第4話 レーベンロード
「ただいま……」
色んな事がありすぎて、どっと疲れたまま帰宅する。
「ん?」
玄関に朝には見なかった、見慣れた靴が並んでいた。
「おかえり~」
「やっぱり詩桜里さんか、来ていたんですね」
声の主がこちらを向く。
「ああ。 大地さんから連絡をもらってな。 まったく、心配なら帰ってやればいいのに……」
「はは、仕方ないですよ。 忙しいのは知ってますから」
小鷹 詩桜里。
リベリティア学園の教師であり、数少ない魔法を使える大人の一人でもある。
と言ってもそこまで年齢は離れていない。
大地さんたちの親戚で、幼い頃によく遊んでもらっていた。
こうして今でもよく顔を見せにきてくれる。
今ではすっかり身長は僕の方が高くなっているが、昔と変わらず僕たちのお姉さんとして接してくれている。
僕は、そんな詩桜里さんのことが……
「それで、こんなに遅くまでどこをほっつき歩いてたんだ? 授業はとっくに終わっているはずだぞ」
ムッとした表情の詩桜里さんは可愛いのだが、
「えと、ちょっと野暮用で……」
先程のことは詩桜里さんにも言えず、はぐらかすように答えてしまう。
「野暮用〜?」
じっと見つめられる。
隠し事をしてるにもかかわらず、詩桜里さんに見つめられてちょっと照れてしまう。
「はは〜(ニヤニヤ) さてはあのあと、東雲と一緒にいたのかな〜?」
ゆ、ユッキー?
「ど、どうしてユッキーの名前が」
「私も教員だからな、今日の演習は見ていたんだ。 綺麗に吹っ飛んでいたな」
言いながらくつくつと笑う。
なんだそういうことか。
あれを見られてたのはちょっと恥ずかしいが……
「見ていたなら助けてくれたらよかったじゃないですか……」
「本当に危なくなったら助けに行くけど、ああいうのは何事も経験だ、経験。
それに、あそこでは東雲が助けてくれてただろう?」
「まぁそうですね。 めっちゃ助かったんですけど、あいつ勉強だけじゃなくて魔法の才能も僕よりあるのかよ〜ってなりましたけど」
「勉強に関しては雛太がやってないだけだろう」
「そっ、れ、は、そうなんですが……」
「魔法に関してはイメージの問題だろうな。 あとは慣れだ、慣れ。 あれだけの風を起こせてたんだ、コントロールさえどうにかすればしっかり武器にできるんじゃないか?」
「そー……ですかね」
軽く握った拳を見つめる。
授業でのアクシデントもそうだが、あの時も……
「ん? どうした、何かあったのか?」
「い、いやぁ、今日の感覚だと本当に制御しきれるのかなぁというのが」
嘘はついていない。
が、本当のことも言っていない。
詩桜里さんがじっとこちらの顔を覗き込む。
何か勘づかれたか……?
