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不死王国史  作者: 近衛キイチ
カーナ遠征記
34/38

四年目

 九七九年、余りにも遠くに行く事になる今回の遠征では、何が起きるか判らないため、王に付き従う元老の数も十名から二十名に増員し、各国の王に同盟更新を確認してからの進発となった。

 その軍勢はニルギス軍六個軍団とアルトーエス軍六個軍団、ティタン軍八個軍団、総勢二十個軍団の兵と騎兵七千に、我々が両ディ・カーナに進攻している間にボルノ・カーナの部族が不審な行動を起こさない様に、同盟部族軍三万を召集した。

 本国の防衛には予備役からなる四個軍団を編制し、総司令官にはブルクを就けた。


 海上部隊としては、ミリディウム沿岸諸国からなる軍船と輸送船合わせて一千隻を超える船団が編制され、ティタンとニルギス及びアルトーエスより募集された志願者一万二千が戦闘員として船に乗る。

 補給については、現地調達は原住部族の反感を買う事から緊急時を除いて禁じ、本国からの補給が途絶えた場合のために、同盟部族からの補給と同盟諸国による船団からの補給を設けた。


 ニルギス軍六個軍団と騎兵三千をルフィスに託して、フリクリとエディン及びパシウス等のミリディウムの東に位置する沿岸諸国が編制した船団から補給を受けつつ、同盟を結ぶ事を拒絶した部族は徹底的に討つ様に命じ、クエン・ディ・カーナへの進攻を命じた。

 マグナにはアルトーエス軍六個軍団を率いてホムルクノ・ディ・カーナの東フォド山からファルピニア山脈沿いの進攻を命じた。

 ディアニクス自身は六個軍団を率いてホムルクノ・ディ・カーナの西を沿岸部沿いに進攻した。


 フィピニア川の河口付近には沼地が点在しており、この地に立て籠もる部族との戦いが予想されたので、モナモルやイオの船長と船員を纏めるために、西側の船団の総司令官にライトを就けた。海に出たことのないライトであるが、他者の忠告をよく聞き、自らの過ちを認める事ができる彼ならば、船長や船員等の海に詳しい者の意見を取り入れながら、海上から本隊の支援を迅速に行えると判断してのことであった。

 

 両ディ・カーナでは、我々が僅かしか北進しなかったのと、一年の空白が在ったために、奥地に住む部族は我々との同盟を軽視して、幾つかの部族が緊張状態に陥っており、物資の提供を約束してもそれを守る状態ではなかったが、実際に我々の接近を知ると、どの部族も使節を派遣して再び従順を約束する。しかし、クエン・ディ・カーナでは以前ディアニクスが奥地へと追い遣ったメニシス族は使節を派遣せず、さらに再び南進を始めており、その噂を聞いたブラキシオ族から援軍要請が出ていた。

 

 前回メニシス族が移住を決断した理由は、ロテストア川の水源がある山中に住んでいたリーベルトゥス族とホムルクノ・ディ・カーナに住むアケッティオ族が、メニシス族の土地へ侵攻した事による。この時はディアニクスにより追い返された後、ドテアミノ族の土地を分け与えられたブラキシオ族とランティノエ族の監視の下に置かれていたが、昨年の不作により動植物が激減したために、自分達が持つ僅かな土地では部族の者達を食べさせる事ができないと判断したメニシス族は再び移動を始めたのだ。


 この事態に備えてディアニクスはブラキシオ族とランティノエ族を数が減ったドテアミノ族の代わり、その土地に住まわせたのだが、メニシス族と同じ理由でランティノエ族が元々住んでいた土地を占領していたスコニティア族が再び南進を始め、ランティノエ族が移り住んでいた土地に侵攻を始めたので、その協力関係は機能せず、我々と同盟関係にある両部族は救援を求めた。


 同盟を守ることがその地での我々の権威と信頼に繋がり、目的であるこの地の緩衝地帯としての役割を果たすと考えるディアニクスは、クエン・ディ・カーナの西、ミタス川を北進していたルフィスの軍勢よりも、ホムルクノ・ディ・カーナの東、フォド山とファルピニア山脈沿いを行軍中のマグナの方が近いとして、彼に混乱の原となっているメニシス族とアケッティオ族及びリーベルトゥス族の討伐を命じた。

 

