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不死王国史  作者: 近衛キイチ
アエミリウス伝
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アエミリア王国の成立

 歴史上、敵の主力に対抗するために武具の改良や戦列を組ませることはあったが、政敵により考案者が追放されると運用されなくなり、バルバロイド侵攻の際には敵味方入り乱れて戦ったことにより、体格の劣るアースノイドでは勝負にはならず都市は蹂躙されることになる。

 さらに、アルペニアに住み着いたバルバロイドはアースノイドにより制作された武具を身に着けていたので、体格の違いから同質の武装をしたアースノイドでは例え数が多くても正面から向かい合った場合には勝つことはできなかった。


 量も質も期待できなかったアエミリウスが、個々の戦闘能力を高めるよりも各自の役割と装備の均一化を図った事によって、凶暴な力を持つ者が英雄と呼ばれていた時代は終わり、指揮官の持つ才能が勝敗を決める時代へと変わった。


 数ヶ月後、全ての策謀がアエミリウスの物である事を知ったダヌウィウス族は、アエミリウスが居を構えるディリッサに七万の戦士を派遣した。その報を聞いた各都市の住民は浮足立つが、アエミリウスは皆を落ち着かせるために各都市を回る様なことはせず、準備が整っていた二万四千を率いて七万の戦士に向かい進発した。


 行軍の途中、アエミリウスの率いる軍勢を見送る者達の不安に付け入り、彼に批判的だった者達が食糧輸送を邪魔するなどしたが、途中の集落や都市などに使者を送って食糧を買い取るなどしたので、彼は二十日後にダヌウィウス族に戦いを挑んだ。


 敵の戦士が密集隊形を組んだ重装歩兵と対する前に、敵の突撃を弱めるため、軽装兵が向かってくる敵の戦列へ向け飛び道具による遠距離攻撃を加え、次に戦車が敵戦列を引き裂いた。混乱に陥った敵のその突撃力は無力化され、そこに重装歩兵が突撃して敵の中央を突破した。

 彼らの知る会戦ではなくなった事に驚いたダヌウィウス族は混乱して敗走、アエミリウスは騎兵による追撃をおこない敵の多くを死に至らしめた。


 アエミリウスが勝利したとの報を聞いて狂喜した民衆は、彼の指示通り残りの軍勢を派遣、味方が到着するとアエミリウスは、東北部の都市を包囲するダヌウィウスの分隊を次々と打ち破りながら西に進み、食料不足より弱体化していたダヌウィウス族の長が率いる十万の戦士と戦いに彼は勝利する。

 数を減らしたダヌウィウス族はバケニス族との会戦に敗れて消滅するが、バケニス族も多大なる犠牲を払った勝利であった。


 ダヌウィウス族が滅びたことにより、危機が去ったとして北東部の住民は歓喜するが、その一方で冷静だったアエミリウスは、その地が空白地帯になったと他の部族に思わせないように、正式にバケニス族の保護下に入ることを宣言、他の部族が進軍する隙を作らせなかった。


 その後、アエミリウスはバケニス族と共にアルペニアの東を支配するグラティティオ族の弱体化に成功し、奪った都市から徴収した税金や食糧等をバケニス族に献上しては従順な振りを続けつつ、各都市への影響力と力を蓄えて次の行動に出る機会を窺った。


 二年後、バケニス族と北西部を支配していたレギニウム族がエラウェル族の地を巡り再び争いを始めたのを契機に、アエミリウスは定員五千の軍団を八個編制すると西に向かい進発、バケニス族の支配する都市を開放しながら勢力を広げ、これを知り反転して引き返してきたバケニス族との戦いはさけ、半年間遊撃のみで敵を翻弄、その後、食料と物資の調達ができずに弱体化したバケニス族と戦い彼らを敗走に追い込んだ。


