01 恋文拝見いたします
顔よし性格よし仕事もできる!
幼なじみのジョンは本来モテモテのはずなのに恋人はゼロ! 我が国では良家の子女は恋愛に至る前に文通でお相手を知っていくことが慣わしなのに文才がまったく無いのが原因なの。ここは代々祐筆の家系、ブライトン家で育った私がお手伝いして差し上げましょう!
この伯爵令嬢アリシアがジョンのお手紙添削いたします!
「これ……なに……? 日誌?」
緑の瞳をパチクリ瞬かせながらアリシア・ブライトンは幼馴染のジョン・バーミンガムに尋ねた。
「恋文の下書き。いや……、恋文に発展させるためのプレ恋文かな」
心外なという表情でジョンはアリシアに答えた。
「いいえ! 違うでしょう! これ何? 何なの? こんなのじゃ絶対だめに決まってるじゃない!」
アリシアはジョンから渡された紙切れを音読した。
『レディレベッカへ
こんにちは
今日やったこと
am6:00 起床
am6:30 朝めし
am7:00 任務
pm0:00 昼めし
pm1:00 任務
pm6:00 夕めし
pm10:00 就寝
ではまた ジョン・バーミンガム』
「これは下書きだから実際はもうちょっと丁寧な字で書いたよ。あれか……、空白の夕飯後の4時間を不安にさせたかな?レディレベッカは心配性なのかな。そこはまあ、本読んだりカードやったり風呂入ったりなんだが……。そこも入れた方がよかったか」
「違う! 違う! ちがーーーーう!!!」
3カ月ぶりに駐屯地から都へ帰ってきたジョンを前にアリシアは叫んだ。
私はアリシア・ブライトン。ブライトン伯爵家の長女よ。我がブライトン家は代々王国議会の祐筆を務める家系なの。家を継ぐのはお兄様のリチャードだけれど、そんな家で育ったので私も美文字も書けるし、文章力もまあまあだと思うわ。
そして今私の目の前でふざけた文を見せているのは幼なじみのジョン・バーミンガム。バーミンガム侯爵家の次男で軍に勤務している顔よし、性格よし、仕事ぶりよしのなかなかの男……なんだけど……。
とにかく駐屯地生活が長くてなかなか恋人ができないらしいの。わが国ではお手紙文化が根付いていて、良家の子女は恋愛に至る前に文のやりとりをするのが普通。特にジョンのような駐屯地勤務の若い貴族の男たちはめったに帰ることができないので、文通という古式ゆかしい方法でお相手と知り合っていくのが必須なのだけれど……。
「先日おば様がなかなかジョンのお相手ができないって、こぼしていらっしゃったから、どんなお手紙を書いて断られ続けてると思ったら…! ここまでとは!」
「母上も心配症だなあ」
「おば様じゃなくても心配するわよ!」
「俺は自分のことを知ってもらいたかったんだがなあ……」
だめだ。この男はだめだ。
このままではあの優しいおばさまを悲しませてしまうわ。
「いいでしょう。ジョン。私がこれからあなたのお手紙を添削いたします」
「アリー。恋文を他人に見せるのは俺はともかくお相手に悪いのではないかな」
「お相手のは読みません。あなたの最初の1〜2通だけです。そもそもあなたの1通目の〈本日の日誌〉的なアレは恋文になっていません! 恋文と言えるようになったら私は指導をやめます!」
「幼なじみにプライベートな文を読まれるのは気が進まんなあ」
「あれはプライベートじゃないでしょ!プライベートなものって気が唆られるものだけど、あれは日誌!日報!子供の予定表よ!レディレベッカがお気の毒だったわ。誰が会ったことない男の昼めしやお風呂入った時間を知りたいのよ!」
「昼めしというワードは伯爵令嬢としてはお下品だよ、レディアリシア。それに風呂は書き忘れたんだってば」
「あ、な、た、が! 書いたままの言葉よ!! 風呂は書かなくてよろしい」
かくしてアリシア・ブライトンのお手紙指南が始まろうとしていた。
手紙のやり取りは軍の伝書鳩で行い、軍務が忙しくない時にはジョンはできるだけ手紙の下書きをアリシアへ送り、アリシアが添削した手紙はまた伝書鳩で駐屯地へ戻すという手はずだ。
そもそも我が国も隣国も太平の世という感じで実戦はなく、駐屯地の任務は演習や警備、インフラの整備点検がほとんど…。緊迫した状況とはほど遠いので手紙のやりとりは結構できるだろう。
とにかく事務連絡的で日誌的で今日の動向的なあれをなんとかするには……そう!感情を入れなくてはね!
最初のお題はお手紙に〈感情を入れましょう〉よ!
レディレベッカのウィンストン家からは丁重なお断りの文書がバーミンガム家に届いたそうなので次回はレディキャサリン。待っててね! レディキャサリン! 素晴らしい手紙を出させるわ!