 マグナは補給を待つ時間が惜しいとして、二個軍団から兵糧十四日分を四個軍団に渡し、二個軍団には後続の兵糧を運んでくるティタン軍と合流しだい追ってくるように命じると、自身は四個軍団を率いて最強行軍でアケッティオ族がクエン・ディ・カーナに侵攻した道である、ファルピニア山脈とフォド山の間にある隘路を通り、背後を全く警戒していなかったアケッティオ族を衝いた。


 マグナは捕虜となったアケッティオ族の戦士の片腕を切り落とし、その戦力を低下させると共に恐怖を植え付け、彼らの子供をブラキシオ族に預け服従を得ると、メニシス族に戦士達の切り落とした片腕を届ける、予想していなかった方角から接近する軍勢に驚き、届けられた大量の肉片に肝を潰したメニシス族の長老達は、マグナの下に自ら出向き従順を誓った。


 直ぐにリーベルトゥス族に向かい進軍する事ができれば、同部族に与える恐怖や混乱により、クエン・ディ・カーナでの功績は彼の手柄となっていたであろう、しかし、兵站の確保を考えずに先を急ぎすぎたマグナとアルトーエス軍四個軍団は、大小の麦を得ることができず、ホムルクノ・ディ・カーナを通って遣って来る輜重部隊の到着を待たねばならなかった。

 しかし、行軍を中止したくないマグナは軍団兵に節約のために一日分の小麦を四割減らし、その代わりに、メニシス族とアケッティオ族から得た牛や豚等の動物を当てようとしたが、アルトーエス軍四個軍団二万四千名の軍団兵は従軍拒否をマグナに伝えた。

 

 この行軍中のマグナの余りにも過酷な命令は、軍団兵の不評を買っていた。

 他の軍団兵もディアニクスとルフィスに対して同様の感情を懐くことはあったが、両者は食糧と休息については必ず必要な量は確保した上での行軍を心掛けていた所に違いがある、その上、マグナは大小の小麦の量を減らし、その代わりに肉食を強要した事もあって、怒りを覚えていた軍団兵数名が先導した事により、軍団内は不穏な雰囲気となった。


 軍団兵達は麦を欲していたのだ、秋の豊かな実りもない未開の地で、そこに住む蛮勇な戦士と戦う軍団兵は敵と同じ食糧を食べるのではなく、我々が文明の証と誇る麦を食べたがるのは、この戦いと同じ意味を持つからだ。

 

 しかし、マグナは麦を食べる事の意味を理解せず、自身が我慢できることを相手も同じ程度許容できると考えていた節があり、全兵を集めて演説を行った。

 隊列の間を今に乗ったまま移動しながら、マグナは自身の不備を認めた上で、行軍を急ぐ事の意味を伝えるまでは良かったが、言ってはならない事を口にしてしまった。


「ここは敵地であるから、食べる物に不自由するのは当たり前である。それを麦が食いたいという理由だけで、従軍を拒絶する君達の我がままに付き合う積もりはない、そんなに俺の言うことが聞けないのならばこんな所に引き籠もっていないで、さっさとアルトーエスに帰って好きな物を食えばいい。

 しかし、先も話した通り、リーベルトゥス族を一刻も早く退けなければ、お前達は奴らに背後を衝かれた状態で戦わねばならない事を憶えておくがいい、その時になってもお前達は、生の酒が飲みたいとか、調理済みの料理でなければならないなどと傭兵のように文句を垂れ戦闘を拒絶しても、相手はお構いなしにお前達に剣を突き刺すだろう」

 

 今我慢すれば後になって好きなだけ食べられると、マグナは言いたかったのだろうが、傭兵と同列に置かれた事に軍団兵は頭に血が上がり騒然となった。

 マグナとそれを護る親衛隊に距離があったのも不幸だった、アルトーエス軍第一軍団と第三軍団の間に居たマグナと親衛隊を左右の軍団兵が取り囲み、マグナを馬から引きずり落とそうと彼の足を掴むが、マグナは剣を抜きその腕を切り落とす、しかし、馬が驚き立ち上がると、マグナは姿勢を崩して地面に落ち、彼の周りを取り囲んだ軍団兵達により全身に剣を突き刺される。

 

 マグナは死んだ。

 彼の無謀とも思える大胆な行動は、軍団兵の士気を高め、幾度も最強部隊の指揮を任されては我々を勝利に導いた。しかし、それは、マグナが最高指令官であるディアニクスの指揮下にあるからこそ軍団兵も大胆になれた、そう考えられており、単独で指揮を執り行うのは不可能だと思われていた。