 バルバロイドというのは、同種族でも部族が違えば他の生物という考え方をするようで、逃げ出したバケニス族の生き残りは、他部族の領土に入った途端に攻撃を受けて多くが殺されてしまう、この性質により彼らは最後まで共闘することなく個々の部族で戦いアエミリウスの前に敗北して行くのだった。



 六四二年、アエミリウスは五つの部族を壊滅に追い込んだ時点で勝利宣言をした。

 ここまでが「バルバロイド戦役」とか「アルペニア解放戦役」といわれている出来事である。


 勝利宣言といっても、未だにアルペニン山脈の裾野とその奥の深く暗い森に逃げ込んだブリティガス族と他の部族の残党、さらに、定住したバルバロイドによる防衛が消えてしまったために、新たに侵攻してきた幾つかの小部族が潜んでおり、それらを掃討するために軍事行動を続けなくてはならなかった。


 しかし、宣言を真に受けて戦役が終結したと思いこんだ者達が多くいた。

 各都市で執政官アエミリウスの代理として自治を任されていた有力者達は、強大な力を持つアエミリウスの失権を狙て大評議会を立ち上げると、彼を職権乱用や公金横領などの様々な罪で告発を行い、直ちに軍団の解散と出廷を命じた。


 自尊心と決断力に富むアエミリウスはこの告発に対して憤慨、軍団兵に自身の危機と自分を見捨てないように彼らに説明した。

 アエミリウスの説明を聞き、何も理解していない大評議会に対して軍団兵はアエミリウスと共に戦うことを誓い、総司令官の無罪を晴らすために、軍団兵は彼らの意志で大評議会に宣戦布告した。


 この戦役は、初期にバルバロイドから解放された北東部の都市が大評議会側に立って戦い、アエミリウス側には解放されたばかりで、いまだに戦争の傷が癒えていない南部の都市が味方に付き戦った。


 アエミリウスの戦術を真似た大評議会だが、戦術でも経験でも劣る彼らは劣勢に追い込まれて行き、同じ共和制を信奉するバルトに援軍を求めた。

 しかし、既にアエミリウスはノートニグルの総督となっていたニグルと密約を交わしており、ニグル指揮するバルト軍団は、騎兵での小競り合いを交わしたのみで引き揚げ、以後は完全中立を表明し戦役に関わることを拒んだ。

 

 三年の内に大評議会は降伏するが、アエミリウスは議会を解散させることはなく、自身の信奉者を議会に入れた上で、議会にアルペニア中央部全土の施政を認めると、議会は初めての決議でアエミリウスに無期限の執政官権限と全軍に対する絶対命令権を与えた。


 それまで非公式に持っていた権限を正式に大評議会から認められたことで、限りなく王に近い権限を持ったアエミリウスは、その後もバルバロイドとの戦いを続けつつ、破壊された都市の修復とノートニグルとハイドとの国境線を定めては支配地域を確定していった。



 六四八年、ブリティガス族の討伐に成功、この功績により大評議会よりアエミリウスに王の称号が与えられた。

 彼は北東部を含むアルペニア中央部をアエミリア王国として宣言、多くの民衆が賛同するが一部の者達はこれに反対を示す、しかし、バルト共和国もハイド王国も使節を派遣してアエミリウスの王位就任を祝福したためにアエミリア王国は成立した。


 アエミリウスは、新たに王の諮問機関である元老院を設置、役割を終えた大評議会は解散が命じられ、その構成員の大半が元老院議員に指名されることでその正当性は担保された。


 アエミリア王は国を三つの区域に分けた。

 北をアムル川に、南をハイド王国に接する北東地域をパラクタニア、その隣、西をノートニグルに接する地域をディ・ルクア。

 ディ・ルクアの南、ノートニグルとハイドに挟まれ、南をアルペニン山脈の麓が接し、常時、侵入を試みるバルバロイドの対処に当たらなければならない地域をエミリアと名付ける。

 前二つの区域の統治は、王の諮問機関となった元老院から総督が選ばれることになり、エミリアは王の直轄領とした。

 

