02 感情を入れましょう
〈感情を入れましょう〉というお題を出したけど…ちゃんとできているかしら…。彼は常識もあるし、人の気持ちもわかる人なのよね。それがなんでレディレベッカ宛のものがあんな日誌みたいなものになったのかしら。
アリシアは伝書鳩が運んできたばかりのジョンの手紙を開いた。
『アリシアへ。添削よろしく。 ジョンより。』
『レディキャサリンへ
こんにちは。
今日は昼メシに焼いた肉が出ました。うまかったです。昼はパンとスープと干し肉といったことが多いのに炊事班が頑張ってくれました。
今日の肉は鹿。鹿はいいですよ。野性味もあるが食べやすい。脂身が少ないので腹にもたれない。ただ寄生虫には気を付けねばなのでしっかり火を通すことが肝要です。レディキャサリンも鹿を食すときには気を付けてください。
食後の茶はそこら辺の葉を乾燥させたものを濾しました。なかなかおいしかったです。
ではまた。 ジョン・バーミンガム』
アリシアはがっくり肩を落とした。
感情…
鹿と茶がうまかった。炊事班ががんばった…。
う…うーん…。一応感情か?
そして昼メシ…昼メシの呪縛が強すぎる。食レポをこれから知り合っていく恋人候補に書いてどうするの…。寄生虫は話題にする…?
怒っちゃだめだわ。
優しく指導しなければ
『幼なじみのジョン・バーミンガムへ
お手紙読みました。
1通目から食レポになってるところはどうかと思いますが前回の日誌よりはずっといいと思います。美味しかったって感情が入っているし、箇条書きではありませんものね……。でもこれではお相手はキュンとくることはないでしょう。
では模範文を。
『レディキャサリン
いかがお過ごしでしょうか。
こちらは元気にしております。
今朝森の中で摘んだ野草を利用して茶として飲んだのですが、あなたのことが思い浮かびました。
レディキャサリンのお父上のご領地、サイレント・ヒルではお茶文化が発達されていましたね。きっとあなたのお気に入りの茶葉もおありでしょう。この任務が終わりましたら是非あなたのお選びになったお茶を飲みながら午後のひと時をご一緒したいです。
こちらは寒くなってまいりました。どうぞレディキャサリンもお身体大切に。
お会いできる日を心待ちにしているジョン・バーミンガム』
どうかしら?
この通りではなくていいです。こんな感じであなたを思い浮かべた……みたいなことを織り込むとキュンとすると思います。くれぐれも丸うつしはだめよ。あなたの言葉でね。それと寄生虫ワードは書かないでください。絶対にです!
レディキャサリンのことはどんな方か直接には知らないけれどおば様に伺ってきたわ。
とても教養があってお美しくて優しくて「サイレント・ヒルの白薔薇」とまで言われている方だそうね。今度は断られないようにしなければよね!
あと、これは手紙に関係なく忠告です。
お茶にした葉はジイダチイラハの葉じゃないわよね?あれは茶葉に似てるけどお腹を壊すのよ。死ぬようなことにはならないけどそれはそれは大変なことになるわよ。この葉の特徴を絵に描くから、これ、皆さんとも共有してね。
鹿肉が美味しくてよかったわね!
寒さに気を付けて。暖かいひざ掛けを編んだから次の軍用便にのせるわね。
次のお題は
〈情景を盛り込む〉よ。がんばってね。
幼なじみのアリシアより。』
手紙をしたためて、ジイダチイラハの葉の絵を描き、それをまとめてまた伝書鳩に託すと
アリシアは
はっとした。
「そうだわ。うちの厨房にも鹿肉があったかも。料理長に注意しなくちゃ」
金色の髪を揺らしながらアリシアは階下の厨房へと走っていった。