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二話「疑問」

「ここなら、大丈夫だろ」


ぜぇぜぇと息を切らしながら、隼人は今朝も訪れていた秋葉の部屋に転がり込んでいた。


「今日家出る時、そういえばまた鍵かけてなかったもんな。...そのおかげで助かったんだけど。」


秋葉が自分の注意を聞かなかったおかげで助かったのだと思うと少し複雑な気分になる。


「それよりも……」


部屋にあるタンスを玄関に移動させ、ドア固定する。


思っていたよりもずっと重く、動かし終えた後にぐったりと座り込みタンスに背中を預ける。


「…………」



疲れた


今もあの化け物はこちらを探し回っているだろう事を考えると、全く気が休まらない。

もし仮にあの壊れた塀が化け物の仕業なのだとすれば、こんな中途半端なバリケードなどすぐに壊されてしまうだろう。


「自分から逃げ道を無くすなんてな……」


秋葉の部屋に逃げたのは考えがあってのことでは無い。

むしろ何も考えずに逃げてきた結果だった。


「いやあの場面で考えて行動とか無理だろ」


人が喰われていた。

ゲームやアニメでなら、見たことある。

足を浸すような血だまりも、本気で命乞いをする人間も、それでも無慈悲に殺すモンスターも。


慣れていた、様な錯覚をしていた。

自分はそういうのは大丈夫なんだと、そう思っていた。

それが、あくまで創作の中でだけの慣れだとは知らなかった。


「………知りたくもなかったよ…」


これからどうすれば良いのだろう。

外に出れば化け物に見つかる可能性が高まる。

かと言って、ずっとこの部屋に引きこもる訳にも行かない。

それにもし秋葉や春風がさっきの女の人と同じ目に合うかもしれないと思うと気が気でなかった。


「……すぅー」


深く息を吸い込み、覚悟を決める。


「外に出て、それか───」


壁を砕く轟音が、続きの言葉を遮った。

土煙と共に、黒い人影が部屋に入ってくる。


「…ドアから入って来いよ!!」


用意したバリケードが無駄に終わった怒りをキッチンから借りていた包丁に乗せながら、敵の顔に向けて思い切り突きつける。



「……マジか」


包丁の刃は頬の肉に少し食い込む程度で止まっていた。

跳ね返って来た想像以上の手応えに、手が痺れる。


「──、─!!」


唸り声を上げながら、餓鬼の細腕が隼人の胸を叩きつける。

骨を軋ませる程の衝撃に、隼人の体は机を巻き込みながら吹き飛ばされる。


「……ゴホッ…ゴホッ…!」


(これは、無理、かな…)


たった一撃で受けたダメージの大きさに、半ば諦めのような気持ちが広がる。

何とか身を起こし、壁に背を預ける。

息を少しずつながら、ふと手に握ったままの包丁に目をやると、すぐ近くに白のシャーペンが転がっていた。


(朝、秋葉に貸したやつか。……ちゃんと返せよな)


隼人の誕生日に、秋葉と春風が自分に贈ってくれたシャーペン。

誕生日当日、プレゼントはなんだろうとか、どう祝ってくれるんだろうとか、少し浮ついていた事を思い出す。


(楽しかったな)


