06 一番知りたいこと
ジョンからアリシアへの手紙
1通目
『レディアリシア
白い影はあの時点で何か本当に分かってなかったんだよ。出たり出なかったりしていていたので確かめるのが一苦労だったんだ。だが、どうやら有毒ガスということがわかった。細心の注意を持って事に臨むよ。心配しないで。めしは食ってるよ。安心して』
2通目
「アリー。
部下を半分都に返します。皆疲れているし受傷したものもいる。ブライトン伯爵にも病人の受け入れを頼めるだろうか?」
3通目
「ガスが出ていたところで大規模な土砂崩れ。僕は大丈夫だよ」
その3通目を最後に伝書鳩便はとだえ、一か月が過ぎた。
アリシアは胸が潰れる思いだった。
軍からの報せもないし、おば様のところにも何の便りもないと言うし…。あんな風に怒らないでジョンに用心してねと注意すればよかった。山岳地帯なんて都と違って危険がいっぱいなのに。ジョンになにかあったらどうしよう。神様。ジョンが帰ってきたらなんでもします。もうジョンがどんな文を書いても怒りません。おば様にお手紙がちゃんと書けなくてもジョンは立派な男だから、心配なさらないでって言おう。
私…私…ずっとジョンが好きだった。小さな頃にシーツ被って驚かせた時も笑ってくれると思ったの。本当に怖がるなんて思っていなかった。
草原に寝ころんで雲が何に見えるか順番に言った時、すごく楽しかった。美味しいものばかりを言い合ったわね。
私がジビエで食中毒になったとき、ジョンは館に泊まって私のそばにいてくれた。
ふざけて大昔のおじいさんみたいなしゃべり方して、おばさまやお母様にしかられたりもしたわね……。
なんでこんなこと今いっぱい思い出すんだろう。
そうよ……そうだわ……。
…これ…全部手紙に書いてあったことだ……。
ジョン…ジョンは私達のこと手紙に書いていたの?
それにうちの領地に役立つことも手紙に織り込んでくれてた……。
アリシアの涙は止まらなかった。
「ジョン! ジョン! 帰ってきて! 愛しているんだってば! キャサリンには渡さない! 私のジョン!」
「僕は君のものだよ」
懐かしい声にアリシアが振り向くと埃まみれの軍服のジョンが立っていた。
「ジョン!」
「無事に帰ってきたよ。どこもケガしてないよ。伝書鳩飛ばせなくてごめん。鳩もガスにやられてしまったんだよ。」
アリシアはジョンに飛びついた。
「いいの。いいの。いま無事なの分かったからいいの」
わんわん泣いて、涙と鼻水を軍服にこすりつけながらアリシアが言う。
「アリー。僕も愛してる。僕は君だけのものだよ」
「うれしい…! でもキャサリンには悪いことをしたわ……。」
「気づいてなかったの? キャサリンなんて元々存在しないよ。レベッカもね。僕が君と文通したかったんだよ。でも君、いまさら恋文なんて……って言いそうだから」
「え……。でも私おばさまにレディキャサリンってどんな方?って伺ったのよ。そうしたら『サイレント・ヒルの白薔薇』って…」
「ああ! そのキャサリンは確かに存在してるな! 僕のお祖母様だよ! 母は自慢げに話していなかったかい?」
「…とても鼻高々って感じだった…。もっともっとその素晴らしさを話したがっていたので、私いたたまれなくなって…。途中で部屋を出てしまったの。」
「もう少し長く聞いてたら『その白薔薇の娘である私は白百合と呼ばれたのよ!おーほっほっほっ!』まで聞けたのに。」
「じゃあ恋人候補のキャサリンはいないの? 私たち誰も傷つけてないの?」
「恋人のアリシアしかいないよ」
いたずらっぽい瞳でアリシアの顔を覗き込んだジョンはアリシアを抱きしめた。
アリシアは彼の腕の中で思う。
これからはこの将校さんに私がわたしの手紙を出そう。
こちらのことは細々と書いて知らせるの。
日々の暮らしを。
家族のことを。
私のことを。
でも彼からの返事に美辞麗句はいらない。
「めしを食べてる」
「元気だ」
それだけでいい。
それで十分。
それが私の一番知りたいこと。
それが私の欲しい手紙。
全6話、完結です。お読みいただきありがとうございました。