アエミリウス
歴史上いわゆるバルバロイド侵攻、またはアエミリウス戦役を指揮し、アルペニア中央を解放した後にアエミリアを建国し、王の中の王と呼ばれたアエミリウス一世は、ビブルス・バルカ著『アエミリウス伝』によれば本名をエミリアヌスといい、暦六一三年にミリディウムのある小国の王の子として生まれたとある。
ビブルスは「アエミリウスは自分の出生を語ることをきらった」として明確な出生地を記してはいないが、アルペニアの情報が素早く伝わるのはニースト山脈と海岸地域の地域であり、彼が初めに現れたのが北東部であるから、アムル川に接する地域か、若しくは赤海の沿岸地域が出生地であると考えられる。
エミリアヌスが十六歳の時、アルペニア西部の二十四の国々が、小王国の連合体制から司令官である王子達の先導による革命の後、共和国へと至るまでの混乱を終えると、中央部に住み着いたバルバロイドとの緩衝地帯を設けるために東へと進軍を開始した。
この戦役の発案者である当時のバルト共和国元首ノートと、戦役を指揮し、その後、評議会により併合した地域の総督に任命され、後にアエミリウスの協力により王となった将軍のニグル、この二名の名を合わせてノートニグル戦役と呼ばれており、後に獲得した緩衝国にも同じ名が付けられた。
進軍したバルト軍により、アルペニアで最も勢力を有していたエラウェル族が壊滅状態に陥ると、それまでアースノイドから搾取することで戦う必要がなくなり休戦状態にあったバルバロイドの諸部族の間に再び領土欲が生まれる。
バルバロイドの支配下に入り経済活動に専念していたことである程度まで力を取り戻していた各都市は、バルバロイド達が争いを始め監視が緩くなったことを知ると、過去の因縁よりもバルバロイドからの独立を望み、自らを神の子と称する半神の扇動を真に受け反抗を開始、バルバロイドの集落を攻め残っていた弱い者達を虐殺すると、彼らはバルトに援軍を要請した。
しかし、当時のバルトにはアルペニアからバルバロイドを完全に追い出すような力はなく、北と東に在る砂漠地帯に点在する遊牧民の集落とアルペニン山脈の麓に在る山岳地帯を平定すると、それ以上の進軍は不可能と判断して防衛線の強化に力を入れたために、バルトの協力を期待して反抗を始めた民衆は、それぞれの支配地を鎮圧するために休戦を交わし引き返して来たルバロイドの猛攻を受けることとなった。
アルペニアのそうした緊急事態であるのにも関わらず、弟を王位に就けたい母の陰謀や宮廷内の駆け引きなどに左右される小国に嫌気がさしたのか、十九歳になったエミリアヌスは、王位継承権の放棄と引き換えに金を受け取ると、名をアエミリウスに変えて祖国を脱し、凍土出身の戦士三千名と彼を支持する同胞を率いてアルペニアに入った。
アエミリウスが当初率いていた戦士の数は三千といわれているが、武具や食料を運ぶ者、馬の世話をする者、家財を運び護る者、身の回りの世話する者など、戦士の三倍から十倍の数がアエミリウスと共にアルペニアに入ったと思われる。
アエミリウスがアルペニアに入った頃には、半神を自称して二十万とも三十万という数の民衆を率いてバルバロイドに向かった者は、兵站の確保を怠ったことで市民の多くを餓死させた上に陣内に疫病を発生させてしまい、バルバロイドと戦う前に民衆の支持を失い何所かに消えてしまっている。
この時代、アルペニア中央部に暮らすアースノイドの総数は、アエミリウスが国勢調査を行った際には二千五百万余、奴隷や非市民を含めると実際に暮らしていた者の数はもう少し多く見積もってもいいだろう。
都市の数は大小合わせて五十以上あり、多くの都市国家の場合、国の経済を維持するために、現役世代でも専門技術を持つ職人や役人を含む経済活動に必要な者は徴兵から除外しなければならなかったので、一つの都市で戦闘に参加する市民の数は、数千から三万前後、ハイド一世の真似をして半神と自称していた者達が率いた三十万の兵士というのは信用できる数ではないが、ほとんどの都市が抵抗に参加する事を表明し、バルバロイドへの食糧や物資の提供を拒んだのだと考えられる。