少し目を瞑り、再び前を見ると口を大きく歪め、こちらを見下ろす餓鬼の姿があった。

死ぬ恐怖は、もう無い。

だが同時に


「死んでたまるか」


立ち上がる。

怒りにも似た感情が体中を支配する。

包丁をもう一度強く握りしめた瞬間─


──光を放ちながら、すぐ側に一振の刀が現れる。


それを目にした隼人は、全ての不理解を投げ捨てて、その刀を振り抜いていた。



どちゃと鈍い音を立てながら、分かたれた上半身が床に落ちる。


「殺せた…みたいだな」


床に血溜まりを作りながらピクリとも動かない餓鬼を見てそう呟く。


「包丁でもほとんど刃が通らなかったのに…凄いな」


改めて手に握った刀を見る。

鍔が無く、刀特有の反りも無い白亜の直刀。

手に持つための柄の部分には、花冠の様な模様が施されていた。


「……何か可愛いな」


『うるせぇヨ』


「うお!」


突然の声に驚いていると、持っていた刀が再び光り始め、形を変えていく。

隼人の胸辺りまであった刀が、拳程度の大きさになると、徐々に光が収まっていく。

そして、目の前に現れたのは


「……白鳥?」


『カラスだボケ!全然形ちげェだろうガ!』


「知らねぇよ。それにお前真っ白じゃん」


『……これはあれだ…アルビノって奴ダ』


そう言いながらカラスは額にある割れ目を羽でなぞる。

確かに見た目はカラスそっくりだが、カラスではありえない特徴がある。


「なんで喋ってんの?」


『ハァ…そっからか…いいゼ、何でも二つ、質問に答えてやるヨ』


「二つ?……じゃあまず、あれはなんだ?」


言いながら、灰色の死体に視線を向ける。


「最初の質問がそれかヨ…あれは魔獣だナ、確か名前はヴェトロだったカ」


魔獣?人を襲うモンスターって事だろうか。

そんな物が本当に存在していたなら、何故今まで世間に知られていなかったのだろうか。


「俺が知らなかっただけ、な訳ねぇよな」


『他にはねェのカ?』


「……いやもう1つある、…お前はなんだ?」


『偉く漠然とした質問だナ』


「分かんねぇ事が多すぎんだよ!答えてくれ」


『それもそうカ。オイラの名前はドグ!剣となり守り導く、お前の〈ガイド〉だ』


「ガイドって何だ、剣になるって…もっと細かく教えてくれよ!」


『質問は二つって初めに言ったロ?』


「だから、なんで二つだけ!」


『そこで死んでるヴェトロは、基本群れで行動する魔獣ダ。大事な友達がピンチかもしれねぇゼ?』


あっけらかんとそう言うカラスに、頭に血が上りそうになるが、直ぐに切り替える。


「そう言うのは先に言ってくれ!…その、一緒に来てくれるか?」


『勿論ダ、言ったロ?オイラはお前のガイドだっテ』


それが分かんねぇんだよと内心で不満に思いながら、隼人とドグは秋葉達のいる学校へと

急いで向かった。





隼人が弁当を取りに向かったしばらくあと、パンを食べながらくつろいでいた秋葉は、部室の中で微かな揺れを感じた。


「……地震か?」


部室には秋葉以外の部員は居らず、返答は無い。

この位の揺れなら特に気にすることもない。

そう思って、かじり掛けのパンを一気に口に放り込む。


「…ごちそうさま」


そう言うと、持ってきていた教科書を開く。

隙間時間に勉強なんて、隼人が見たら驚くだろうな。

ページを数枚捲った所で、違和感を感じる。


「静かすぎねぇか?」


部室と言っても、壁は薄い。

いつもなら隣の部室からも、外のグラウンドからも人の声が聞こえてくるはずだ。

それが、今は──


「おい、日落!無事か!?」


突然、部室の扉が乱暴に開かれる。


「無事って…そりゃまぁ無事だけど」


「ずっとここにいたのか、…とにかく、早く逃げるぞ!」


いつもと様子の違う友人を見て、秋葉はすぐに切り替え、カバンも置いて谷内に言われるがままに後をついていく。


「何があったんだ谷内、話せ」


「不審者だよ!校内の人間を殺してってる!」


「…不審者?……」


…なら何故こんなに静かなんだ?


周りを見る限り、どこにも人は居ない。

自分以外の人間が既に全員避難していたとでも言うのだろうか。

だがそれより、


「おい谷内!何で校舎に向かってる!?外に逃げないのか!?」


「外の方が危ないんだよ!!」


「それは、どういう…」



いや、それ以上におかしい事がある。

谷内とは友人だ。

だが、最も親しい友人という訳では無い。

なら何故───



「クソ!見つかった!」


谷内が裏返った声で叫ぶ。

目を見やると、浅黒い肌をした人影が校舎からゆっくりと姿を現した。


「あれがお前の言ってた不審者か?」


「そうだ!」


「……そうか。人間、には見えねぇけどな」


身長は100センチ程度、胸元に血痕、そして手には…人の腕、が握られている。


あの身長、体格で人の腕をもぎ取れる程に力が強いのなら──


「──やばいな」


「だから言っただろ!」


冷や汗が背筋を伝う。

恐らく、掴まれただけでこちらは致命傷を負う事になるだろう。

なにか無いかと頭を巡らせる。


野球部のバットが部室棟の端に置いてあったはずだ。

敵が校舎の中から現れた以上、部室の方へ引き返す事は難しくない。

いや、待て。待て待て。


「こんな化け物がでたんなら……」


「どうかしたのか!?」


「………春風は、どうなった!」


杞憂ならいい。

だが、今その疑問を口に出すのは何か不味い気がした。

だから、今その追求はいい。



「言ってる場合か!!」


「俺にとっちゃ、1番大事な事なんだよ」



違和感を心の奥に押し込みながら、春風の笑顔を思い出し、気持ちを切り替える。



「春風になんかしてたら、絶対許さねぇからな…!」



暗示するように、義憤を言葉に乗せる。

すると、そう呟きに呼応するように、胸の当たりが熱を帯び始める。


「なんだ、これは…」


心当たりを探ると、春風と隼人が自分の誕生日にと、贈ってくれた御守りが爛々と光を放っていた。


理解できる。

この光の使い方、そして名前が。


更なる疑問が湧き上がる。

だが、今はその疑問を心の内にしまっておく。



「来てくれ、エル」



呼びかけると直ぐに手に持つ御守りが更に光を強め──



──鮮やかな赤に細やかに金を配色した、和弓へと姿を変えた。



「……弓、だけか」


谷内が落胆した様にそう呟く。

その反応に半ば確信し、それを悟られない様に心配無いよと声を掛ける。


前を見れば、突然現れた光に警戒していたのか、こちらに近付こうとしなかった小鬼がこちらを睨みつけていた。


打ち出す矢は無い。

だがそのまましっかりと弦を引く。


「じゃあな」


秋葉が手を離すと同時、小鬼の頭は二つに割れていた。

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