと思うくらいにストイックだっただけである。


 そう、親子揃ってムキムキのマッチョだったのだ。

 

 まぁ、山籠もりや滝行、寒中水泳に加えて、金太郎よろしく仲良くなった熊と相撲など。幼い俺に付き合わせていたそれを『ストイックなだけ』で済ませてはいけないのだとは思うが……もう過去の話であるため今は置いておこう。


 とにかく大事なことは、中学生の時にストイックという呪縛から解き放たれたということだ。きっと、『休日家で何をやっているの?』と聞かれて『山で熊と相撲』と答えていなければ掴めなかった未来だろう。


 ありがとう、前の席の田中君。あの後、完全にヤバい奴認定されて話すことはなかったけども。


 以降、俺は親に普通の中学生としての生活を要求。ひと悶着こそあったものの『ストイックすぎる生活』からおさらばした俺は、それまで触れてこなかったアニメや漫画に傾倒したのだった。


 あんなものが世間に溢れていたと気づけなかった俺はなんて愚かなのか。特に肉体を鍛えてもどうしようもない、魔法というファンタジーの力は魅力的に感じられた。


 まさにそれまでの俺とは正反対に位置する力だろう。


 そして女子からモテるため、隠れマッチョというステータスは維持しつつも、二次元の魔法という存在に憧れを抱き……





「それから四年。気づけば知らない場所に迷い込んだのがこの俺、銅堂金剛(どうどうこんごう)ってわけだ。どうだ? ヨモギ。不思議なことがあったもんだろ?」


『キュ』


「だよなぁ。俺もそう思う。何言ってるのか全然わからんけど」


『キュー!』


「こっちの言葉は伝わってるのね」


 ペシンペシンと、頭の上に乗った緑色のフェレットみたいな動物が、その長い尻尾を大きく動かして俺の顔面を叩いてきた。

 まぁ痛くもないし、むしろ柔らかい尻尾が気持ちいいくらいだ。そのまま頭の上のフェレットことヨモギ(俺命名)を両手で優しく捕まえ、目の前へ持ってくる。


 突然どうした? と言いたげな翡翠の瞳と目が合った。


『……キュ?』


「うん、かわいい」


 これ見よがしに首を傾げるとは、なんてあざとい奴なんだ。

 仰向けにしてから膝の上に置き、ほれほれとお腹の部分を撫でまわしてやると、気持ちよさそうに目を細めて手足を投げ出しているヨモギ。隙を見て腹に顔を埋めてみれば、心の落ち着く匂いがふわりと鼻孔をくすぐった。


 思う存分堪能した後、もう一度腹を撫でながらヨモギを見やる。


「んー……見れば見るほど、フェレットじゃないよなぁ」


 見た目こそフェレットに近いのだが、緑の体毛も、額から生える見事な一本角も、俺の知るフェレットには見られない特徴だ。海外の山に籠った時にフェレットを見かけたことはあるが、こんな種類は見たことがない。


 まぁ俺が見たことがない、知らない。あるいは新種という可能性がないわけではないのだが……


「ほ~れヨモギィ。遊んでやろう。そぅりゃっ!」


『キュ~!』


 仰向けの状態から起こしてもう一度ヨモギと顔を合わせた俺は、そう言ってヨモギを放り投げる。

 もちろん落下しても怪我をしないよう、地面から数センチほどの高さで調節はしている。


 で、見事な着地を決めるかと思ったその矢先、ヨモギの足はタンッ、と空中を蹴った(・・・・・・)