一方、アルペニアには六の大部族六百万体前後のバルバロイドが住み着いていたという。経済活動というものが他者から奪う事で成り立っている彼らは戦闘こそが仕事であり、一部族辺りの戦士は二十万から四十万にもなり、当時アルペニア中央部で主流だった一騎打ちでの戦闘ではアースノイドに勝機はなかった。
正気に戻った民衆は今後の方針を検討するが、それ以前にも繰り返されてきた責任の押し付け合いを始め時間を浪費した。その間にもバルバロイドは、反抗に参加や協力したと疑われる都市に攻め入っては、降伏した住民から男の半数を引き抜くとその片腕を切り落とし、残り半数も斬首するなど、反抗した者達に対して破壊と殺戮の限りを尽くした。
ディリッサを含めて各都市の住民は、次々と入る恐ろしい情報を聞き、次は自分達の番だと恐怖した、そこで、取り敢えず食糧を集めて都市に運び、バルバロイドとの協定により今まで放置されていた市壁の修復を行い、都市に籠る準備をした。
幸運だったのは、各都市が義務として背負わされていたバルバロイドへの食糧提供を行わなかったことで、大量の戦士を擁するバルバロイドの各部族はアースノイドを使った輜重部隊を編成することができず、食糧調達のために戦士を分散させていたのでその行軍が遅くなっていたことだ。
都市に恐怖を与える目的で殺しを楽しみすぎたために戦争の準備ができなくなっていたバルバロイドのおかげで、辺境に在る都市は防壁の再建までの時間を十分に与えられた上に、包囲戦も少ない数の戦士でおこなうので、都市とその周辺住民だけでも十分に防衛をすることが可能になっていた。
いつの時代であろうと、国家や共同体の存亡よりも、途方に暮れ静まり返った群衆の中で最初に大声を上げただけ、という事なのかも知れないが、明確な目的を持ち向かうべき道を指差し示した者に魅了される者は存在する。
あるいは、同じ時代に巡り会った者にしか分からない、そんな魅力をアエミリウスは持っていたのかも知れない。
アルペニア入りしたアエミリウスは、半神を自称する扇動者を信用せずに残ったものの、この事態を何とかしなければならないと感じていた者達と合流しながら西に進み、都市を包囲するダヌウィウス族の分隊やその輜重部隊へ奇襲を仕掛けては、幾つもの都市を陥落の危機から救った。
アエミリウスと彼の軍勢に対する民衆の支持は増え続け、民衆は彼に何か恩返しをしなければならないと感じていた時、アエミリウスは解放された各都市に自らを執政官職に就けるように命じる使者を送りだした。
異国民であり下級官職にも立候補できる年齢でもないアエミリウスの要求に不満を感じる各都市の代表等だが、民衆の決議と暴動を抑えることができず彼に執政官の職を与える。
執政官に就いたアエミリウスは、ディリッサや他の都市の市民には知らせずに、アルペニア北部を支配地に置くバケニス族に宛て、その保護下に入るとの旨を伝える親書を送った。
ダヌウィウス族とバケニス族は支配地が隣り合うために長年関係が悪く、自分達よりも都市の攻略に手間取っているダヌウィウス族を見て、バケニス族は彼らが弱体化したと判断、アエミリウスの提案を受け入れると休戦協定を破棄、ダヌウィウス族の支配領域へと侵攻した。
アエミリウスは二つの部族が争っている間に、各都市を回って戦うことを望む民衆を選別、勇気と体格を有する者を重装歩兵とし、身軽な者を軽装兵とし、騎兵はアエミリウスと共にアルペニアに入った者達を中心に構成した。
身分の違いによる装備の不均衡が士気と戦術に係わるため、指揮官級が着ける以外の装備は兵種ごとに同じ物を着けるように指示した。
重装歩兵の装備は鉄製の兜、胴甲、籠手、脛当て、滑り止めに鋲を打った靴、武器は短剣と丸盾を装備した者と槍を装備した者の二種類を編制。
軽装兵は、熟練の技術を持った弓兵と投石兵、それに技術が無くても扱いが容易な石弓を装備した石弓兵の三種類を編制。
二頭立ての戦車に弓兵と御者が乗り込んだ。