 そして、同輩であるルフィスとライトが総司令官に命じられた時、両者に対するマグナの嫉妬を見たディアニクスは、彼に名誉を与える機会を与えねば、何時か国と彼自身に災いをもたらすと考え、ディネント族の討伐を命じ、残忍な方法ながらもその任を成し遂げた事で、ディアニクスはマグナの能力を過信してしまった。

 やはり、彼は単独の指揮官としてよりも、ディアニクスの許にいてこそ能力を発揮する逸材だったのだ。


 マグナ亡き後、アルトーエス軍四個軍団は混乱していた。

 同行していた元老達が指導力を発揮しようとする。これがティタン軍ならば自分達の庇護者の言うことを聞いていたかも知れない、しかし、彼らは元アルトーエスだった区域内から志願した者達であり、罪を犯し興奮状態にあった彼らに元老院の権威は届かなかった。


 副官のクルクスはマグナの代わりにその地位に就く事になると、マグナを殺した者の処刑をして全てを収めようとしたが、それに賛成する者と否定し擁護する者に軍団は分かれ、陣営内では剣を抜く流血騒ぎにまで発展、軍団兵は徒党を組みクルクスの命令を無視、味方に襲撃される恐怖により軍団兵全員が憔悴、脱走者も多く出て、十日以上も無為な時間を過ごした。


 このアルトーエス軍の様子を見たメニシス族とアケッティオ族は食糧と質に出す子供の輸送を中断すると、再び戦士を集結させて陣営に籠もるアルトーエス軍四個軍団に向かい進発しようと画策した。との報をグルパシア族より仕入れたクルクスだが、現在の状況では自身がマグナと同じになると考え、ティタン軍二個軍団とアルトーエス軍二個軍団の許に向かい、彼らを率いてアケッティオ族を討伐した。

 

 副総司令官までいなくなった陣営では、小隊長などの直属の指揮官の命令なども聞かなくなり、食料が尽きたアルトーエス軍四個軍団は陣営を畳むと方々に散ってしまった。そこを、リーベルテゥス族の先遣隊に襲われて、八百名以上が死に、何とか逃げ出した兵士より事情を知った他の軍団兵は慌てて陣営に戻り、クルクスに救援を求めた。


 指揮系統が統一されている四個軍団を背後にクルクスは、マグナ殺害の主犯を捕らえるために言った。

「君達は出征前、バルト神に指揮官への忠誠を誓ったのではないのか、しかし、君達はバティリウス・マグナの意を解せず彼を殺した上に、その実行犯を英雄のように庇っている。

 そうではないのならば、何故、彼らを庇っているのだ、彼らが居れば、メニシス族とリーベルトゥス族が戦わずに降伏してくれるというのか、我々が現在の我々が置かれている危機的な状況は、なぜ起きているのか考えてみたまえ、神々との誓いを破り侮辱した者を匿っているからこそ起きている、君達への罰とは考えないのか」


 反抗を先導する立場にあった軍団兵はクルクスに対して言う。

「神々に誓って、我々は高くもない給料で充分戦った。

 この戦いに何の意味がある、ここで戦って死ぬ事に何の意味がある。我々は誰かの名誉を作るため、意味のない戦いをするために軍団に入ったのではない、故郷に居る家族を護るために軍団に入り厳しい訓練に耐えたのだ。

 確かに神殿で交わした神々との誓いを破ったのは事実である、しかし、バティリウス・マグナが我々をここに連れてきた事自体が過ちではないと何故断言できる。

 彼は国家のために戦った我々を傭兵と同列に置き侮辱した。

 あの様な発言をする者の言うことが正しい訳がない、そして、それを擁護する者の言など信じる必要はない、それでもこれ以上戦いを続けるのならば、我々を退役させ新たに募った者達で戦役を続ければよいではないか」


 クルクスは軍団兵に言った。

「私と国家の了承を得ずに帰るというならば、勝手に帰るといい、そして無事にアルトーエスに帰り着いた時、家族や友に自慢するといい、自分は総司令官バティリウス・マグナを殺した上に、その代理であるガイウス・クルクスと戦友を見捨て、故郷まで逃げ出したと。

 それを知って、誰がお前達の労を慰め讃える、誰がその汚名を誇るのだ、現在においては、他の軍団から嘲りと冷笑を受けることになり、未来においては、子孫から恥知らずな祖先と呆れられるだろう。

 この屈辱的な将来を回避するには、涜神を犯した者と軍紀に反する事を先導した者を断固とした態度で処断し、もう一度我々と共に戦い、勝利を得なければならない事は理解できるだろう」


