アエミリウスによるアルペニア開放後のミリディウムについて
ミリディウムとはアースエイド中央部の名称で、南に在るアルペニアや北に在るカーナ地方に挟まれている地域という意味に過ぎず、ガイウィウスのくびれと表現されることからその領域は狭い。
南に在るアルペニア地方との境は、西部から北東部に延びるニースト山脈と同山脈から流れる幾つもの川が合流し東に向かって流れるアムル川とされている。
北と東を海に囲まれ、西をニースト山脈、南をアムル川に挟まれているアルモア王国は、自分達をアルペニアに属する国と考えている。
同国では話すのを控えるが賢明といわれているのだが、アルペニア中央に定住したバルバロイドもミリディウムが不作の時に富を求めてアルペニアへの移住を試みる未開の部族を警戒し、アエミリウスにより追い詰められた後もアムル川より先には足を踏み入れてはおらず、アエミリウスも同川を国境線としていることから、アルモア王国の所属が何処なのかは判ると思われる。
古代のミリディウムには数千の王もしくは首長が存在していたという、三千というのがその支配下に在った者の総数なのか、それとも動員できる戦士の数かはよく分かっていないが、アエミリウスが率いた戦士の数と同数であることから、慣例的にこの数字を好んで使っているだけで、三千という数字そのものを信用するべきではないのかもしれない。
税制もなく政治制度も未熟で、王自身も狩猟をおこない土地を耕して日々の糧を得ていたことから、他の共同体との交渉役や軍の指揮官に近い地位だったと考えられる。
その後、周辺の王や有力者との争いを続けて徐々に権力を集約、宗教と内政に加え商権を独占した諸王は、自身の血統を神々や英雄の子孫として神格化、その過程で事実を知る語り部の口はふさがれ、文字に移される前の重要な歴史は消滅または改編されたとのだと思われる。
南の境界線はニースト山脈とアムル川で確定しているものの、北に在るカーナ地方との境界線は曖昧である。
カーナ神を崇拝する未開の部族が棲むラムフィス川とボナ川の以北は確実にカーナ地方と称することができるのだが、ミリディウム北部に位置するモナモル、イオ、キリキア、アップル、フリクリとこれらの国々と二つの川の間には広大な森が存在しており、そこにも複数の蛮族が棲みついている、さらに内陸に位置するキリキアとアップルは国家として成立した時期が新しいので、人によってはこの森と国を含めてカーナ地方とする場合があり、この曖昧さを利用して、出身地の詐称や詭弁に使われることがあり注意が必要だ。
六四二年、多くの命が失われた戦役が終わる。
アエミリアとバルトの属州ノートニグルが誕生、その復興と発展に今まで無視されていたミリディウムの物資と労働力が活用されると、技術と人の流入によりミリディウムの文明は開化、その後、王の権力に抵抗することが流行のように広まり、力を付けた民衆や富を手に入れた有力者と貴族連中による叛乱が多発した。
血統による縁故主義が否定され、分裂と併合が繰り返された後、都市国家となったある国では王の権力は分散制限され最高位の官職として残され、ある国では名を変えて選挙による任期制へと変わり、ある国では王制そのものが廃止される。
王制に代わり誕生したのは、最も力を有していた者達による民主制や貴族制、またはそれらを併せた政治体制だった。
革命の後、市域の広がりと共に法の複雑化と議会の儀式化が始まる。それらを理解する専門家と国家を運営する官僚機構が必要となったことで、市民は複雑かつ秘密の多くなった政治の中身を知ることができなくなったために、新たな特権階級が生じることとなった。
政治家の権力を制限しようとする市民を恐れた議会は、徳と寛容を見せる振りをしつつ新たに征服した土地に住む者に市民権を与えることで参政権の価値を低下させ、動員した市民権所有者を使い市民集会の権威を消失させた。
議会には良識的で市民の味方をする有力者は少なくなかったが、彼らが市民に対して同情的だったのは、自らの富の源が国内になかっただけであっただけで、復興したアエミリア内で経済が回り始めたために彼らは財政的な基盤を失い、政敵と同じように市民から搾取することを選べなかった者から没落した。
市民というものは真実を知れば正しい判断が下せるのに、その信じた内容が正しいか否かを判断するのは苦手だ。
自尊心が肥大化した市民は内容そのものよりも印象で物事を判断し、有力者の流した流言を容易に信じては自らの権力を喜んで手放した。
市民は分断と貧困により無力化され、有力者は富と権力を独占し傲慢に振舞うようになると彼らは権力闘争を始めた。
内乱が起きた動機は幾つも存在する。
アエミリア王から援助を受けていた者、同僚議員の無能や不正に対する憤り、他を圧倒し名誉を得ようとする者、富を再分配するには自らが全権を掌握しなければ対応できないとの考えに至った者、そして、それは他国を巻き込む内乱に発展、それから十数年の間、ミリディウム内では指導者達に率いられた市民同士が殺し合い、多くの指導者が軍事的または政治的な敗北により目標を達成できずに消えていった。
優秀な者達は殺し合いにより消え、優柔不断で理念を理解せずただ現状に流されるばかりで、誰からも選ばれなかった者が残されることで、一時的な平和と衰退が加速する。
そして、遂に全ての問題を解決する能力と、他の競争相手よりも高い軍事と政治の才能を持つ者が現れた時、国々はその者達の武力と人気及び恐怖に加えて、圧倒的な希望により支配される。
それまでの政治体制を覆した僭主の多くは王の一族とは関係なく、それを子供に引き継がせるには直ぐに気が変わる民衆など当てにならないことを知ってた。
英雄を自称する彼らはアエミリウスを真似たのか、自身の権力に寄生する者達で構成された特権階級や、市民を兵役から解放すると理由を付けて、自分の国や親兄弟の生死に興味を持つことがなく金に忠誠を誓う者達で構成された軍団を育て、そこに力と富を集中させる事で政治基盤を安定させようとした。
都市国家とその周辺領域は英雄たちに併合され、為政者と共にその者たちに寄生していた富豪が死に絶えたことで多くの国民の借金は帳消しになり、巨大な経済圏を得たことで減税と税制の統一、復興による好景気、土地の分配、僭主主催の催し物、これらの懐柔政策と勘違いにより市民はかつての体制への郷愁は消え、市民集会への弾圧も自分達への配慮と勘違いした。
二代目の僭主も国民の性質を理解しており、実体としては独裁体制を敷いていたが、議会の最高権力者として振る舞い、傭兵や特権階級の横暴を止める能力を有していた。
もし二代目が政権を失うことがあっても、内乱により政敵である政治家は死に絶えており、新たに政権を執るのは傭兵隊長や僭主制を支持する者であった。
三代目になるとそれまでの終身の執政官や総司令官職という偽りの役職を捨て去り、自らを王と僭称するようになる。彼らは大した才能もなく無能な上に傲慢で、先代が作り上げた特権階級を巧く治める事ができない上に、金でしか忠誠を買うことができない傭兵を恐れた。
あまりに傭兵を恐れた僭主たちは、その部隊を分散させて敵対させることで共謀を防ごうとしたが、これにより国内の傭兵の総数は増え、雇い主を侮った傭兵は給与の引き上げのために叛乱を起こし、その討伐のたびに給与が引き上げられることになる悪循環が繰り返されるようになり、彼らの不満を解消する供物として市民が捧げられた。