 そしてそのまま、地面から数センチ浮いたところを走ったかと思えば、大ジャンプを決めて俺の頭の上にポスンとくっついてしまった。


「ナ~イス」


『キュキュッ』


 もう何度目かのやり取り。

 ヨモギも慣れたのか、俺がサムズアップして声をかけてやると、小さな手を同じようにサムズアップしている。


 うん、かわいい。


 いや、そうじゃない。

 もちろんかわいいのはその通りだが、そこではない。


「う~ん、ファンタジー」


 翼も羽もなく、かつ滑空しているわけでもないのに空中を移動する生物。それも、ゲームのように宙を走るときた。

 現代日本での発見ともなれば、世紀の大発見だろう。一躍時の人となること間違いなしだ。


「まぁ、ここが現代日本だったらの話なんだけどな」


『キュ?』


「何でもないよ。ほれ、ヨーシヨシヨシヨシ!」


『キュキュキュ~!』


 しかし、ヨモギという不思議生物だけではまだ根拠が薄いだろう。

 本当に、もしかしたらこういう新種が新たに生まれてだけという可能性が捨てきれないのだ。


 というわけで、だ。

 わからないことは、わかっているだろう人に聞くのが一番だろう。


「というわけで、おじさん。ここどこ?」


「ああ!? さっきから一人でわけわかんねぇ行動ばっかりしやがって、鬱陶しいぞぶち殺されたいのか!?」


「なんて蛮族」


『キュ~』


 どうやらコミュニケーションに難があるらしい。いきなりぶち殺す発言とは、本当に現代日本に生きる一社会人なのだろうか。

 ……いやネットじゃわりと当たり前にいるな。うん。


「そうカッカしないでくれよおじさん。こっちはいきなり知らない場所に出てきて、訳も分からず牢屋にぶち込まれて困ってるんだよ。ちょっとくらい、状況を知るためにも話をしてもいいだろう?」


「はっ、呑気なもんだな。お貴族様だから、殺されねぇとでも思ってんのか? 利用価値がねぇとわかれば、俺がすぐにその呑気な頭と体をおさらばしてやるよ」


 鉄格子が嵌められた洞窟を掘って広げた空間。

 鉄格子を通して見張りをしているであろう身汚いおじさんは、それはそれは楽しみにしているのか刃こぼれしているナイフを抜き放つと、俺に見せつけるようにペロペロしていた。


 なんてばっちいナイフなんだろうか。


「んー、それは是非ともご遠慮したいんだが……貴族? 俺が?」


「ああ? とぼけてんじゃねぇよ。そんな上質の服を着てる奴なんざ、お貴族様か、そうでなくても豪商の奴くらいだろうよ。お忍びのつもりだったってんなら、もっと質素な服着て行動することだな」


 それ、と身汚いおじさんが指さしたのは、高校の帰り道に着ていた学ランだった。

 別に有名私立の学ランというわけではなく、ごくごく一般的な公立の学ランである。今時の日本においては、わりと一般的な制服であるはずだ。


 そして御貴族様ときたか……

 海外なら可能性があるが、そうなるとこのおじさんが日本語を話している理由が気になるところ。まさか、俺が日本人だからと合わせてくれているなんて優しい理由ではないようにも思える。


「なぁ、おじさん」


「さっきからずっとうるせぇなぁお前!? 早々にぶっ殺されてぇのか!?」


「そんなわけないだろ。ただ一つ教えてほしい。この国は日本で合っているか?」


 確認のためにおじさんへと尋ねてみると、彼は「は?」と呆れたような顔で俺を見る。そして次には「頭は大丈夫か?」と、先ほどまでの威勢はどこへやら、哀れな目を向けてきた。


「どこのこと言ってんだ? ここはグランセル王国だろ。そんなことも知らねぇってことは、他国のお貴族様か?」


「……ああ、うん。そういえばそうだったな。いやぁ、最近は物忘れが激しくて困ってるんだよ」


 咄嗟に笑みを浮かべて誤魔化す。

 なるほど。どうやら俺は予想通り、とんでもないファンタジーに巻き込まれてしまったようだ。


「……ケッ。呑気に苦労もなく育った、金持ちの坊ちゃんらしいぜ」


 それだけ吐き捨てたおじさんは、興味を失ったかのようにまた牢屋の見張りとして黙ってしまった。

 牢屋越しに見るそんな彼の後ろ姿を観察しながら、どうしたもんかなぁと、ヨモギをわしゃわしゃ撫で続けながら考える。


 そして、ヒョイとヨモギを両手で持ち上げ、再び顔を合わせた。


「なぁ、ヨモギ」


『キュイ?』


「俺、どうやら異世界に迷い込んでたみたいだわ」


 ヒュゥッと洞窟内に吹き込んできた風が、牢屋内の壁に吊り下げられていた宝飾のペンダントをカラコロと揺らす中。

 ヨモギはその小さな顔をコテンと傾げ、『キュ?』とかわいらしく鳴いたのだった。

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