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不死王国史  作者: 近衛キイチ
コルネリットの叛乱
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コルネル

 アースエイド暦九四二年の冬、ニルギスの東に位置する街ルクサニ、周辺の農村部住民を合わせても一万に満たない街である、この街で織物業を営むバールジャー・コルネルの屋敷にて、侍女が扉の前に置き去りにされた赤子を見つける、浅黒い肌を持つ白髪の男の子だった、降り始めた雪が赤子の体を覆い始めているのを見たバールジャーは、既に息絶えていると思いながらも赤子を抱き上げると、その子は大きな声を上げて泣き出した。


 バールジャーは考えていた、昨年の秋に妻が命を賭して産んだ双子の兄妹コルネリットとコルネリアのために、信頼のできる秘書であり生涯の友となる者を与える事が出来ないかと、彼は奴隷の子供を買い兄妹と共に育てる積りだったが、腕に抱く赤子に運命的なものを感じると、雪を征した者の意を持つディアニクスと赤子を名付け引き取った。





 ミリディウムの中央よりやや北に位置するニルギス、その周囲には六つの国が国境を接しており、東にはティタン、西にはアルトーエス、北西にはイオ、北東にはキリキア、南にはピラニレ、南南東にはパシウスがある。

 かつては交易の要所の一つとして栄えていたが、ミリディウムの多くの国と同じように、王政へと変わる過程で多くの死者を出すと共に市民権が制限された。

 この国に住む者の数は八十万余、ミリディウムの中でも、ニルギスは小国の分類に入る。


 ニルギスの僭主の名はウィルティコスという、彼の曾祖父に当たるアナハルドは叔父の代からの評議員となるいわゆる新興貴族で、その血筋をいくら遡っても王や半神の姿は見えてこないのだが、彼は自らを王と僭称し黄金の冠と金箔や宝石をはめ込んだ玉座に座っていた。


 アエミリウスの活躍後、ニルギスは貿易による関税で富を得ていたのだが、アエミリア王国の経済が国内で循環するようになると、ミリディウム全体の好景気は終わりを迎え、産業を育てていなかったニルギスの財政は破綻、北方部族のキリキアへの侵攻と住民の恐怖や不満に乗じアナハルドは国家の危機を煽り全権限を自らに集約させようとした。


 アナハルドは国家を転覆しようとした罪で逆に評議会から国家の敵と言い渡されると、西に国境を接する現在のアルトーエスに亡命、一足早く議会から全権を与えられていたアルトーエスの執政官に軍を借り、自らを支持する市民の協力により自国に攻めいる。

 都市の通りに屍を積み上げた後、評議会と市民集会から権力を奪い取ると、民衆を騙しつつ共和政から僭主政に政治体制を変えたのが始まりで、重ねて記しておくが彼の血統の中に王や神話に登場するような人物はいない。


 

 多数による政治に飽きた民衆が、僭主による政治を許してから百年余りが経った。

 市民は支配者に倣い殆どの所で世襲と縁故主義が蔓延し、放蕩が許されるだけの財を持つ者は自らを飾り立て飽食の日々を過ごした。



 一般市民の長男は長子相続により土地に縛り付けられて身動きが取れず、農地という唯一の財産は、共和国時代に行われた無計画な生産により地力は失われ、それらの土地から農産物を得るには、金属製の農具を使わなければならないのだが、蔑ろにされている農村部では経済的に鉄の生産が難しく、彼らは税を支払うために大地主の畑を代わりに耕すことで金銭を得る生活を強いられ、ようやく得られた余剰農産物も不要な家畜と共に売り払い、それでも足りずに借金をする年もあった。


 長男はまだ得る物が在るだけ幸福なのかもしれない、長男の予備として存在する次男は成長すれば家から追い出され、無法者にならず法の下に生きるならば、村の片隅で農具の修理や近隣住民を手伝いながら結婚することもできずに死ぬか、都市に出て日雇いの仕事や大地主の下で農奴になるしかなかった。


 家族を持つ必要もなく生きていけるだけで幸せと考える者もいたが、技術もなく老いて働けなくなった隣人が家々から残飯を漁り、その果てに餓死したのを見れば、心穏やかに暮らせる者がどの程度いるだろうか。

 心が荒れすさみ郷土への愛を持たない者は、森の中に潜む盗賊となりながら国内を荒らし回りつつ、王や地方長官に雇われては叛乱を起こそうとした同国民や他国民を討伐し、勝者の権利として三日の略奪を行っては果てしない欲望と悪癖に身を染めた。


 農村部の生活が悲惨であっても季節ごとに新鮮な食べ物を得ることができたのに対して、王都や優遇されている都市でさえも季節によっては手に入れられる食糧の多くが保存のために塩や酢に漬けられており、都市の中でも貧しく粗末な食事しか摂れない者は、冬になると手足の痺れ歯茎や古傷からの出血に加えて視力の低下などに苦しみ、苦しみながら死んだ。




 コルネル家に赤子が来てから何かが変わった。

 バールジャーの生み出した丈夫で光沢のある糸で作られた紐が、上流階級を厭わず都市の婦人方の間にまで流行したことてコルネル家は資産を何百倍にも増やした。

 この時にコルネル家は、二本の糸が螺旋状に絡まりながら円を描きその中央に心棒を置いた紋章を使うようになる。


 バールジャーは十分に資産を蓄えた後も王都に引っ越すことなく、有事の際には一千の武具か二十の騎馬を提供することを条件に街の行政を掌握し、街に近い小川の拡張工事や沼地から水を抜くなど洪水や疫病の発生を抑えると共に、安全な飲み水と新たな農地を確保し、技術者や学者を定住させて街の産業と学問を充実させると、街の周囲に低いながらも石の壁を築き、夜警を雇うなどして街の治安の維持に努め、盗賊に怯える人々に安心と充実を与えた。


 さらにバールジャーは管轄内の農村に鉄製の鍬と斧を買い与え、余剰農産物を優先的にルクサニに運ぶように契約し、着実に街に食糧が行き渡る様に配慮、住民は農民から教わった保存食の作り方を学び、冬特有の病気になる者はほとんどなくなった。 


 赤子が来てからバールジャーの人生は恐ろしいほど好調に進み、赤子を本当に神の子供ではないかと考えていたようだが、ディアニクスはバールジャーが本来望んだとおり、コルネリットが本来関わることのない街の子供たちとの間を取り持ち、彼が世間知らずで傲慢になる切っ掛けを与えず心穏やかな少年に成長させた。

 この時の友人たちの多くが故郷を護るために命を懸け、『コルネリットの叛乱』の中核を担う人材となる。

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