しばらくこちらを見つめた後、小さくため息をついて、
「そんなに気にするなら、個人的に教えることはできるぞ」
「え、いいんですか」
意外な提案に驚く。
「もちろん、実際に魔法を使いながらというわけにはいかないが…… イメージのこととか意識のこととか、そういう理論的なことなら」
「是非! お願い! します!」
「ぉお。 食い気味だな……」
詩桜里さんを困惑させてしまった。
「分かった分かった。 明日からはなるべくこちらに帰って来よう」
「ありがとうございます!!」
詩桜里さんに魔法を教えてもらえるとは……
一石二鳥とはこのことか。
「た・だ・し、無理はするな」
少し浮ついていたところに真面目な顔で念押しされて少したじろいでしまった。
「過去のこともある、それで急ぎ強くなりたくなるのも理解しているつもりだ。 何をしてたかはもう聞かないが、今日帰りが遅くなっただろう? 危ないから明日以降はちゃんと帰って来るように」
「は、はい……」
詩桜里さんの悲しげな表情から、目を逸らすようにうなずいた。
本気で僕のことを心配してくれているのだろう。
(でもごめん、詩桜里さん……)
それでも、今の僕は一刻も早く、強くなる必要がある。
最低限、あいつに抵抗できるくらいには……
詩桜里さんからの素敵な提案があったというのに、
一度部屋に戻ってベッドに寝転んでいても、頭の中はあいつの中でいっぱいになっていた。…
◇
遡ること1時間前……
僕は路地裏で見つけた目の前の謎の少女に目を奪われていた。
透き通るような長い髪、透明なほど白い肌、そして幼い容姿。
その風貌は、触れたら壊れてしまうのではないかと思わせるほど儚げな雰囲気を纏っていた。
そして人間離れしたその美しさに、先の緊張を忘れるほど胸が高鳴っていた。
(いかんいかん……)
首を横に振る。 こんな小さな子に何を……
「にしても……」
この子は家出なのだろうか。いったいどうしてこんなところにいるのだろうか。
安心しきっているような寝顔を不思議に思って覗き込んでいた。
少し経って少女がこちらに気づいたのか、目を覚ました。
「ん…… 」
薄っすらと目を開く。
思わず身構えてしまったが、それも一瞬。
目蓋から覗かせた深紅の瞳に、吸い込まれるように目を奪われていた。
そしてこちらを認識し、唇がわずかに動く。
「お……」
「……お?」
ぐ~~~……
「お腹空い、た……」
「…………」
それだけ言って再び目を閉じてしまった。
な、なんなんだこの子は……
*
「はむはむもぐもぐ」
近くのコンビニで買ってきたものを勢いよく食べる。
さっきまでは美しい雰囲気であったが、食べ物を頬張る今の姿はとてもかわいらしく感じた。
人間離れした……なんて思ってたけど、年相応の姿を見て安堵のため息をついた。
黙って見つめていた。
「あむあむあむ……ふぅ」
食べ終わった少女がこちらを見る。
「うむ! 感謝するぞ、人間」
に、人間て。
こんなところで眠ってたし、ちょっと変わった子なのかな?
「はは、別にいいけど、君はこんなとこで何をしてたんだ? 家出だったりするのか?」
「家出…… ふむ……」
考え込んでしまった。
流石にいきなり聞くのは失礼だったかな……
「今日はたまたまここで寝ていただけだ。 特定の拠点は持たぬ」
わ、我……
人間呼びといい拠点といい、きっとこの子はそういう年頃の子なんだろう。
そう思うことにした。
それにしても、なんとも独特な雰囲気の子だなぁ。
「ところで君、名前は?」
「我か? 我の名はライム・レーベンロードだ」
「ラ、イム……? あぁ、別の国の人か?」
一瞬ふざけているのかと思ったが、この辺りの人ではない可能性もある。
それならこの整った容姿や個性的な性格も納得がいく。
「この名を知らぬとは、人間も10年の間に平和ボケしたものだな」
前言撤回、やっぱり変な……
「まあ、覚えておくといい。 いずれ我が、世界を統べる魔王となるのだからな」
「ぇ……」
ま、魔王……?
何を言ってるんだこの子は。
冗談だと分かっていても、その単語に過去がフラッシュバックする。
あの紅い空が脳に浮かび、全身の血液が沸騰する。
「ら、ライム、ちゃん? あま、り……魔王とかそういう冗談は」
「魔王」という単語を聞いただけなのに、興奮が隠しきれない。
いや、決してそれだけではなかった。
先程感じたゾッとするような嫌な雰囲気、「10年、平和ボケ」といった単語。
そして、この子の謎の雰囲気からある1つの結論が導き出されていた。
でも、いや、そんなはずが――
動悸が、吐き気が、止まらない。
「んン? 冗談? もしかして気づいてなかったのか?」
ライムと名乗る少女がこちらにゆっくりと近づいてくる。
体が言うことを聞かない。
景色が揺らぐ、眩暈がする。
「我は魔族だ。 そして……」
辺りの空気が一変した。
風が強くなる。
木々がざわめく。
街灯が悲鳴をあげる。
こいつが…… こいつが……
「先代魔王、アムニ・レーベンロードの娘であるぞ」
こいつが、諸悪の根源――――あの魔王の娘……‼