 アエミリア王は、アルペニン山脈沿いに防壁を造る事を計画、新たに侵入を試みるバルバロイドとの戦闘に明け暮れ、同山脈の山道が雪で被われる冬の間以外は、王都ミリアには戻らなかった。


 

 パレモル王国の造った貨幣は金貨パレリアと銀貨セスパレリアがあり、アルペニア内に広く流通していた。

 バルバロイドの侵攻や定住による混乱で時代が経つに連れて質が悪くなり、パレリアに使用される金は硬貨自体が持つ重さの一割に満たずほとんど銀貨と呼べる物に変わり、それに連れてセスパレリアは純銀の銀貨で在ったが、硬貨自体の体積が小さくなり本来持っていた価値の半分となっていた。

 当初のアエミリアではパレリアの代わりにバルトの金貨フロリアが使われていたが、自国の経済が活性化してきたことにより、自前の金貨が必要性と感じたアエミリウスは、パレリアとセスパレリアを銀貨として据え置き、新たにほぼ純金のアエウリアと、アエウリアの十分の一の価値が有る金銀の合金で鋳造されたセスエウリアを発行した。




 バルバロイドとの長年の戦いは、アエミリウスの体に多大な負担を掛けた。

 五十三歳のとなった王は病に倒れ寝込む、誰もが彼の回復を願うが、王は数週間後に各都市の視察と巡回裁判に出て皆を安心させた。だが、その道中に彼は行方をくらました。

 アエミリウスは頻繁に護衛も付けずに外出して行方不明になる事が多かったが、この時は病み上がりということもあり、国を挙げての捜索が行われた。


 そして、アエミリウスは突如アルペニン山脈の麓に駐屯させていた軍団の許に現れ、その中から精鋭の六個軍を率いて王都エミリに向かい、元老院議員となっていた戦友達十数名と、共和政時代に有力者だった者の末裔等を反逆罪で処刑、逃げ延びた者達は国内の各地で自費を出して軍団を編制すると王に挑むが、彼らは自分達が用いていた戦術が対バルバロイド用であることを理解していなかったために、すでに自らが確立した戦術に対抗する用兵を考えていたアエミリウスに敗北して処刑される。


 その後も彼の凶行は止まらず、大勢いた息子達も一名を除き処刑、残った息子にアルペニン山脈に留まる軍勢と共にバルバロイドと戦う事を誓わせると、アエミリウスの名を与えて後継者に指名し、生き残った忠実な元老と軍団兵に忠誠を誓わせて共同統治者とした。


 その数日後、アエミリウスは再び寝台から起き上がれなくなる、死を覚悟した彼はビブルスを呼び出して娘と婚姻させると、一切の食事を断ち死ぬまでの十日間を親友と過した。五十四歳であった。


 アエミリウスの遺言により、アエミリウス二世は防壁には何が起きようとも三十個軍団凡そ十五万の兵をその護りに置くと宣言、その周辺集落の住民には優遇措置を執り、緊急時には予備役として軍団が吸収できるように制度が整えられるが、後にアエミリウスの防壁と称されるこの防壁がアエミリウス一世の計画した形になるまでに、彼の死後さらに百と数十年の月日が掛かった。



 アエミリウス一世の死後、ビブルスはアエミリウスの物語を書くために各地を巡った。その旅の途中、アルペニン山脈の中腹に荒らされて崩壊していた大神殿を発見したのは彼自身にとって最大の功績であった。

 彼はこの大神殿の壁に打ち付けられていた杭の数を調べると共に、各地に在る歴史資料の編纂をおこない、バルバロイドが侵攻した年を割り出す事に成功、アルペティナがアルペニン山脈を創り出した年を始まりとして、アースエイド暦を作った。

 以後アエミリウスの逸話と共にアースエイド暦はアースエイド中に広まり、アースノイド共通の概念となっている。

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