 その日の夜中、大方の軍団兵がマグナ殺害に後悔し始めている事を確認したクルクスは、親衛隊にマグナを殺害した者とそれを庇い反抗を指導した者を捕らえさせると、その罪を全軍の前で自白させると共に軍団兵達自身の手で彼らを処刑させる事で、罪の意識からの開放と、反抗を先導する事に対する恐怖を植え付けてこの混乱を終わらせた。


 軍団の指揮権を回復したクルクスは、アルトーエス軍六個軍団を率いてメニシス族に向かい、これを討ち、戦士達を奴隷として売り払い、その戦力を低下させてブラキシオ族の保護下に置くと、二個軍団を周辺部族の監視のために駐留させておき、クルクス自身はアルトーエス四個軍団を率いてロテストア川の水源域まで大回りをした後、ロテストア川より以北から南進してきたスコニティア族を退けたルフィスと合流して、共にリーベルトゥス族に向かった。

 

 ラムフィス川の下流域からホムルクノ・ディ・カーナに入ったディアニクス率いるティタン軍六個軍団は、ベルセル族とドォオーファ族の地を奪ったウィクシー族とネクロタス族に向かい進攻、この両部族はウィクシー川とラムフィス川の間に在る領土を巡り争っていたが、ディアニクスの進攻を知ると、使節を派遣して助けを求めてきた。彼らはエブリエタスという部族がウィクシー川を越えるという噂を聞いたからだ。


 このエブリエタス族は首切りや皮剥ぎ族などと呼ばれており、捕虜の皮を剥ぎ取り衣服や水袋などの日用品に使い、皮を剥いだ後の肉は煮込んで食べたり、その者自身の脂肪に火を点けてその身を焼かせたりと、その姿と為すこと全てが恐れられていた。

 クエン・ディ・カーナの東にある草原地帯に住むエクエストロ族も食事をする際に燃やす物がないため、同じ様に屠った獣の脂肪を燃やして焼いた肉を食べる事がルフィスにより報告されている。

 

 ウィクシー川を挟んで対岸にいるエブリエタス族は、物見の兵を各所に配置してディアニクス率いる六個軍団の渡河を防いだ、そこでディアニクスはウェザヌス川を渡河した際と同じ方法を使い、騎兵を先行させて彼らの郷を襲わせる、しかし、エブリエタス族の擁する戦士の数は、騎兵の応戦に四万の戦士を送り出してもまだ対岸を警備する戦士の数は十万を越えていたので、そのまま渡河するには危険であった。


 長期戦になることを予想したディアニクスは川を渡るために橋の建設を行うのだが、巨石を曳航する船や護衛の投石機や投射機を観たエブリエスタ族は驚き、ディアニクスに使者を送り恭順を誓った。


 エブリエタス族の長老と会談したディアニクスは、彼らに文明の良さを教え皮剥ぎの風習を廃れさせるために、大量の羊と糸縒車及び織機に上質の布と糸及びそれを縫うための針を贈った。

 これに長老達は喜び、ディアニクスを長老もしくは功績のある戦士しか入る事が許されない宴会に招き、混合酒や屠ったばかりの生肉を食べる事で親交を深めた。

 

 その後、フィピニア川に達したティタン軍六個軍団を率いるディアニクスは、エブリエタス族の領土を奪ったドゥディティオ族に向かい川を渡河、この全く我々を警戒していなかった部族を襲い奥地に追いやると、エブリエタス族に救援を約束して順次故郷に帰還させ、自身は軍勢を率いてウィクシー川を下り東に進み、一帯が深い森林と沼地に囲まれる地帯に住むテネシー族と戦う。


 しかし、テネシー族は家財を森の中と沼地に隠しておき我々の進行を妨害したので、ディアニクスは周辺の木々を伐採して他の部族とこの部族の領土を明確にしてからその警戒に三個軍団を置き、残りの軍勢を率いてウィクシーの河口まで引き返して海岸沿いを進み、フィピニア川から枝分かれした支流で軍団を船に乗せて川を遡り、その途中で下船して沼地を進み、ウィクシー族の背後に出て、自然の要害しかない彼らの砦を次々と落としてゆき降伏させると、フィピニア川の河口に点在する森と沼地に隠れ防衛する部族に対しても同じ様に水上から回り込んだり、沼地に石材を運んだりして陸地を造り攻め込み多くの少数部族を征服した。

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